第23話 旅の備えはお早めに
「はいはいみなさーん。もう日が暮れちゃいますよー」
コモエ先生の声で我に返る。教室の窓から覗く外の景色はあかね色に染まりつつあった。
「はー、んじゃ解散しますかー」
「解散しますかー、じゃないわよ! ほとんど脱線話ばっかりだったじゃないの!」
「む? そうか?」
「うふふふふ。そうねぇ、ナックスちゃんのハーレムにかける意気込みは良く伝わったわー」
あー、確かに途中から理想の女性像について熱く語ってしまった記憶がある。まぁハーレム王を目指すこの俺だ、ぼんきゅっぼんのセクシーお姉さまこそが最上なのだが、カーヤのような幼女体型も否定しない。俺は器が大きいのだ。
「だから、いつでもいいんだぞ?」
俺はそう言って両手を広げる
「はぶらっ!?」
がら空きの脇腹に腰の入ったショートフックが叩き込まれた。白兵戦試験では暇だったカーヤの体調は絶好調の様だ。
「はいはーい、何時までも馬鹿やってないで行くわよー」
しばし待ってほしい。肝臓が悲鳴を上げている、外科的に。
「って、何処に行くんだっけ?」
「あら、ナックスちゃん覚えてないの? カーヤちゃんのご実家に行って色々と道具を調達するって話じゃないの」
「んあ? そうだっけ?」
「アンタがパルポとスケベな話をしている間にそう決まったのよ!」
カーヤの言い分にパルポ必死に首を横に振る。お前がむっつりスケベな事は誰もが知っているんだから、いい加減認めてしまえばいいのに。
「まぁいいや、それならとっとと行こうか」
アカデミーは全寮制の学校なので、俺たちは学校の隣にある寮で生活している。だが、カーヤの様に実家が学校の近所にあるという生徒も珍しくはない。なんたってここは王都。国で一番発達した都市なのだ。
アカデミーの正門から出て大通りを南下する。夕暮れ時を告げる教会の鐘をききながら西に曲がって商業街へ。食堂から漂ってくる旨そうな匂いに後ろ髪を引かれつつも先へと進む。
魔道ランプの街灯が灯りはじめたころに、俺たちはカーヤの親父さんが経営するクラウディア宝飾店へとたどり着いた。
「お父さん! 帰ったわ!」
「ん? どうした急に?」
微細な文様の刻まれた如何にも高級そうなアクセサリーがショーウインドーに飾られているかと思いきや。シンプルかつファンシーなデザインの、俺たち学生でも手の出る様な値段のアクセサリーが無造作に並んでいたりと、相変わらず雑多な店の奥にカーヤの親父さんが座っていた。
「おう坊主!」
カーヤと親父さんの話が一段落したころ。親父さんが俺を見つけて声をかけて来た。
「あー、どうもっす。この前はありがとうございました」
カーヤと親父さんの合作である栄光の手のおかげで魔法試験に優勝することが出来たといっても過言では無い。まぁ決勝戦までは持たなかったけど。
「がはははは。いやいや、無事なら良かったんじゃ」
「ん? 何の事っすか?」
「がはははは。いやー酒はいかん、酒はな! まぁ止める気なんてそうそうありはせんがな!」
親父さんはそう言って呵々大笑。なんの事だか分からないがとにかく俺も笑っておいた。
「それで、今度は冒険のセットが欲しいという事じゃな?」
「うん、お父さん。ホントは明日でも良かったんだけど、善は急げってね」
「けどここは、宝飾店だろ? 金糸で編まれたロープでも買っていくのか?」
そんな金はありはしないが。
「はぁ、ホント人の話を聞いて無いのねアンタ」
カーヤはそうため息を吐く。道中は道行くお姉さんの方の尻を追うのに忙しかったのだ、話を聞けてなくてもしょうがないじゃないか。
「まったくナックスちゃんったらしょうがないわねぇ。親父さんの伝手で安くて腕のいいお店を紹介してもらおうってお話よ」
「それならそうと言ってくれよ」
「言ったわよ! なんども!」
そいつは失礼。
「がはははは。相変わらず元気そうで何よりじゃ。出来れば儂が作ってやりたい所なんじゃが、ちょっと仕事が立て込んでいての。紹介ぐらいならお安い御用じゃ」
「うっす。ありがたいっす」
敵は金満エリート集団。それに対してこっちは貧乏庶民グループだ。詰めれるところは詰めておかないと。
とは言え、数日がかりの遠征と言う訳じゃない。最新最軽量のナップサックや最高級品のキャンプ用具を必要としないオリエンテーリングなので気は楽だ。
「必要とするのは、護身用の武器防具と携帯食、ロープにナイフ、救急キットあたりでいいかしら?」
