7.亀裂のある男
「……邪魔すると斬ります」
「子供が刃物を振り回すもんじゃないよ」
どこか嘲りを含んだ声が返る。オセロットの正面には一人の男が立っていた。首にはバーコードが刻まれ、オイルに汚れた茶髪が一房、そこに掛かっている。その出所は、どうやら額のようだった。しかしそれも前髪に隠れてよくわからない。
長身の西欧系アンドロイドのようだった。オセロットとは頭二つ分ほどの身長差がある。大きな体を支えるために体つきもしっかりしていて、太く作られた左腕には一本の刀が握られていた。体を包む上等なスーツや革靴とはあまりに不釣り合いで、風刺画の一種のようにも見える。
「大人が刃物を振り回すよりはマシです」
「ということは君が自分が子供であることを認めたわけだ。一年前に起動したばかりの、バックアップ筐体。確かに子供と言えば子供だろうね」
男の足元で、壊れたロボットがバチンッと音を立てて破裂する。しかし、男はそれに冷たい一瞥を投げただけだった。青い眼球には若干の亀裂が入っている。オセロットは油断なく構えながら、相手が何者かを理解していた。
「アーネスト・グランドフィールド様ですね。頭蓋パーツの修繕をしなかったのですか?」
「痛覚センサは切っているから問題ないよ。あの殺し屋がもう少しエレガントに撃ってくれれば、綺麗な状態でお会い出来たのだけどね」
「お気遣いなくです。此処でファッションショーを見る予定はありません」
オセロットはマチェーテを相手に向けると、両目を細めて光源の調整を行った。アーネストを攻撃対象としてインプットし、攻撃パターンを複数セットする。
「私はこの先に用事があるのです。退いていただけませんか」
「目的地はセントラルバンクだろう? メインコンピュータのハッキングの手伝いを頼まれた。違うかな?」
全てを見透かした表情で言うアーネストに対して、オセロットは必死に表情を押し殺す。戦闘用アンドロイドとしては高いスペックを誇る一方で、オセロットの情緒プログラムは極めて未発達な状態だった。本来であれば他者と触れ合うことにより学習し、蓄積されていく「感情」やら「思考」が、圧倒的に足りていない。
その点で言うと、小さいながらも企業の役員であるアーネストは遥かに優位に立っていた。オセロットが答えないことに満足したように口角を緩め、手にした刀を握りなおす。
「どうして知っている、と言いたげだね。答えを教えてあげようか? 尤も、それを活かす機会はないかもしれないがね」
「確かに貴方がたのようなクソッタレに二度も三度も会うとは思えないです」
「嫌われたものだね。狐狩りをしたのがそんなに気に入らないのかな。仕方ないじゃないか、彼はもう用済みだった。要らないものは排除する。それだけのことだよ」
その台詞を、オセロットは最後まで待たなかった。右足で地面を抉るように蹴り、体ごと突進するような勢いで相手の間合いへ入り込む。マチェーテを右下方に構え、刃を上に向けると、体を反らすようにして思い切り振りあげた。
避ける余裕を与えるつもりはなかった。ネットカフェで殺したアンドロイド達のように、その首を刈り取ることを目的とした一撃。アンドロイドであるオセロットには相手の懺悔も懇願も必要ない。ただ、その刃が届けば良い。
だが、振り上げたマチェーテが触れたのはアーネストの体ではなかった。地面に対して垂直に構えた刀が、オセロットの攻撃を受け止めていた。
「回避します」
攻撃を一度止めて、オセロットは後方へ飛びのいた。今の迎撃を、頭蓋内のチップが高速で解析する。弾き出された結果は、オセロットには俄かには受け入れられないものだった。
オセロットに搭載された人工知能は、他者の行動パターンを分析することに特化している。一度見た攻撃は全てデータとして蓄積され、必要に応じて行動予測として出力することが可能となっている。眼球に埋め込まれた解析ビューには、今の相手の行動が、既に登録されている物であることを示す文字列が表示されていた。
「……登録番号0、『レーヴァン』の行動パターンと合致」
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