5.青い孔雀

「何かと言われても困るな。会社の所在地ぐらいは知ってるが、そういうことじゃないだろう?」


「技術者あがりのあんたなら、詳しいと思ってな」


「その理屈だと、お前さんは全ての葬儀屋について把握しなきゃならん。……あの会社は少し変わっていて、人間にもアンドロイドにも使えるようなシステムを中心に開発していた。昔出回っていたのは、そりゃあ酷くてな。「アイデアは良いけど技術が追い付かない」ってやつだ」


「ウィッチについては?」


「そう、沢山の「夏休みの工作」の中で、上出来だったのがウィッチだ。今じゃ、あの会社の製品と言えるのは、それしかない。閲覧のみ可能なシステムだから、ハッキングされることも悪用されることもない。要するにどの企業、どの人間、どのアンドロイドにとっても使い勝手の良いアイテムってわけだ」


「俺はあの手のものは持っていないが、値段はどうなんだ?」


「安いさ。何しろ中学生の小遣いで買える。アンドロイドの場合は装置を体内に組み込むし、人間の場合はアクセサリーみたいに体につけておくのが主流らしい。最近、耳に変なもんつけてる女が多いだろ」


 シズマはそう言われても、即座にはわからなかった。だが、エディが何か思い出したように「あぁ」と間の抜けた声を上げる。


「立体映像の蝶や鳥の羽が出るやつでしょお? 確かに最近多いよね。最初見た時驚いたけどさ」


「そう、そいつさ。あれは最新型のウィッチでな、イヤーフック型になっていて耳に引っかけられる。そのフックのところに立体映像を表示する装置が埋め込まれていて、綺麗な羽が耳から生えたように見えるんだよ」


「変なもんが流行ってるんだな」


「変な物だから流行なんだよ。いいものは流行るまでもなく浸透するからねぇ」


 自分で言った言葉に納得するように、エディは首を上下に揺らす。だがその拍子に春雨が気管に入ったらしく、体を丸めて咳き込んだ。


「落ち着いて食えっての。コーノ、これわかるか?」


 メモリチップを取り出したシズマは、指先で摘まんだままマサフミへと見せる。細い目を更に眇めるようにして、相手はそれをまじまじと眺めていたが、やがてその表情を緩めた。


「随分古いメモリチップだな。二十年以上前の代物だ。どこの遺跡から掘り返してきたんだね?」


「ミイラの腹の中でないことは確かだ。これ、俺が知っているものと微妙に形状が違うんだが、何に使うものかわかるか?」


「ブルーピーコック」


 マサフミは銃の手入れを続けながら言った。


「十年前に作られたスーパーコンピュータ「青い孔雀ブルーピーコック」。それ専用のメモリチップさ」


「専用?」


「色々新規格で作ったんだな、そのコンピュータを。ところが、あまりに新しすぎたんで、各パーツの組み合わせが上手くいかなかった。だからメモリチップや結合コネクタが独特の形状になってしまったのさ。技術屋の中じゃ常識だがね」


「この中身を見るには?」


「ピーコックを動かすしかないが、今もあのコンピュータが生きているところなんて……」


 その後には否定の言葉が続くはずだったのだろう。実際、マサフミの口の形はそうなっていた。しかし、直前で思いとどまったように口を閉ざすと、眉間に深い皺を刻む。


「一つあるな」


「何処だ?」


「何処かは知らないが、お前さんもよく知っているものだ。「ACUAアクア」のメインコンピュータがピーコックの筈だよ。アセストン・ネットワークはあの独特なコンピュータの力によって変質したんだからな」


 シズマはそれを聞くと舌打ちをした。


「またACUAか。一年前から俺の周りにはその単語ばっかりが飛び交ってやがる」


「メインコンピュータの場所、あの子ならわかるかもしれないな」


 面白がるようにマサフミは言って、大きな歯車を一つ、布の上へと落とした。カランと小さな音を立てて、油に塗れた金属製の歯車はその身を横たえる。


「……あいつに、あれから会ったか?」


「いいや? あの年頃は小汚いチャイナフード店なんか来ないだろう。あれきり会っていないね」


「俺も同じだ。正直、俺の仕事に巻き込むのは気が進まない。ハッカーとしては有能でも、まだ子供だ」


「しかし、男子三日会わざれば刮目して見よ、とも言うからね」


 どこかで聞いた言い回しを使うマサフミを、シズマは黙って睨みつける。殺し屋に睨まれるという状況下で、技術屋は「おぉ、怖い」と肩を竦めただけだった。


「カラスも子供には優しいと見える」


「あぁ優しいさ。会ったらポップキャンディーを口にねじ込んで、頭を撫でてやろうかと思ってるよ」


「それはいい。ついでにその時に背中でナイフでも受け止めていれば完璧だ。短いB級映画が撮れる」


「言ってろ。こんなことなら、さっきエストレから連絡先を聞いておけばよかったな」


 溜息をつくシズマだったが、テーブルの向かい側から声を掛けられて、そちらに視線を向ける。会話に置き去りにされたエディが不満そうに春雨を啜っていた。


「お兄ちゃんを仲間外れにしないでよぉ。何の話?」


「クソ生意気なハッカーの話だ。前に「オクトパス」っていうネットカフェで会ったんだが、そこは半年前に潰れてる。どこかを根城にしているのは確かだと思うが……」


 エストレに連絡先を聞くことは容易だったが、シズマはあまり気が進まなかった。エストレの性格からして、自分もついていくと言うに決まっている。一応、一般人である少女を巻き込んで平気な顔が出来るほど、シズマは肝が据わっていない。

 そんなシズマの内面を知る由もないエディは、少し考え込んだ後で表情を明るくする。


「そういえば最近、このあたりに新しいネットカフェ出来たよね。内装が凝ってて、まるで森みたいなところ」


「行ったことあるのか」


「まさか。人に聞いた程度だよ。イーストゲートから少し歩いたところにあって……店の名前は確か「ダーキニー」だったかなぁ」


「ダーキニー?」


 耳馴染みのない単語にシズマは眉を寄せる。

 そんな様子を見て、エディはわざとらしく目を見開いて、首を左右に振った。教養のない子供を馬鹿にするような態度だった。


「仏教の魔女だよ。女の姿で白い動物に乗ってるんだ。仕事柄、商品の中に仏教関係の物が混じることが多くてねぇ。こういうの、シズマは興味ある?」


「興味ねぇよ。俺が信じるのはトイレの鍵ぐらいだ。で、そいつは白い馬か牛にでも乗って現れるのか」


「いや、違うよ。人を食う魔女だからさ、ちゃんとそれに相応しい動物」


 最後の春雨を食べきって、エディは口の周りについた赤いソースを舌で舐めとる。まるで生き血を啜った後の吸血鬼のようだった。拭いきれなかった赤が、エディの唇の動きに合わせて歪む。


「白い狐だよ」


episode2 end and...

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