第31話 仲間たち

 奴の武器の一つは羽を使った高速移動だ、俺は奴の巨体がすんなり進めないように、木々の間を縫うようにして走って行く。


 化けもんとの追っかけっこは修業時代に慣れちゃいるが、ここまで明確に敵意をもって追いかけられたことはあまり記憶にはない。


(いや、奴もたいがい遊んでいるがな)


 奴が俺を本気で殺す気ならば、竜化して灼熱のブレスで辺り一面焦土と化しているだろう。若しくはその魔剣で全身をなます切りにされているか。いや、そもそもそんなまだるっこしい手段を使うまでも無い、ただ近づいて俺の頭を殴り飛ばせばそれで終わり、奴と俺にはそれほどの実力差がある。今は師匠との修行のおかげで身に付いた馬鹿げた魔法耐性で何とかなっているだけだ。


(ともかく、奴が遊んでいる時がチャンスだ)


 俺は約束の合流地点へと駆け抜けて行った。もしかしたらこの試験は既に中止になって、アイツらもとっくに避難しているかもしれない。あるいは俺の方が早く着きすぎてトラップを仕掛け終わっていないかもしれない、もしかしたら、栄光の手の攻撃すら奴には聞かないかもしれない。

 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……

 悪いケースばかり頭によぎるのを振り切るようにひた走る。だが、今の俺に浮かぶ逆転のチャンスはそれだけだった。


 逃げる逃げるひたすら逃げる。時折ファイヤーボールや木の枝を使った迎撃を繰り返しつつもひた走る。


「はははははは。どうしたどうした! 逃げ足が鈍っているぞ!」


 そんな攻撃が効かないのは百も承知。だがこれも奴を飽きさせない為のちょっとしたアクセントだ。

 奴には徹底的に調子に乗ってもらわなくてはいけない。圧倒的な高みから無様な抵抗をし続ける俺を見下し続けてもらわなくてはいけない。


 ★


「はっはっはっはっは」


 ディアネットはふたりの後を追って森を走っていた。


「なんて早い」


 自分もそれなりに体力があったはずなのだが、先を行くふたりの速度はなお早い。ふたりの姿はとっくの昔に見えなくなっていたが、破壊の跡がその道順を教えてくれていた。


「ナックス……何て化け物なの」


 ディアネットが何よりも驚いたのはナックスのタフネスだ。

 あの雷を食らっても生きていたタフネス、上位蛮族でありその素早さも極上のものであるドレイクから逃げ続けるタフネス。そしてなによりこんな目にあっても諦めないというタフネス。

 自分だったら等の昔に諦めているかもしれない、いやその前にあの雷を食らった時点で死んでいるだろう、と彼女は思う


 思えば最初に出会った時からそうだった。あの中央広場での決闘の際、自分がどれだけクリーンヒットを叩き込もうが、平気な顔で彼は立ち上がって来た、いや膝を付かす事さえできなかった。


