第33話 勝者

「はっ、はっは……やっやったぁ……」


 実際は限界のギリギリだったのだろう。ドレイクの姿が見えなくなった途端に、ディアネットは腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「よう、お疲れさんだったなディアネット」


 俺はそう言って彼女の手を引き立たせてやる。


「ええ、ありがとう。って貴方は大丈夫なのナックス!?」

「ああ、カーヤの魔法のおかげで傷も塞がったし問題ねぇよ」


 ちょっとばかし、背中がひりひりするのと、血が足りなくてフラフラするのと、全身至る事に打撲やらなんやらをおっている位だ。

 まぁこの程度の傷、修業時代じゃ日常茶飯事。大して気にするまでも無い。


「そっ、そう、とんでもないのね貴方」


 ディアネットはそう言って珍獣を見る様な視線を俺に向ける。

 大丈夫だよー怖くないよー、頼りがいのある何処にでもいる好青年だよー。


「それにしてもスゲェのはディアネットの方じゃねぇか。よくもまぁあの化けもんと互角に戦えたもんだ」

「何言ってんのよ、それこそ貴方のおかげでしょ

 貴方がお膳立てをしててくれなきゃ、私如き一秒だって持たなかったわ」


 ディアネットはそう言って困ったような笑みを浮かべた。


「それに、アイツと互角に戦えたのは私の実力と言う訳でもないわ、この剣があったからよ」


 ディアネットの持つ剣、それは素人の俺が見ても一級品と分かるような研ぎ澄まされた剣だった。

 剣身には複雑な文様が刻まれており、柄頭には魔力を帯びた宝石があしらえられている。


「これは我が家に伝わる家宝の一つ。破邪顕正の聖なる剣、聖剣グランドニエルよ」


 彼女はそう言って誇らしげに剣をかざした。たかが学生の闘技大会にそんな大層なモノを持ち出すのはいかがなものかと思うが、まぁ今回はその剣に救われたのだ、細かい事は無視するとしよう。


「まぁこれでひと段落と言う訳でいいのよねー」

「おう、そう言う事だなミーシャ」


 影の働き者。ある意味では今回のMVPと言えるミーシャがやれやれと言った感じで現れた。


「まったく、貴方と居ると退屈しないですむわねー」

「ほっとけ、俺のせいじゃねぇ」


 今回は訳の分からん遭遇戦だ。俺は悪くねぇ。


「けど、あのドレイクが言っていたことって何なのかしら」

「さーなカーヤ、んなこと知ったこっちゃねぇや。おおかたどっかの誰かに騙されたんじゃねぇの?」


 終わった事は気にしない、それが長生きのコツだ。


「でも確かに気になるわね」

「おいおい、ディアネットまでそう言うのか? これにこりたら奴だってそうそう手出ししてこねぇだろうし、アカデミーだって対策すんだろ」

「まぁ、それはそうなんだけど」


 俺としては、なんだかきな臭い匂いがするので、こんな事はとっと忘れたいのだ。って言うかあのおっぱいモンスター師匠の匂いがする特大の厄ネタだ。


 そんな風に俺たちが互いの功績をたたえ合ったり、あのロリコンの文句をいったりしていると、おっとり刀でようやくと援軍が到着した。


「大丈夫かいディアネット! 心配したよ!」


 その先頭を切るのは、先に逃がした金玉野郎だった。奴は大仰な身振りでディアネットを褒めちぎる。


「使い魔の映像は一部始終見させてもらったよ、今回の事はディアネットのお手柄だね! 奴は少なく見積もっても伯爵カウントの地位はあるドレイクだ、それをまだ一回生であるディアネットが退けたなんて同じクラスメイトとして鼻が高いよ!」

