第40話 地下13階へ

「ここから先が未踏地域、地下13階です」


 さしものオリアンナ先輩もやや緊張した面持ちでそう言った。

 彼女の前にあるのは厳重なロックがかかった重厚な扉、その先に地下13階への階段があるという。


「いいですか皆さん、心の準備は出来ましたか?」


 彼女は俺たちの顔をひとりひとり確認しながらそう言った。

 ガーディアンの強さはピンキリだが、強い奴になるとキマイラクラスの強さはあるらしい。キマイラと言えば中級冒険者パーティの登竜門と言えるモンスターだ、その強さは決して馬鹿に出来たものでは無い。


「おい、ディアネット、そう言えばあの何とかって聖剣持ってきてないのか?」

「あれは我が家の家宝の一つ、特別な理由なしにそうそう持ち歩ける物ではないわ」


 そいつは残念、あの切れ味するどい剣さえあればキマイラ如き恐れるに足らずといった所だったのに。


「オリアンナ先輩、ひとつ質問があります」

「はい、何でしょうか、カーヤさん?」

「この図書館で攻撃魔法を使ってもいいのでしょうか?」

「ああ、その事ですか」


 先輩はにっこり笑ってこう言った。

 

「勿論本に危害を加える様な行為は厳禁です。そんな事をしたら何処からともなく現れたガーディアンたちに問答無用で攻撃されます。

 ですが今から尋ねる地下13階なら大丈夫。まだ本が収められていませんからねー」

「なるほど、では本棚への攻撃はセーフと言う事ですか」

「んー出来ればよして欲しい所ではありますが、命あっての物種です今回だけは特別に私の権限で許可しましょう」


 それを聞いてカーヤはほっと胸をなでおろす。


「今回の探索は第一回目の探索です、今日で全てのマッピングを終わらせようと欲張るのではなく、あくまでも様子見程度に考えてくださいね」


 先輩はそう言って念押しをする。

 つまり俺たちは鉱山のカナリアと言う事か……。あれ? それって命がけの任務って事じゃないのか?

 いやいや、不吉な考えを浮かべるのはよそう。こっちには図書館を知りつくした図書委員長であるオリアンナ先輩が付いているんだ。


「ああ、そう言えばもう一つ」

「なんですか先輩?」

「ここは地下で、しかも図書館です、炎系の魔法を使うのは止めてくださいねー」


 はい死んだー、俺の唯一の魔法が死んだー。ファイヤーボール以外は使えませーん。


「……アンタ大丈夫なのナックス?」

「……まぁ何とかなるだろ」


 俺はあのお姉さんの店でレンタルしたショートソードを学生価格の格安で譲ってもらっている。コイツさえあれば、キマイラクラスだったら時間をかければ何とかなる筈だ。


 それに、今回戦うのは俺ひとりと言う訳では無い。カーヤ、リップの土魔法コンビに、オールラウンダーのディアネット。それになにより、魔術師クラスの頼れる先輩オリアンナ先輩も居る。


