episode2.フリージアのいない街

1.死肉鳥

 エディが実際にシズマの兄かどうかはわからない。互いの母親が関係を持っていた「父親候補」の一人が同じだっただけである。同じ種かもしれないし、違うかもしれない。シズマとしては違うことを願っているが、エディは同じことを祈っている。

 お互いの遺伝子情報を照らし合わせればすぐにわかることだが、互いに臨む結果が違うことから、その検査をすることをシズマが拒否していた。第一、どんな形にせよ殺し屋が遺伝子配列情報をどこかに残すなんて馬鹿げている。


「お前も相変わらず一人じゃねぇか」


「そんなことないよぉ。まぁまぁオトモダチはいるし」


 ホテル・ヴェロニカの貨物運搬用エレベータの中は冷えた空気が漂っていた。内部の階数表示パネルには「専用運転中」の文字が光っている。時折、カゴの外でパチリと鳴るのは、減圧計の作動音のようだった。


「さっき俺達を入れてくれたお嬢さんとか、オトモダチだし」


「随分手馴れてたな。俺はあんなにスムーズに誘導されたのは、学校で教師に指導室に連れていかれて以来だぜ」


「それだけ、俺みたいな連中と関わりが深いってことだよ。このホテル、マニアの中じゃ「心霊スポット」として人気だからね」


「心霊! また古風な言葉が出て来たな。お前、信じてるのか」


「割とね。というかこの商売、心理的瑕疵が無くなると困るんだよ。「ここで人が脳漿をぶちまけ、バスタブを腐肉で満たし、夜な夜な変な音がする? 全然気にしないよ!」って連中ばかりになると、仕事が無くなっちゃうからね」


「それもそうか。ヴァルチャー死肉鳥からしたら、人が嫌がる場所が多けりゃ多いほど助かるわけだ」


「そうそう、そのとーり」


 エディの本業は「掃除屋」が近い。身寄りのない人間やアンドロイドが「死亡」した場合に、その部屋や場合によっては死亡者を片づけ、その報酬として私物などを回収する。

 似たような仕事をしている者は何人かいるが、エディはその通り名が示す通り、「死」を嗅ぎつけるのが早い。


「それに、忌む者あれば尊ぶ者あり。殺害現場にあったものって言うのは売れるからね」


「理解できねぇな」


「コレクターなんてそういうもんだよ」


 エレベータが止まり、扉が開く。そこはまだ従業員たちの通路で、無機質な壁に接待マニュアルが貼りつけられていた。床にはビニールが敷かれ、その上に乾いたオイルがこびりついている。恐らくは殺されたアンドロイドを運び出した跡と思われた。


「1502号室、スウィートルームの中でもグレードは下から二番目。要するに広いし綺麗だし設備も整っているけど、それだけだね」


 エディは説明しながら、黒いビニール手袋をシズマに放り投げる。


「長期滞在にはもってこいの部屋とも言える。過度な装飾は生活の妨げだよ」


「そう思うなら自分の家をどうにかしろよ。人間が住むところじゃねぇぞ、あれ」


 通路の扉を開けて、客室の並ぶエリアに移動する。赤い絨毯が敷かれた廊下が真っ直ぐに続き、その左右に重厚な扉が点々と存在していた。

 数十年ほど前には球体や多角形の客室を備えたホテルが流行したこともある。だが掃除や管理、快適さの問題からすぐにそれらは廃れた。今どきそのような客室が残るのは、場末の安いモーテルぐらいである。

 エディがマスターキーを使って開けた部屋は長方形を組み合わせたシンプルな構造であり、高級ホテルの装いがあった。


「宿泊客だったアンドロイドは、額をレーザーガン、肩を散弾で撃たれて死んだってさ。複数犯かな。それとも一人? もしかして二つのモードを切り替えることが出来る銃があったりして」

「しつこいんだよ。そんなに喋りたきゃ、もう一つ口を増やしてやろうか」


 部屋の中にはアンドロイドの使うオイルの匂いが充満していた。窓ガラスは一枚が粉々に砕け、その上からファイバー繊維の布が被せられている。此処に住んでいたというのは本当のようで、窓際のテーブルの上にはアンドロイドの簡易メンテナンス装置が置かれていたし、クローゼットには大量の服が入っていた。

 何かをメモしたらしい紙切れには、人間では不可能な精密な文字と数字が並んでいる。シズマはそれを一瞥したが、すぐに視線を反らした。


「で、何探してんの?」


「お前には関係ない」


「関係あるよ。お兄ちゃんね、お前の後をヒヨコみたいにくっついてお掃除したくないんだから」


 わざとらしく言うエディだったが、その目は笑っていなかった。壁に掛けられた鏡越しにそれを見たシズマは小さく舌打ちをする。


「荷物だよ」


「荷物はわかるよ。猫でもゴミでも運ぶものは荷物でしょ。どういう形状のものか聞いてるんじゃない」


 エディの義足がカチャリと鳴る。


「それがわかったら苦労しない。依頼を受ける時に確認するのを忘れた」


「はぁ? 何それ、本気で言ってるの?」


「仕方ないだろ。殺し屋に運びの仕事なんか担わせるのが悪いんだ。大体いつもなら……」


 シズマは何か言いかけて口を閉ざした。誰かの名前を言おうとしたが、それが誰かは思い出せなかった。そもそもシズマは人と組んで仕事をしたことなど、ここ一年の間なかった筈であり、ましてや運び屋の知り合いもいない。


「いつもなら?」


 不思議そうにエディが聞き返す。だがシズマは舌打ち一つでその問いを無視した。


「兎に角、俺が依頼主に運ぶべきものがある筈なんだよ」


「ふぅん。まぁ何でもいいけどね。お兄ちゃんも手伝ってあげようか」


「要らん。俺はお前の邪魔をしない。だからお前も俺の邪魔をするな。あと、その虫唾の走る一人称も止せ」


「前半は了解。後半は却下」


 エディはそう言って、シズマから離れて行った。兄気取りの掃除屋は、それでも仕事の邪魔をしないだけの礼儀は持っているようだった。

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