第45話 ヒュドラ退治

「ジャッジメント・アロー!」


 俺の合図と同時に、先輩は通路の前に飛び出して問答無用の一撃をはなつ。狭い通路はそのまま砲身となって、あたり一面を純白に染めあげる。


「くっ!」


 目を閉じてもなお眩しい光の暴力に、隣にいるディアネットは小さくうめき声を上げる。

 その輝きは太陽の輝き、邪悪を滅する聖なる光だ。

 この威力、この攻撃範囲なら大抵の敵は一撃だ、そう大抵の敵ならば。


「行くぞ! ディアネット!」

「分かったわ! ナックス!」


 だが、相手は毒蛇の王であるヒュドラ、そう簡単に事が運ぶとは思っちゃいない。

 俺たちは先輩が次の魔法を準備している間に、ヒュドラがいた部屋へと駆け抜けた。


 先行したのは俺。俺はディアネットより2歩早く奴のいた部屋へと突入する。


「上だ! ディアネット!」


 はたして奴は生き残っていた。その身の大半を聖なる光で焼き尽くされて尚、部屋の天井へとへばりついていた。


「蛇のくせに蜘蛛みたいな真似を!」


「シャッ!」という叫びと共に、上空から毒液のシャワーが降り注ぐ。


「いったん戻れディアネット!」


 俺は師匠の修業虐待のおかげで大抵の毒には耐性があるが、温室育ちの彼女にそれを求めるのは無茶と言うもの。

 ディアネットを屋根がある場所まで下がらせた俺は、そのまま奴の真下に突っ込んだ。


 流石に全ての毒液をかわすことは出来ないが、多少当たっても軽い炎症が出来る程度。

 こっちは何度も師匠の劇薬の実験台になってるんだ。たかだがガーディアン偽物の毒液程度なんになる? 鍛え方が違うんだ、鍛え方がッ!


「紅蓮の炎よ! 眼前の敵を焼き尽くせ! ファイヤーボーーール!」


 先輩の魔法と比べれば、マッチの火程度の火力しかないが、俺にできる遠距離攻撃はこれ位。

 俺は天井にへばりつく奴に向かって連続でファイヤーボールをぶっ放した。


「降りて来い蛇野郎!」


 俺は毒液を吐き出す奴の口内に向けファイヤーボールを叩き込む。正直な所それ程効果があるとは思えないが、嫌がらせにはなるだろう。そして嫌がらせに関しては――


「俺は誰にも譲らねぇぜ!」


 口を開けるたびにチクチクチクチク攻撃を叩き込まれるのだ、奴にしてはイラついてしょうがないだろう。

 おまけに奴ご自慢の毒液の効果も今一と有っては、奴のフラストレーションは秒単位で高まっていく。


 ズシンと言う地を揺るがす音と共に奴の巨体が落ちて来た。


「はっ、やっぱり半端ねぇな先輩は」


 奴の半身は醜く焼ただれており、ご自慢の再生能力の働いちゃいない。

 まぁおっぱいモンスター師匠ならば、無詠唱の一撃で一切合切灰にするだろうが、それは比べる相手が悪いというものだ。アカデミーレベルでこの威力なら十二分にハイクラスと言ってもいいだろう。


「シャッ!」


 毒液攻撃に対した効果は認められないと判断した奴は直接攻撃に打って出て来た。奴は人間なら軽く2~3人丸のみに出来そうなほど大口を開けて、床ごと食い破らん勢いで俺に迫ってくる。


「くっ! ファイヤーボール!」


 俺は奴の毒腺目がけてファイヤーボールを打ち込むが、奴はその程度のダメージなどお構いなしに襲い掛かる。

 俺の手持ちはショートソード一本、鱗一枚はがすどころかとてもじゃないが奴の突進を受け止めきれることなど出来やしない。

 そう、俺ひとりならばだ!