「さて、それでは改めて、皆さん準備はいいですかー?」


 先輩の言葉に、俺たちは黙ってうなずいた。


「ではー、オープンセサミー」


 先輩がネームプレートを扉に押し当てる。すると扉に幾つもの魔力線が走った後、ゴトンと重厚な音がした。


「ではまいります」


 先輩はそう言ってノブをひねる。カチャリと言う軽快な音がした後、その扉はゆっくりと奥へと開いたのだった。


 ★


 地下13階へとつながる階段は人が3人並んで歩けるほど余裕がある階段だった。だが、灯りは最小限と言った感じで、ポツリポツリと魔道ランプの灯りがともっているだけだ。


「まぁ、全くの暗闇って訳じゃ無く助かったぜ」


 そうなると、カーヤとリップ以外は身動きが取れなくなる。


「何言ってんのよナックス、こんな暗闇で襲われたんじゃにっちもさっちも行かないわよ。

 オリアンナ先輩、灯りをつけてもいいですか?」

「あーはい、勿論ですよー。私はこのメガネがあるから平気ですが、ディアネットさんとナックス君にはちょっと辛いですよねー」


 先輩はそう言うと呪文を唱え始める。ダンジョン探索の友であるライトの魔法だ。先輩は自分の持つロッドに加え、俺とディアネットの剣にライトの魔法をかけてくれた。


 流石に光源が3つもあると、まるで真昼の様な明るさになった。これで不意を突かれる確率は大きく減るだろう。

 ……まぁ逆に注目を集める羽目にもなるのだが。


「さてさて、それでは改めて出発とまいりましょうか」


 パーティの並び順はこうなった。俺とディアネットが前衛で、真ん中にオリアンナ先輩、そして後衛がカーヤとリップ。

 魔法系に偏ったパーティとなってしまったが、いざという時は俺かディアネットがカバーしに行くことにした。


 カツンカツンと靴音を響かせながら慎重に階段を下りていく。出来たばかりの階段はツルツル滑る事も無く、しっかりと足裏を捕えてくれた。


「結構長いな」

「そうね、このダンジョンの各階層には決まった高さというものは無いみたい」


 およそ10mは下っただろうか。俺たちはようやくと地下13階、未踏地点にたどり着いた。


 地上からしてみれば遥か深くという事で、空気はひんやりとした湿り気を帯びている。

 地下13階のロビーとも言えるその空間はちょっとした球技が出来る程のスペースがあり。その奥には無数の本棚が遥か奥まで続いていた。


 本棚は縦に二段重ねの本棚だが、本棚同士の感覚は人が優にすれ違えるほど広く、また天井は見上げる程に高いので圧迫感はそれほどでもない。


「まずまずのロビーですねー。ここなら十分に転移ゲートを設置できますー」


 先輩は周囲をキョロキョロと見渡しながらそう言った。


「そうですね、それに小さな売店なら併設できますね」


 続けて言葉を発したのはリップだ、彼女は指で広さの当りを付けながらうんうんとそう唸る。


「まーたそうやってお金の事ばっかり……ってさっそくお客さんのお出ましよ!」


 カーヤの言葉に、俺たちは素早く臨戦態勢を取る。


「まぁ、奴らにしてみれば、俺たちの方こそお客さんなんだろうけどな」

「はいそこナックス! 無駄口を叩かない!」


 俺たちの様子を見るように伺っているのは二頭のシカと一頭のライオンだった。奴らはいきなり襲い掛かってくるような真似はせず、俺たちを値踏みする様にじっくりと観察していた。


「シカさんタイプとライオンさんタイプですかー、リップさんメモをお願いしますねー」

「了解ですわオリアンナ先輩」


 緊張する俺たちに比べて、大図書館深部になれているふたりは余裕たっぷりにそう話す。


「おふたりともー、少し前を開けて頂けませんかー」


 先輩のその言葉に、俺とディアネットは速やかに左右に分かれた。


「迸れー、紫電の光ー、ライトニングアロー」


 ほんわかとしたその物言いとは裏腹に、瞼の裏に焼き付くほどの雷光が迸る。

 三条の雷光は獲物に襲い掛かる蛇の様に飛んでいくと、一撃でガーディアンたちを戦闘不能にした。


「まずはこんなものですかねー。それでは彼らの登録をしますのでー、その間のガードをお願いしますー」


 先輩はそう言って床に倒れたガーディアンに近づくと。ネームプレートを彼らの額に押し当てて、何かの呪文を唱えた。

 するとガーディアンたちは淡い緑の光に包まれた跡、その額にアカデミーの校章が刻まれた。


「はいこれでこの子たちは大丈夫ですー、では本格的な探索とまいりましょー」


「えいえいおー」と先輩は手に持ったロッドを高らかと上げる。

 この時は、これから先に待ち受けるものの恐ろしさを俺たちは誰も知らなかった。

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