 彼のタフネスは一般的なそれを大きく凌駕している。

 師匠とやらとどんな修業を積んでいたのかは知らないが、少なくともアカデミーの学生クラスのそれでは無かった。


「死ぬんじゃないわよナックス。アンタのその秘密教えてもらうんだからね!」


 ディアネットはそう叫び、幾分風通しのよくなった森の中を、破壊音に誘われるようにひた走った。


 ★


 もう直ぐだ、もう直ぐだ。

 指定した場所までもう直ぐ、だがかれこれ小一時間は追いかけっこを続けている。いい加減に背後のロリコンも飽きがきて、本気で仕留めに来る時間帯だ。


「っておわっ!?」


 疲れから木の根に足を引っ掛けて俺は盛大にすッ転んでしまう。咄嗟に受け身を取って体勢を立て直すも、その数秒は大きなロスだった。


「ふぎゃっ!?」


 背中に爆撃が直撃して俺は大きく吹っ飛ばされる。


「くはははははは、遊びはもう終わりだ!」


 奴は上機嫌でそう笑う。魔法が直撃したという事は、奴と直線状に並んでしまったという事だ。

 それはつまり――

 羽ばたきの音が聞こえる、奴は一瞬で距離を詰め――


 カンカンと言う甲高い音が鳴り響く。


 俺は奴がひるんだその一瞬に、魔剣の軌道から皮一枚逃げ去った。


「何やってんのよナックスちゃん!」

「お前ら! まだ逃げてなかったのか!」


 音の正体はミーシャとパルポが放ったボウガンが、ロリコンに当った音だった。


「堅牢なる大地の力よ! 彼の者の歩みを遮りたまえ! アースバインド!」


 地面が、木の根が触手の様にうごめいたかと思うと、ロリコンの足に絡みつく。


「くっらいやがれーーーーー!」


 大声と共に木の上から落下して来たのは一頭のゴリラ、もといジャレミだ。奴は大きく振りかぶったウオーハンマーを全力でロリコンの頭部に叩き付けた。


 ドゴンととてつもなく鈍い音が鳴りわたる。ウオーハンマーの柄が曲がるぐらいの一撃に――


「どうした? それで終わりか?」


 ロリコンは今までの攻撃が何でもないように首を廻しながらそう言った。


「ちっ! 化けもんかよ!」


 ジュレミは反動に両手を痺らせながらそう言った。


「ああそうだよ! 奴はとっておきの化けもんだ! 俺たちの手におえる様な相手じゃない!」

「まったくそうみたいね、森がやけに騒がしいと思ったから、念のために準備していたけど、これじゃー効果が無いみたい」


 ミーシャは肩をすくめる余裕も無く、冷や汗交じりで愚痴をもらす。


「ってかなんでドレイクなんかがアカデミーの森にいるのよ! ここは王都のど真ん中よ!」


 完全にとらえたアースバインドを、いともたやすく解かれたカーヤは、半狂乱になってそう叫ぶ。


「あーうっせぇな、そんな事俺が知るかよ! なんか探し物がどうとかという話だよ!」


 そもそも転移魔法は一度訪ねた場所にしか行くことはできない。

 しかも王都には蛮族よけの結界が十重二十重と張り巡らされているのだ、本来ならばこんな大物がホイホイと入って来れるような場所ではないのだ。


「くっくっく、その様な些事はどうでもよかろう」


 くそロリコンは余裕たっぷりにそう言った。ミーシャたちの連係プレイでも傷一つ追わなかったのだ、こちらの数が増えたといえ、奴にとっては何ら恐れる事では無い。


「では、最後のチャンスだ。もう一度問おう。我はとある貴人の子息を探している。なにか心当たりはないか?」


 奴はさっきの質問をもう一度繰り返した。


「だから、知らねぇよ。蛮族が素性を隠してアカデミーに通っているって言うのかよ!」

「素性を隠して?

 ……無理だな、かのお方のご子息だ、隠そうとして隠せるものではないだろうよ」


 やはりこのドレイクが敬語を使うような相手だ、とびっきり強力な蛮族なんだろう。


「それじゃあ何かしら、そのお方が、何らかの間違いで人間に見つかってしまい、囚われの身になっていると?」


 ミーシャがそう疑問を呈する。確かにその方がしっくりくる。


「恐らくはそうであろうよ。貴人はその事にとても心を痛めていてな。忠臣である我がそれを解決するために人間の都くんだりまでやって来たという事だ」


 要するにスタンドプレーで貴人様とやらに媚びを売るためにやって来たと。全くはた迷惑な話だ。


「それじゃあ情報が少なすぎるわ、彼の貴人のお名前を教えてはくださらないのかしら」


 ミーシャがそう言うと奴はニヤリと口角を歪める。


「それは出来んな、貴様ら人間如きが発するには過ぎたお名前だ」

「そう、まぁ貴方のような強力なドレイクがそこまで言うのならば大体の候補は絞られてしまうのが恐ろしい所よね」


 ミーシャは慎重に言葉を発する。俺は蛮族の組織体系には詳しくないがミーシャには当りが付いているという事だろうか。


「残念ながら私には心当たりはないわ。でもそれは今現在の話少し調べを入れれば何とかなるかもしれないわよ」

「ほう? 言うではないか、そこな……女? よ?」


 おーおー困ってる困ってる。まぁ普段見慣れない人種のそれもミーシャみたいな複雑な奴の性別なんてよく分からんだろうな。


「ええそうよ、取引と言う訳にはいかないかしら」

「くくく、人族如きが我に取引を申し出るだと?」

「ええ、この場を生かして返してくれる代わりに、貴方に情報を流すって事」

「くくく、面白い奴だ。我は頭の回る奴は嫌いではないぞ」

「そう、それじゃあ」

「だが、口先だけの契約では話にはならんな」


 奴はそう言って残虐な笑みを浮かべ、俺たちをゆっくりと見回した。


「そこなドワーフ、それを人質として預かろう。後はまぁ不必要だな、面倒な事を口外される前に始末するとするか」


「逃げろ! みんな!」


 俺はそう言ってくそロリコンの顔面にファイヤーボールをお見舞いした。

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