第47話 内緒の小部屋

「ナックスさん! あそこ! あそこに小部屋がありますわ!」

「は? んなとこに入ってどうすんだ! 袋小路じゃねぇか!」

「私の魔法で穴を塞ぎます! そうすれば一息つけますわ!」

「くっしょうがねぇ!」


 逃げ回る事数十分、俺は兎も角リップの体力が限界だろう。おぶさっているのだって体力は消耗するのだ。


「頼んだリップ!」

「分かりましたわ!」


 人ひとりがようやく入れるような隙間に身をねじ込む。その直後にリップの土魔法によってその隙間は閉ざされた。


「「はーーーー」」


 取りあえずの安全が確保された事で、ふたりそろって大きなため息を吐く。


「あの、レックスさん。もう下ろして頂いて結構ですわ」

「おっ、そうだな」


 リップは重い足取りで、俺の背から降りる。これで背中に当るおっぱいの感触も、左手に触る太ももの感触からもおさらばだ、少しもの寂しい事もあるが、今度はもっと落ち着いた状況で味わいたいものだ。


「わたし、こんなにも長時間殿方と接していたのは初めてですわ」


 落ち着いた状況になったことで、改めて自分が置かれていた状況を浮かべたのだろう。リップは照れくささを隠すように、そう呟いた。


「そうだな、俺もあんなに長時間おっぱいの感触を味わったのは初めてだ」

「もう、やめてくださいまし、ナックスさん」


 彼女は口を尖らせ、俺の太ももを抓ってくる。

 おお、こんな事を言ってショートフックが飛んでこなかったのは初めてだ。ディアの様なお嬢様の皮を被った野獣ではなく、これが本物のお嬢様と言うものか!

 いや、ディアも正真正銘、超が付くお嬢様の筈なんだが?


「まぁ、それは置いといて。これはどういう状況なんだと思う?」

「そうですわね。王都はかつて地下鉱山で発達した都市でした、これはその名残ではないでしょうか」

「んー、じゃあどこかに出口があると思うか?」

「分かりませんわ。何しろ百年を超す昔の話ですもの」


 まぁそんなもんか、あまり期待はしていなかったが、俺の質問は歴史の壁に阻まれる。


「じゃあやっぱり、俺たちが落ちて来た穴から登るのが近道だな」

「ええ、そうなりますわ」


 帰り道は何とか覚えているし、要所要所で目印は刻んである。迷う事は無いだろう。


「問題は、あのモンスターの群れをどうするかって事だな」


 洞窟中ミチミチに迫ってくるようなモンスターの群れ。オリアンナ先輩の様に特大の範囲攻撃魔法で一掃できるなら話は別だが、俺はそう言った事には向いちゃいない。


「そうですわね、申し訳ございません」


 リップはそう言って俯いた。

 彼女の得意は土魔法。虫系モンスターは基本的に土属性が多いので、彼女の魔法は通じにくい。アースバインドで足止めをしようとしても、そのほとんどが抵抗されていた。


「まぁ大丈夫だ、このハーレム王に任せておいてくれ」


 俺はそう言って胸を張る。空元気も元気の内だ。俯いていても良いアイデアは浮かんでこない。


「うふふふ。そうですわね、ご期待していますわ、ナックスさん」


 そう言ってリップはややぎこちなくも微笑んでくれた。


 ★


 閉じた隙間を開け、来た道を戻るにはタイミングというものがある。具体的には押し寄せて来たモンスターたちが自分の巣穴に帰ってくれるまでだ。


「まだまだかかりそうだなー」


 壁の向うでは、がさごそと動き回るモンスターたちの気配がありありと伝わってくる。俺の警報もなりっぱなしだ。


「しょうがない、しばらく腰を落ち着けて待つしかないか」


 閉じ込められた暗い密室に男女ふたり、何も起きない筈は……特になかった。俺はハーレム王を目指す男だ、嫌がる少女を無理やりと言うのは俺の流儀に反するのだ。


「はーん。そう言う訳かー。要は資金繰りが苦しくなったカーヤの親父さんを助ける為って言う面もあったのかー」

「もちろん、そんな綺麗事だけではありませんわ。我が家には我が家のしたたかな計算があった上での事だとは思います」


 時間つぶしに世間話、俺はカーヤとリップの仲たがいの原因となった過去のいきさつについて話を伺っていた。


「結局その話は中途半端なものに終わってしまい。結果としてカーヤさんのお家を苦しめることになってしまったのですもの、彼女が我が家を恨んでもしょうが無い事ではありますわ」

