第2話 ようこそ冒険者クラスへ
アカデミーのクラス編成は聖騎士クラス、従騎士クラス、魔術師クラス、商業クラス、行政クラス、そして冒険者クラスの6クラスに分かれている。
それぞれのクラスに貴賎はなく、どのクラスも平等に……と言うのはただのお題目。何と言ってもアカデミーの花形は聖騎士クラスだ、そんでもってドンケツは冒険者クラスだ。
それは何故かと言うと、それぞれのクラスには、聖騎士クラスなら聖騎士団と言った風にスポンサーが付いているのだが、書類一枚書ければ誰でもなることが出来る冒険者に対して、冒険者ギルドはろくな出資などしていないからだ。
そして俺のクラスはと言うと……。
「なぜ俺が冒険者クラスに……」
「あっはっはー、また一緒だな相棒」
ジャレミが俺の肩を叩くたびに、椅子が嫌な軋みを上げる。
出資が少なければ設備もそれなりになる。俺はアカデミーの端っこに建てられた、隙間風と埃でデコレーションされた、小汚い冒険者クラスの教室で項垂れていた。
「不正だッ! 不正があったんだッ!」
「いや? 単純に実力なんじゃねーの?」
筋肉馬鹿はそう首をかしげるが、納得なんていきやしない。
「はいっ、みなさんそろってますかー」
俺が熱弁を振るっていると、十歳ぐらいの小さな女の子が、舌足らずな口調で挨拶をしながら教室に入って来た。
「どうしたんだいお嬢ちゃん、ここはお兄さんたちの教室だよ?」
俺は紳士的に優しく間違いを教えてやる。
「むっ、しつれいですねー。コモレ先生は、みんなの先生ですよー」
「はっ? アンタが?」
どう見てもおしめが取れ切ってないただのガキンチョだ。やや尖った耳を見るに、ヒューマンではなさそうだが、それでも幼すぎる。
「えーっとあなたはー。ああ、ナックス・レクサファイくんですかー」
コモレ先生と名乗った少女はペラペラとファイルをめくりつつ俺の名前を読み上げた。
「……マジで先生?」
「はい、そうですよー」
「えーっと、失礼ですがお年は?」
「こらっ、じょせいに、ねんれいを聞いてはいけません」
「あーはい、すみません?」
コモレ先生は小さな子を叱るようにピンと人差し指を立てながら俺にそう注意する。
「ってそんな事はどうでもいいんです!」
そうだ、問題はこのガキンチョ教師の年齢などでは無い。俺がここにいると言う事実だ。
「先生! 何か間違いがあったんじゃないんですか! どうして俺が冒険者クラスなんです!」
こんなアカデミーの吹き溜まりにいてしまっては、ハーレム王から遠ざかってしまう!
「んー、ナックスくんはですねー。体力試験はまぁまぁのせいせきだったんですけど、その他がダメダメだったんですよー」
「なっ、そんな……」
俺は師匠との過酷な修業の日々を思い出す。無茶を通り越して無謀と言えるあの日々、命の危険を感じない日なんてものは存在しなかった。
毎日毎日こき使われて……?
毎日毎日……。
あれ?
「そう言えば、俺、全然教えてもらったことねぇぞ?」
師匠は凄腕の魔法使いだった、それは俺が一番よく知っている。だが、思い返せば俺は師匠から魔法の手ほどきを受けた覚えなんてありはしない。只々雑用係としてこき使われていただけだ。
「あんのおっぱいモンスターーーー!」
「ひゃ! なっなんですかナックスくん、きょうしつでみょうな事をくちばしらないでください」
カタカタと小動物が震えているが、それどころでは無い。あのおっぱいモンスター、今度会った時には、爆乳が貧乳になるまで揉みしだいてやらなくては!
「ちょっと! 五月蠅いわよアンタ!」
俺が怒りに震えていると、神経質でピリピリとくる声が隣から響いて来た。
「あ? んだよアンタは?」
「この教室に思う所があるのはアンタだけじゃないのよ、イライラするからちょっと黙っててくれないかしら」
声の出所に従って視線を下げるとこれまたちっこい赤毛の少女だった。神経質そうな顔立ちはコモレ先生と比べると大人びているのでドワーフなのかもしれない。
体系はその背の通り、ストンとした寸胴体型、残念ながら俺は巨乳派なんだ。出る所が出て引っ込むところが引っ込む、双丘にかかる虹の柱は男たちを天国へと連れて行ってくれる夢の懸け橋なのだ。
「んーーーーー、惜しいギリアウトかな?」
大甘に見ても残念ながらボール一個分ストライクゾーン外、来世に期待してくれ。
「ちょっと! 人の顔を見るなり何よ失礼な!」
「ははは、済まない口が滑った」
俺は爽やかな笑顔を浮かべてそう言った。
巨も貧も分け隔てなく愛するのが真のハーレム王だろう、だが、俺はまだまだ修行の途中である多少の選り好みは仕方がないのではないだろうか?
