6.義足の男

 軋む階段を昇り、二階へと進む。階段の両側に積み上げられた古い端末装置や花瓶は、震度三の地震が来れば全て崩れてしまいそうだった。此処に初めて来たのは、まだシズマが二十歳になったばかりのころだが、その時から全く変わる様子も見せなければ、何かが売れた話も聞かない。

 二階の部屋に入ると、スカイブルーの髪の男が出迎えた。年はシズマと殆ど変わらない。辛うじてシズマのほうが少し若いが、特にそれを考慮したことはない。


 彫りの深い顔立ちを助長するかのように黒々と長い睫毛と、垂れ気味の瞳。大きく開いた口から見える白い歯がアンバランスである。

 だが何よりも目を引くのは、ハーフパンツから伸びる右足の膝から先だった。

 鈍く輝く銀色のボディ。複雑に絡み合うパーツ。人間の足に限りなく近く、アンドロイドのフットパーツよりも繊細で、どこか余所余所しいまでの洗練されたデザインをした義足がそこにあった。


「てきとーに座ってよ。調べものなんでしょ?」


「あぁ」


 合皮のソファーに腰を下ろすと、中でスプリングがミシリと音を立てる。

 エストレの店と比べると、あまりに雑然とした部屋だった。だが一応掃除だけはしているようで、テーブルの上には汚れ一つなかったし、差し出されたコーヒーカップも綺麗に洗われている。


「エンデ・バルター社。知ってるか?」


「知ってること前提で話してるんでしょ。そういう聞き方はよくないよぉ? 女の子に嫌われるからね」


「お前は男だし、女にこんな話はしない」


 骨董屋の男はクスクスと笑った。


「まぁ勿論知ってるよ。こういう仕事してるとね、「仕事場」には必ず一つぐらい、あの会社の物が転がってる。確かこの前も拾ったよ」


 テーブルを挟んで向かいに腰を下ろした男は、すぐ傍に置かれた木箱の中に手を突っ込むと、半分壊れた小さな装置を取り出した。表面は傷だらけで、白い塗装が剥げている。装置の殆どをモニタが占めていて、何かが表示されるようになっていた。


「オンライン専用、閲覧用デバイス「魔女の瞳」。通称「ウィッチ」。ネットワーク上の情報を見ることだけに特化した機械だね。センサーと接続することで接触物の情報を取得することも出来るから、アンドロイドにもよく搭載されている。バルター社はその特許を持ってるとこだ」


「流石にわかるか」


「ついでに言うと、そこの重役であるアンドロイドが昨日殺された。俺の考えだと、どこかの時代遅れの殺し屋の仕業だねぇ」


「ヴァルチャー」


 相手の通り名を呼び、シズマはそれ以上の追求を制する。濃茶色の目が楽しそうに歪んだ。


「カラスにそう呼ばれるのは嫌だね」


「じゃあエディ坊やとでも呼んでやろうか」


「それも寒気がする」


 エディ・バレットという本名は骨董屋として使っているものであるが、シズマはその名前を揶揄う時にしか呼んだことがない。


「そいつが気になるの?」


「俺はそんな奴がどうして死んだかなんて興味ない。死んだ後に裸で踊り狂って線路に飛び込んだってなら話は別だがな。だが、そいつが死んだ場所に興味がある」


「イケブクロの『ホテル・ヴェロニカ』の最上階。そこが彼の住居だったみたいだね。アンドロイドは風呂もトイレもいらないから、ホテル側としても助かるらしいよ。まぁそれでも、体の中のオイルを四方八方にぶちまけて死なれたら話は別、ってね」


「それでお前に声がかかった」


「ホテル側からすれば、不都合なことは少しでも少なく。消せるものは消し去りたいでしょ。なーに? 欲しい「遺品」でもあるなら拾ってきてあげよっか?」


「違う。俺も連れていけ」


 その言葉にエディは口角を吊り上げた。それはシズマのことを見透かしたようなものであると同時に、哀れみにも似たものが混じっていた。

 しかしシズマはそれを正面から睨み返す。


「勘違いするな。そこに何処かの間抜けの落とし物なんてない」


「そういうことにしておくよ。カーペットで落ち穂拾いでもする?」


「違うって言ってるだろ。そこに俺が受け取るべきものがあるんだよ。言わば形見分けってやつだな」


「アンドロイド嫌いの奴が言う台詞だとは思えないねぇ。まぁいいけど」


 肩を竦めながらも、半ば納得したような調子でエディは言った。飲みかけだった珈琲を全て飲み干し、空になったカップを持ったまま立ち上がる。


「今から行く?」


「あぁ」


 それに倣うようにシズマも立ち上がったが、珈琲には口を付けなかった。どういうわけだか漢方薬の匂いがする珈琲は口に合わない。此処に来るたびに出されて、その度に残しているのだが、相手がそれを察してくれたことはなかった。


「というか一人で仕事する癖も大概にしないとさ、いざって時に困ると思うよぉ?」


「相棒でも作れってか?」


 アドバイスにもなりきらない戯言に、シズマは鼻で笑って返した。

 その時、記憶の中の何かがピリッと揺れる。痛いような痒いような妙な感覚だった。シズマはそれを振り払うようにして投げやりな言葉を放った。


だけど、別に困ってねぇよ」


「可愛い弟を心配してるだけなんだけどなぁ」


 エディはわざとらしい口調で言いながら、シズマの傍らをすり抜けて部屋を出ていく。


「お兄ちゃん、傷ついちゃう」


「てめぇなんかと血がつながってて堪るか」


 シズマがその背に嫌悪を込めた声を放つと、相手は振り返りもしないで笑った。


episode1 end and...

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