episode3.忘却されし死線

1.ネットカフェ『ダーキニー』

 見上げるだけで首が痛くなるような高いビル群に囲まれて、頭一つ分低く、平たいビルが申し訳なさそうに建っている。イケブクロのメインステーションからイーストゲートに降りると、そのビルが嫌でも目に入る。

 昔はそのビルは周囲のどのビルよりも高く、ランドマークとして機能していた。今やその当時の面影はなく、昔の栄光に縋るかのように、何度も塗り返した白い外壁を見せつけている。


「このあたりなんだけどぉ」


 ビルの手前のメインストリートは若い男女で溢れかえっていた。平日の昼間は車両の通過が制限されていて、車道の上を皆が堂々と歩いていく。道の中央では、液晶パネルの看板を持ったアンドロイドが立っていて、次々と宣伝動画の流れるパネルを通行人に向けて掲げていた。楽しそうな動画とは裏腹に、その表情はうんざりとしている。アンドロイドは疲労は感じないが、感情は存在する。そこに立ってどのぐらい経つかは不明だが、そんな表情が出るのも当然のことに思えた。


「あったあった」


 そのアンドロイドの傍らを抜けた直後、エディが指を中空に掲げた。そこには六階建ての真新しいビルがあり、二階から上は硝子張りになっていた。道路側に突き出した細長い看板には、店の名前が洒落た飾り文字で書かれている。

 入口に置かれた店内案内のモニタを見なければ、そこがネットカフェとは想像出来ない。「オクトパス」のような、薄汚れた雑居ビルを想像していたシズマは、肩透かしを食らったような顔をした。


「なんだこりゃ。此処がネットカフェか? 中に入ったら、皆がヨガをしながらネットサーフィンをしてるんじゃないだろうな」


「何十年か前にも、開放的なネットカフェっていうのは流行したらしいよぉ。流行は流転するってやつかもね」


 丁度一組の男女が、仲良く喋りながら中へ入っていくのが見えた。女の右耳の辺りには立体映像で作られた白い薔薇が並んでいた。エディはシズマの袖を軽く引き、薔薇の映像を指さす。


「あれがさっき話した、最新型のウィッチだよ」


「言われてみたら、同じようなのを見た気がするな。ファッションの流行なんて興味ないから見落としてた」


「俺も興味はないけど、掃除してると拾うからね」


 シズマはそれを聞いて、横に立つエディに顔を向けた。


「売れるのか」


「所有者が若い女の子だと売れやすいよ。その子が何を調べていたのか分析して、一人悦に浸るタイプの変態も多いからね」


 思わずその光景を想像してしまったシズマは、口を歪めて舌を出す。世の中には自分の理解出来ない物が多い。一年前から、特にその考えが強くなっていた。


 店の中に入ると、アンドロイドの従業員が出迎える。客層に合わせているのか、見た目は若く作られていた。店内の説明と同時に会員登録を薦められたが、シズマはそれをにべもなく断る。


「ご利用いただけるサービスが制限されますが、よろしいですか?」


「結構だ。ネットゲームをしに来たわけじゃないからな」


 従業員は断られるのにも慣れているのか、特に食い下がることはなかった。手元のタッチパネルを操作して、横の装置から出て来た半透明のカードをシズマへと手渡す。

 レーザー刻印された個室の番号は、三階を示していた。


「こちらのカードで各階へ移動出来ます。扉横の読み取りセンサーにタッチしてください。ご自身のお部屋以外に入ろうとするとエラーになり、連続で誤動作を繰り返した場合はカードが失効となり、罰金を徴収しますので、ご承知下さい」


「了解。ご近所への挨拶回りはやめておくよ」

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