第8章 おいでませ未踏地域
第41話 地下13階小部屋Kにて
未踏地域とは言っても、ここが図書館なのは変わりない。マッピングはそう難しいものではなかった。なにしろ等間隔で本棚が並んでいるのだ、そこにチョークで番号を振っていけば大まかな目安になる。
ただし問題はその広さだ。何処まで行っても果てが見えない広大さは、集中力や体力をガンガンに削っていくものだった。
「はいじゃーみなさん、そろそろ休憩にいたしましょうかー」
オリアンナ先輩の合図に俺たちはほっと一息を付く。地下13階には所々に大きく開けた読書の為のスペースがあり、俺たちはそこを使って休憩場所としていた。
「じゃあ今度はウチが見張りをするわね」
「ああ、頼んだぜカーヤ」
ライトの魔法といえど太陽の様に無限の光量を持っている訳じゃない、その効果範囲は10m程度、やはり暗闇では天然の暗視能力をもつドワーフの目はありがたい。
「えーっと、リップさん。手なずけたガーディアンはここまでで何頭でしたかね?」
「総勢58頭ですわ、オリアンナ先輩。そのうちCクラスが29頭、Bクラスが20頭、Aクラスが9頭ですわ」
「ふむむむー、結構なハイペースといった所ですねー」
先輩はそう言って腕を組んでうんうんと唸る。その事によって押し上げられるおっぱいは魅惑的だが、正直な所今は疲れているのでそれどころでは無い。
「ふふふふ。結構ばててるじゃないナックス」
「あーうーまぁなー。こんな地道な作業は向いてないんだよ俺にはー」
ちゃちゃを入れて来るディアネットに対して塩対応するぐらいには疲れている。
「修業時代のダンジョン探索と言えば、基本的にソロ活動だったしなー」
「それはそれで凄いわね。一体どんな所に行ってたの?」
「例えばそうだなー、きつかったのは
「それはどっちもどっちって感じよね」
ディアネットはあきれ顔でそう漏らす。
「あっ、そうだ! おっぱい揉ませてくれたら今すぐにでも全回復すると思うのだが?」
「そう? 私ので良ければ揉む? って言う訳が無いでしょうが!」
「私の」の時点で下から包み込むように揉み上げようとした俺に、ディアネットのカウンターパンチが俺の顔面に突き刺さる。純情な好青年を騙すなんてひどいじゃないか。魔性の女か? ディアネット?
「まったく、貴方ってホントにどうしようもないスケベよね」
抱きかかえるように胸を隠しながら、ニヤニヤと笑いながらそう言うディアネット。もう少し押せば行けるのではないだろうか? 清い体の俺にはそこの所の判断が難しいわけだが。
「そう言った事は私との勝負に勝つまではお預けよ」
「むぅう」
やはりお預けだそうだ。残念無念。
「うふふふふ。おふたりとも元気ですねぇ」
「そうでもないですわ、オリアンナ先輩。私も結構来ちゃってます」
ディアネットは首をコキコキ鳴らしながらそう言った。ここで「疲れてる? 俺の揉む?」と言ったら怒られそうなので言わない。……潰されるかもしれないし。
「なーんか邪気を感じるのだけれど、変な事考えてないわよねナックス?」
「いえいえ滅相も無い」
俺はジト目を向けて来るディアネットを無視してオリアンナ先輩に話しかける。
「ところで先輩、今日の予定はどのくらいですか?」
「そうですねー。皆さんのおかげで探索は随分と進みましたから、あと小一時間ぐらいしたらいったん引きましょうかー」
そいつは朗報。突然に「ここをキャンプ地とする!」とか言われなくて良かったぜ。
「これが今までのマッピングですわ」
会話に加わって来たリップはそう言って方眼紙を見せてくれる。
「ここが階段のあった大部屋Aで――」
ガーディアンのカウントや、マッピングは図書館深部になれた彼女の仕事だ。彼女は几帳面な字で、詳細なマップを作り上げていた。
「――それで現在地はここ、小部屋Kですわ」
「はー、思えば遠くに来たものだって感じかな」
「まったくね」
ディアネットはそう言って肩をすくめる。だが、地下12階の広さから見て、これで大体半分は地図を埋めたことになる、一回目の探索としては上出来な部類ではないだろうか。
「警戒! キマイラ3! 前方!」
