5.必要なことだけ

「悪い噂程よく広まるって言うでしょう?」


「あぁ、確かにな」


「悪い噂には雑音が多くついていることが多いのよ。聞いた人の好奇心を刺激するようなものがね。「子犬は可愛い」なんて噂を流しても誰も食いつかないけど「悪魔のような子犬」という噂だったら、ちょっと興味を惹かれない? どんな子犬か見てみたくなるでしょう?」


 相手の言わんとすることがわかったシズマは、頷く代わりに疑問を返した。


「お前は雑音をACUAに流し込んだのか」


「本来ならフリージアは、そういった雑音を取り込んで変質させる機能を担っていた。それが失われた今、彼らは雑音を削除するしかない。本来、ブルーピーコックでは行われなかった作業が発生する」


 エストレは指を鳴らし、唇を少し歪めるように開いた。


「元から不完全な形で乗っ取ったシステムよ。更に想定にない動作を繰り返せばシステム全体が脆弱化する。そこを再びブルーピーコックを使って奪い返せば、ACUAは正常な状態に戻り、フリージアも戻ってくる」


 少し強い風が吹き、リボンをなびかせる。エストレの銀髪も同じように揺れていた。太陽に透けたリボンの雑多な色が淡く反射しており、数多の願い事をそこに吸収するかのようだった。


「イオリだったら遠隔でも乗っ取ることは出来そうだけど、生憎私はそこまでの能力を持っていない。でも直接、絢爛に接続出来る場所まで接近出来れば不可能じゃないわ」


「絢爛はエンデ・バルター社にあるのか?」


「少なくとも、あそこには絢爛に直接アクセス出来るハイスペックなネットワークがある筈よ。ウィッチをリアルタイムで更新するための」


「しかし、正面から行くわけにはいかないだろう。といって、お前の時みたいにハイウェイでハイジャンプってのも御免だぜ」


 エストレはクスッと小さく笑った。


「それは覚えてるのね」


「何がだ」


「こちらの話。……彼らが「雑音」の出所に気付くまで、常識的なメンテナンスを行うとすれば一日の猶予がある。それまでに絢爛を乗っ取る。……問題は彼ら本人だけど」


 口ごもるエストレの代わりにシズマは躊躇いもなくそれに続くべき言葉を放った。


「あいつらを生かしておいたら、何度も同じことが起きるって言うんだろ。心配するな、どっちも殺してやる」


「別に殺さなくてもいいわよ。無力化出来れば」


「生憎、俺は不器用でな。それにヴァルチャーを殺す口実ならある」


「イオリの仇?」


 シズマは、木の幹の中を覗き込もうとしているオセロットの後姿を一瞥した。例え自分が手を下さないとしても、オセロットがそれを許すとは思えなかった。誰かを一途に慕うアンドロイドは、人間よりも直情的になる。シズマは一年前にそれを学んだ。


「あの野郎が生きているというだけで十分だ」


「これ以上ない理由ね。……オセロット」


 急に名前を呼ばれた少女型アンドロイドは、驚いたように振り返る。その目の奥で、再び光が瞬いた。


「貴女にも協力して欲しいの。危険なことは出来る?」


「危険なことはわかりませんが、必要なことなら出来ます」


 その真っ直ぐな答えに、エストレは軽く声を立てて笑った。


「世の怠惰な者たちは貴女の爪の垢を煎じて飲むべきね」


「私の指には老廃物を発生させる機構はありません」


「例え話よ。貴女、本当に可愛いわね」


 きょとんとしているオセロットに背を向けて、エストレは歩き出した。シズマはその背中を追いかけながら声を掛ける。


「次のオリエンテーションの目的地は決まったのか? ガイドブックをまだ貰ってないぜ?」


「そんなものは必要ないわ。歯車が揃った今となっては」


 エストレは挑戦的な視線をシズマに向ける。この状況を最大限楽しむ、ギャンブラーの眼。シズマはそこに彼女の母親の面影を視た。


「揃ったのか? 俺にはジャンク品のワゴンセールが始まったようにしか見えないが」


「わかってるじゃない。見る人が見ればお宝の山ってことよ」


 揺らぐことない声がそう言い切る。まるで自分の考えに欠陥などないと言うかのような、否、例えあったとしても構わないとでも言うような態度だった。


「フリージアもACUAも取り戻すわ。貴方たちがフリージアを忘れたのなら、私が思い出させてあげる」


「拒否権はなさそうだな」


「あら、女の子の贈り物を突き返すもんじゃないわ。中には沢山素敵なものが入ってるんだから」

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