「囮上出来! 私の番よ!」


 その言葉と同時に俺の背後に隠れていたディアネットとスイッチをする。彼女の手には光り輝くランスが握られていた。


「聖なる光よ! 束ね集いて敵を貫く槍となれ! ホーリーランス!」


 ディアネットはその言葉と同時に手にした光槍を奴の喉奥目がけてブンなげる。雷のような光が瞬いた後、その光は奴の喉から後頭部に向け、一直線の軌跡を描いた。

 攻撃が終わればまたすぐにスイッチ。再び俺が前面に立ち、ディアネットの盾となる。


「ナックス! 今度は左右同時よ!」

「はっ任せろディア! 乱戦こそが俺の戦場! 101匹モンスター大行進を生き残った俺に怖いものなどありゃしねぇぜ!」


 かわす事に専念すれば、こんなでかぶつの攻撃なんてぬるいぬるい。師匠の寝顔を覗こうとした時に食らった魔弾百連発に比べれば止まって見えるというものだ。

 首の攻撃、尾の薙ぎ払い、ついでに降りかかる毒液のシャワー。それらの間を縫うようにかわしていく。


「ナックス! 頭が復元していくわ!」

「ちっ、ディアの一撃じゃ鋭すぎるか!」


 ぼこぼこ不快な音を立てながら、奴の傷口が泡立っていく。偽物といってもヒュドラはヒュドラ、傷口を焼き潰す以外に再生を止める方法は無いって事か。


「ナックスどいて! もう一撃!」

「わかったディア!」


 俺がそう言い、スイッチするタイミングを計っていた時だ。ディアの更に後ろから、決定打となる声が響いて来た。


「出来ました! どいて下さい!」


 その言葉と同時に俺たちはまた左右に分かれる。ただし今度は奴をその場に縫い付けるように左右から攻撃魔法の圧力を加えつつだ。


「――常闇を照らす一条の光在れ! ジャッジメント・アロー!」


 先輩の叫びと共に放たれた光によって、辛うじて残っていた半身は影も残さず消えて行った。


 ★


「いやー、なんとかなったなディア」

「そうね、ナックス」


 俺は苦笑いを浮かべるディアとハイタッチをする。

 何か変な事をやったかな? と思っていたら、彼女は幼子の悪戯を咎める様な口調でこう言った。


「まぁいいわ、今更だから勘弁してあげる。けど特別に思いなさいね。私を愛称で呼べる人間なんて極々限られているんだからね」

「愛称って……あっ!」


 戦いに夢中になって忘れていたが、俺はいつの間にかディアネットの事をディアと呼んでいた。


「だって長いんだもん」

「ふふふ、良いっていってるでしょ、特別よ特別」


 彼女は少し恥ずかしそうにはにかみながらそう言った。


「ふっふーん。何とかなったじゃないリップ?」

「ええそうですね、結果的には快勝と言ってもいいでしょう」


 自慢げにそう話すカーヤに比べて、リップはそう淡々と返事をした。


「なによ、不満そうじゃない」

「ええ、私は自分の判断が間違っていたとは今でも思っておりません」

「なーに言ってんのよこのわからず屋! 大体アンタは昔から!」

「その言葉そっくりそのままお返ししますわ! 貴方は何時だって無鉄砲で!」


 一難去ってまた一難。俺とディアが微妙に甘酸っぱい成分を放出するのに成功しているかと思いきや、別の所から火種が立った。


「おいおい、マイハニーたち。何を――」

「「ナックス(さん)は黙ってて(ください)!」」


 華麗なるユニゾンの叫びに、俺はすごすごと引き返す事しか出来なかった。


「いったいどうしたのよあれ?」

「さーてね、今までたまりにたまっていた鬱憤が噴き出したんじゃねぇの?」


 俺はジンと痺れる鼓膜を鳴らしながらディアにそう返事をする。御家がらみの面倒くさい経緯が、幼馴染二人を傷つけた。その傷は多少の事では癒えやしないだろう。多分時間が必要だ、あるいは劇的な切っ掛けか?

 取りあえずヒュドラ退治と言うイベントは2人の感情のふたを開ける役目しか果たさなかったという事らしい。


「はいはいー、私の方はおわりましたよー。あらあらーおふたりともどうなさったんですかー?」


 ヒュドラのコアである魔石に契約を刻み込んだオリアンナ先輩が戻って来たころには、ふたりは顔をそむけ合っての冷戦状態に突入していたのだった。


「はいはい。何があったのかは知りませんが、ここを抜ければゴールまでもう直ぐです、今は――」


 先輩がそう言った時だった。

 ぐらりと先ほどよりもさらに大きな地震が階層を襲った。


「キャッ」と言う悲鳴に俺は反射的にディアを胸に抱く。だがそれは貴重な時間をロスする行為だった。


「あっ……」


 ヒュドラ戦でダメージが蓄積していたのだろうか、俺の目の前で階層の床が崩壊した。


「危ないカーヤ!」


 突如として足元が消失したカーヤを、リップがその身を挺して引き上げる。それはつまり、リップが暗闇の中へ消え去る事を意味していた。


「俺の前でッ!」


 タイミングは既に絶望的、どう考えても彼女を助け出すことは不可能だった。


「勝手に消えてんじゃねぇ!」


 だが、そんな事は関係ない。俺はリップを救うため、ディアを安全な場所へ突き飛ばすとダッシュ一発暗闇の中へと飛び込んでいった。

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