「まぁそんなもんじゃねーの?」
「ちょっと頼りないわねー」
そうは言っても全くの手ぶらで人外魔境に叩き込まれるなんて事は日常茶飯事だったんだ、普通の装備なんて言われてもよく分からん。
「まっ、そのあたりも込みで専門家に相談するのが一番よねー」
という訳で俺たちは親父さんの紹介で、店からほど近い武器屋へと訪れたのだった。
★
そこは、ごくごく普通の武器屋だった。店の前には箱に押し込まれた売り出し品の武器の数々。壁一面には目玉商品がキラリと並び。店の半分は皮鎧を始めとした防具が所狭しとな並んでいる。
「はいはーいいらっしゃーい」
店に入った俺たちを出迎えてくれたのはつなぎの上にエプロンをつけたヒューマンの女性だった。長い黒髪を後ろで縛り。少し焼けた肌は健康的な色気がある。部屋仕事なのに焼けているのは、彼女自ら火の番をしているという事なんだろう。
「どうですかお姉さん、僕と一晩過ごしませんか?」
「出会って早々何言ってるのよアンタは!」
「ふぐろ!?」
だから腎臓を狙うのはやめてくれ。
「あっあははは……あのー一体どういうご用でしょうかー」
「ああ、このバカの事は忘れてください、実はですね――」
俺の腎臓が外科的要因で悲鳴を上げている間、カーヤがお姉さんに事のあらましを説明する。お姉さんはふんふんと頷きつつ、サラサラとメモを走らせていた。
「パルポ、お姉さんをどう見る?」
「……88、64、89」
「グッドだパルポ」
エプロン越しでもその精度。やはりこいつの目は伊達じゃない。
「はー、皆さんアカデミーの学生さんなんですかー、偉いですねー」
「はっはっは、それ程でもありませんよ美しいお姉さん。僕たちはまだまだ若輩の身です」
俺は爽やかな笑顔を浮かべて改めて挨拶をする。
「……気持ち悪いわねアンタ」
「はっはっは、何を言うんだいカーヤちゃん」
「うわっ、止めてよ、鳥肌が立った」
「まったく、照れ屋ちゃんだな、僕のベイベーは」
「あー済みません、このバカの事は無視してください!」
「ぐがぅ!」
カーヤの奴、俺の脛をかかとでけり込みやがった! メキっていったメキって!
「えーっとそれじゃ基本的な日帰り冒険者セットでいいですね」
お姉さんはロープやナイフ、応急処置キット等の装備をてきぱきと机の上に装備を並べていく。
その姿は実に胴に入ったもので、働く女性の爽やかな色気に溢れていた。
「それで、武器と防具なんですけど」
「レンタルにしませんか、それならお安くできますよ」
「はい! ぜひお願いします!」
「へー、そんな事もやってるのねー」
「まぁ一級品をお貸しすることは出来ないんですけどね。それでもメンテナンスは十分に行っていますのでご安心を」
お姉さんは俺達をレンタルコーナーに案内していくれる。確かにあちこちと傷だらけの装備品だったが、刃の鋭さは中々のものだった。
「王都は豊かで安全な街ですからねー、休日を利用したレジャーとしての日帰り冒険とかで需要はそれなりにあるんですよ」
「はーん、そう言うものですかー」
釣り感覚でモンスター退治か、血の気が多いな王都の住人。
「まぁその場合でもガイドは欠かせませんけどね。冒険者がダンジョン冒険のガイドをしたりとかよく聞く話ですよ」
金持ちの道楽ってとこかねぇ。そんな奴らに使われるような仕事は真っ平御免だ。まぁ俺はハーレム王になるので関係の無い話だが。
「そんじゃあ、俺は剣でお願いします」
「ロングソードでいいですか? ならこの辺りですかね」
「おう、俺はともかく丈夫な奴で」
「じゃあウオーハンマーはどうですか? 刃が欠ける心配はありませんよ」
という訳で、お姉さんの進めるまま、俺たちは装備一式をそろえる事ができた。
「はー、上からの妨害ですかー、学生さんも大変ですねー」
「出る杭は打たれるって奴ですかねー」
一通りの買い物を終えた俺たちは、お姉さんと世間話に花を咲かせていた。
「お姉さんもそう言った事はありましたか?」
この若さで店を持っているのだ、色々な苦労があった事だろう。
「あはははは。それは言わぬが花という奴ですね。まぁ私はクラウディアさんを始め、色々な方に良くして頂いてますよ」
お姉さんは花の咲くような笑顔を浮かべてそう言った。色々あった出来事を自分の糧として進んでいる、そんな前向きな笑顔だった。
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