「ちょっ、ちょっとまってよリッカルド、私は――」

「そう、全ては君の為した事だ」


 ディアネットの発言を遮ったのは、しかめっ面したいけ好かない壮年の男だった。


「だれだ? アイツ?」

「学年主任兼、聖騎士クラスの担任教師のマクガイン先生ね、かなりのやり手だって噂よ」


 俺の呟きにミーシャがそう解説をしてくれる。


「待ってくださいマクガイン先生! 私は――」

「経過はどうであれ、最後に奴と刃を交えたのは君だ、その事を誇りたまえ」


 マクガインは俺を横目で見ながらそう言った。「それで文句はあるまいな?」そう言った視線だった。


「それともなにかディアネット君。君はまたしても私のいう事が聞けないのか?」


 マクガインはそう言うと、ジロリという音がしそうなほど冷たく重い視線をディアネットに向ける。


「いえ……相違ありません」

「よろしい、それでこそ我が聖騎士クラスの首席だ」


 マクガインはしかめっ面のまま、大げさに頷いた。


「おいおい先生よ、人を無理やり従わせるのがそんなに楽しいのかよ」


 そのあまりの横暴ぶりに俺はついつい口を挟んでしまった。


「なんだね、ナックス・レクサファイ君。私は決して無理強いなどはしていないつもりだよ?」

「はっ、なーにをいけしゃあしゃあと。どうみても嫌がってんじゃねぇか」

「ほう、するこ今回の事件を解決したのは全て君の手柄だと?」

「そっ、そうはいってねぇけどよ」


 確かに俺だけの力では今回の事件は乗り越えられなかった。俺が居て、カーヤたちが居て、ディアネットが居て、みんなでつかんだ勝利だった。


「ならば何も問題はあるまい、最後に立っていたもの。それが勝者だ」


 マクガインは神の教えを伝える宣教師の様に高らかにそう語る。


「ちょっと失礼するわ、マクガイン先生」

「なんだね、ミーシャ・サバリナ君?」

「あら、私の名前も憶えて下さっているのね、光栄だわ」


 ミーシャはそう言うと、俺とマクガインの間に立つ。


「マクガイン先生の仰ることはもっともだと私も思うわ。確かにナックスはあのドレイクの体力を削ることには成功した。けど最後に決着をつけたのはそこにいるディアネットさんね」

「うむ」

「私はその事には異論はないわ。けどそれはあくまでこのイレギュラーに対する採点よね」

「うむ?」


 俺はミーシャの言っている意味を瞬時に判断し、皆に密かにアイコンタクトを送った。


「ええ、それが分かれば問題は無いわ。ねぇナックスちゃん」

「おう! ゴールは直ぐそこだ! みんな走るぞ!」

『応!』


 確かにあのロリコンドレイク退治はディアネットの手柄と言っていいだろう。だがこれは本来オリエンテーリング試験だ、そしてその終了を告げる合図は未だになっちゃいない!


「あっこっこら! 待ちなさい! ナックス!

 リッカルド! ぼさっとしてないで私たちも続くわよ!」

「へっいっいや、無理だよ! ディアネット! モニカたちは森の外だ!」


 金玉野郎が焦りながらそう言った。

 へっざまあみろだ! あのロリコンドレイクを撃退させたところでプライズなんて落としはしない、つまり純然たるタイム勝負! この勝負俺たちの勝ちだ!


 俺たちはゴールへ向けてひた走る。木々を乗り越え、小川を抜けて、背後の声など置き去りにして。


「見えたッ!」


 木々の隙間から見えるのは真っ白なテントの輝きだった。

 俺たちは手をつなぎ合ってゴールした。


「やあ! 大変だったみたいだねナックス君」


 そしてその爽やかな声にすッ転んだ。


「なんでお前がいやがるレミットォオオオオ!?」

「なっなんでって、僕たちは使い魔からの避難警報を受けてここに避難して来たんだよ」

「素直に森の外に逃げやがれ!」

「しょっしょうがないじゃないか、こっちの方が近かったんだ!」


 レミットの野郎は戸惑いながらもそう叫ぶ。


「あはっ、あっはっはっはっはっは」


 俺たちに追いついて来たディアネットは、事態を把握したのか腹を抱えて大笑いする。


「じゃっじゃあなにかしら、今回のオリエンテーリング試験の優勝は商業クラスって事かしら」

「そっ、そう言う事になるのかい?」

「ふっふざけんじゃねぇぞーーーーー!!」


 俺の叫びは森の中にぽっかりとあいた空に吸い込まれて行ったのだった。

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