「けっけんかは、やめてくださーい」
コモレ先生の声は隙間だらけの教室によく響いていった。
★
「パルポ・ヘマーソン……コボルト」
ダラダラと自己紹介が進んでいくが、ハッキリ言って興味も希望もありはしない。俺は本来ならばエリートコースに乗ってハーレム王の階段を着実に上がっていく筈だったのだ。
それが薄汚い掘立小屋で、見渡す限りの男衆の中でこれから暮らしていかなければならないとは……。
そう、男衆だ。なんとこのクラスには幼女先生と、小生意気な貧乳ドワーフの二人しか女が居ないのだ。
「なんで、俺がこんな所に」
「うふふふ、そんなにここが嫌かしら?」
突然話しかけられて、背筋がぞわりと泡立った。
「なっ、何だテメェは」
「あらやだ、自己紹介は聞いてくれなかったのかしら」
ハスキーボイスに振り向くと、そこにはしなりを作ったキャットピープルが居た。甘ったるいハスキーボイスの示す通り、ややたれ目がちでどことなく油断のならない顔つきの長身痩躯。しゅっとしたストレートの尻尾が俺を誘うようにユラユラと揺れている。
「あれ?」
女? ドワーフ女以外に女がいた?
おかしい、俺のおっぱいセンサーは完璧な筈だ、その俺が女の存在を見逃した?
だが、キャットピープルはニヤニヤと笑いながら俺を見る。
「それじゃー改めて自己紹介、私はミーシャ・サバリナ、見ての通りキャットピープルよ」
奴はそう言って投げキッスをして来るが、俺は反射的にそれをかわした。
「あらっ、ざ・ん・ね・ん」
「ん? んん?」
奴はニヤニヤと笑ったまま俺にそう囁く。違う、何かが違う、師匠との修行の日々で養った俺の危機管理能力が、何かが違うと叫んでいる。
「……見ての通りって、お前……性別は?」
俺が恐る恐るそう尋ねると、奴は笑みを深くした。
……やっぱり駄目だろうこのクラス。
「あー駄目だ、くそーやってらんねー」
「ちょっとアンタ、文句ばっかり言うのは止めてくれない、こっちのやる気がそがれるわ」
くそ、やってられねぇ。ただでさえくそッたれなクラスなのに、なんでこの口やかましいのが隣なのだ。
「そうは言っても……あー」
「はぁ、自己紹介位ちゃんと聞いときなさい。ウチはカーヤ・クラウディア。見ての通りドワーフよ」
「おっおう、俺は」
「ナックス・レクサファイ、ヒューマンでしょ。自己紹介は一度で十分」
「おっおう?」
そりゃスゲェ、俺なんて興味が無い事なんて右から左だ。
「そんじゃ、カーヤ。お前はなんでここに来た訳? どの試験でやっちゃったの?」
「失礼ね、ウチは余裕を持って商業クラスに入れる筈だったのよ」
カーヤは悔しそうにそう呟く。
「けど結局ここにいるんじゃ同じだろ?」
「違うのよ、本来の実力が出せれば、あの程度の試験何という事は無かったわ!」
「なっなんだよ、そんなに大声で」
「あの日は体調が悪かったのよ……運が無かったわ」
ズーンと言う効果音が似合いそうなぐらいにカーヤはそう凹む。
「どうしたんだ? 風邪でも引いちまったのか?」
偶によくいるが、肝心かなめな日に駄目と言う星の巡りが悪いタイプの人間なんだろうか。
「……まぁねそんな感じよ、兎に角あの日はとてもテストなんて受けれるような状態じゃなかったの」
「はぁ、それはご愁傷様」
「けどウチは諦めないわ、来年度のクラス分けで必ず商業に行ってやる!」
カーヤはそう言って、ブラウンの瞳に炎を宿らせる……って。
「ああそうか、別にクラスはこのまま固定って訳じゃないんだよな」
クラス替えは半年に一度行われる。今日冒険者クラスになったからと言って全てを諦めなくてもいいのだ。
「はっ、そう易々とはいかないわよ。いったん決まったクラスから別のクラスに移動するのは至難の業だって評判よ」
「はっ、上等だぜ、俺は将来ハーレム王になる男だ。こんな所で躓いていてたまるかよ」
「ハーレム王ってアンタ……まぁいいわ。動機はともかくやる気があるのなら結構ね、精々ウチの邪魔をしないでちょうだい」
「はっ、そっちこそ」
こうして少しばかり打ち解けた俺たちは、コツンと拳を打ち合わせた。
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