カーヤの警告に俺たちは即座に臨戦態勢に入る。どうやら休憩時間は終わりの様だ。
「っち! キマイラが3体か! 大盤振る舞いだな!」
キマイラはライオンの頭、ヤギの胴体、毒蛇の尻尾を持つ大型のモンスターだ。本来ならば口から火炎を吐き出すのだが、図書館使用にカスタマイズされているのか、そのスキルは抹消されている。
とは言え強力なモンスターであることには変わりが無い。奴の牙と爪は人間程度ならたやすくボロ布にする。
「カーヤ! アースバインドで足止めを! その間に俺が接近する!」
「了解!」
「ディアネットはここに残って先輩のガード! 先輩は止めをお願いします!」
「はいー」
「了解! ってなんでアンタが仕切ってるのよ!」
「俺はハーレム王になる男だからな!」
俺はそう言うと奴らに向かって突撃する。ハーレム王たるもの、戦の時は先陣を切らねばならんのですよ。
「――アースバインド! くっ1頭抜けたわナックス!」
「2頭巻き込めたなら上等だ!」
足元をツタに絡まれて引き千切ろうとしているのが2頭、そして抵抗に成功した1頭は元気にこっちに向かってきている。
先制攻撃は奴、毒蛇の尾がうねりを上げながら向かってくる。
「ほっと!」
俺はギリギリまで引きつけてからその下へと滑り込み、柔らかな顎の下からショートソードを突き上げる。
「こいつはおまけ!」
奴が上げる悲鳴を無視して、そのまま腹の下へと潜り込み、2・3ヶ所適当に切れ込みを入れた後、転がるように後ろに抜ける。
十分にヘイトを稼いだ俺は、アースバインドでもがく2頭の方へと突っ走る。
「いいぞ! そのまま追って来い!」
エーテルの血を流しながら、先頭の奴は怒りの雄叫びを上げる。狙い通り完全に俺をロックしてくれたみたいだ。
そのまま行けばアースバインドから抜けた2頭と挟み撃ちの展開になるが、乱戦こそが俺の狙い。俺が十分時間を稼いでいる間に、先輩の魔法詠唱が終わるという寸法だ。
1頭の攻撃を回避し、その攻撃を別の1頭に当る様に誘導する。位置取りさえ間違えなければごくごく簡単なパズルでしかない。
「はっ、こんなもん、ワイバーンの群れに襲われた時を思えば屁でもないぜ!」
俺は3頭の間をちょこまかと動き回り、同士討ちを誘発させていく。
「ナックス君!」
「そのまま撃って! 何とかします!」
俺は先輩の合図に間髪入れずそう答える。
「了解です! フローズンコフィン!」
先輩の叫びと共に、人間大を優に超える大きさの氷の槍が飛んでくる。上級の氷系魔法だ、こいつでぶち抜かれた日には、健康に大きな害を得る事になる。具体的にはとても痛くてとても寒い。
だがまぁ先輩の魔法制御はたいしたものだ、3頭の間でちょろちょろ動く俺には目もくれず、氷の槍は次々にキマイラたちを貫いていく。
だが、何事も完璧を目指すのは難しい、暴れるキマイラに弾かれた魔法がほんのわずかにその完璧な軌道を反らすこともある。
「おっと!」
俺はそいつを横から蹴り上げ、別のキマイラに誘導してやる。
軽い運動が終わった時には、3体の氷像が出来上がっていた。
★
「ほんと、アイツって妙に器用よねー」
護衛をまかされたディアネットは、3頭のキマイラの間をゴム毬の様にせわしく動き回るナックスを見てそう呟く。
「まぁね、アイツは変態だから大勢相手の方がやりやすいとか言ってたわ」
仕事を終えたカーヤは周囲を警戒しつつ、ディアネットの呟きに呆れ口調で返事をした。
「自分自身では大した決め手も持ってないのにあのはしゃぎよう。間違いなく変態よね」
もしオリアンナ先輩に何かあったら? その時はくたびれきったショートソード一本であのキマイラの群れを相手にしなければならなくなる。自分だったらどうするかと考えて、ディアネットは背筋に寒いものが走るのを感じた。
「そうよね、きっと万が一の事なんてこれっぽっちも考えていないに違いないわ」
困惑するディアネットとは対照的に、カーヤは頬を緩めながらそう言ったのだった。
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