「色々と難しい面もあるもんなー」


 金とプライド、その他もろもろ。複雑にこんがらがった問題をスパッと解決できる手段なんてそうそうありはしないという事だ。


「ええ……そうですわね」


 リップは複雑そうな表情を浮かべ、もじもじと身をよじらせる。


「ん? どうした、リップ?」


 どこかで体を痛めてしまったのだろうか、俺がそんな心配をすると、彼女は少し顔を赤らませつつ、「なっ、何でもありませんわ」と焦ったようにそう言った。


「……もしかして……しょんべんか?」

「そっ、そんな事を言わないでくださいまし!」


 彼女は顔を真っ赤にしてそう叫んだ。

 おう、ビンゴ。まあ、生理現象なら仕方無い。だが、俺は気にしないといっても彼女にこの場でさせるのは少々酷というものだろう。

 かといって、この場にトイレなんて便利なものがある筈も無く……。


「よわったな……」


 俺は立ち上がって部屋の隅々を探っていく。最終的にはこの場でしてもらうより他は無いが、それは最善を尽くしたうえでの話だろう。


「どこかに、隠し通路でも……」


 そんな都合のいいことを呟きつつ、壁を調べて行った時だった。


「ん?」


 俺が見つけたの小さな亀裂だった。


「ここは……」


 俺はその隙間に息を吹き込んでみる。もしこれがただの亀裂ならそれは直ぐに吹き返ってくるはずだ。だが、俺の息は壁の向うへと吸い込まれて行った。


「どうしたのですか、ナックスさん」

「もしかしたら、行けるかも知れねぇぞ?」


 俺の提案にリップは乙女の覚悟を込めて頷いた。もしこの亀裂の向うにさらなる小部屋があれば良いが。最悪の場合、その場所にもモンスターが群がっている可能性がある。あるいは単なる細長い亀裂が続いているだけという事もだ。

 だが背に腹は代えられない。彼女は内股になりつつも呪文を唱え始めた。


 ストーンゴーレムを作り出す魔法の応用だろうか、この部屋に入った時にリップの魔法で亀裂が閉じたように、今度は逆に亀裂が広がっていく。その結果。


「あった! 部屋がありましたわ! ナックスさん!」


 乙女の祈りは天に通じた。彼女が心から願ってやまないプライベートルームが姿を現したのだ。


「おう! じゃあ俺は目を閉じ、耳を塞いで……」

「え? どうかいたしましてナックスさん?」


 目を閉じている場合では無かった。亀裂の向うに現れた小部屋には、ひとりの少女が水晶の中に封じ込められていたのであった。


「なん……だ? こりゃ?」

「わっ、私にも分かりませんわ」


 それは少女と言うよりは、童女と言っていい幼子だった。外見年齢的には10歳に満たないであろうか、そんな少女がキラキラと光り輝く水晶の中で静かに眠っているのだ。


 あまりに突飛な現実に、リップは俺の手をしっかと握る。だが、その手は徐々に震えだした。


「すっ、済みませんナックスさん。私……」

「あっ、ああ。そう言えばそっちも緊急事態だったな。俺はこっちの部屋に――」

「後は頼みましたわ!」


 リップはそう言って駆け足で元居た部屋へと戻っていく。おそらくは乙女力尿意の限界だったのだろう。


「頼みましたと言われてもな」


 俺は頭を掻きながらそう言った。


 目の前には水晶に包まれた素っ裸の少女。とは言え流石の俺も10に満たない少女の裸を見たところで、どうこうというものでは無い。


「まぁコモエ先生と近いといえば近いのだが……」


 水晶の中に閉じ込められた少女は金色の髪を肩まで伸ばし、静かに眠るように目を閉じていた。

 パッと見の印象としてはあの年齢不詳のハーフエルフコモエ先生よりは少しばかり幼く見えるかなーと言った程度だ。


「なんだろう? 封印されている?」


 俺はそう言い。冷たい輝きを放つ水晶に手を触れた。


「なっ!?」


 だが、その瞬間を待ちかねていたように、水晶は透明な音を立てて砕け散ったのだった。

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