6.子猫の遊び場

「排除モード継続」


 オセロットはマチェーテの先にぶら下がったロボットの残骸を、右手を振ることで壁に叩きつけた。視覚センサは眼前に待ち構える複数の筐体を見つめている。ロボットと遭遇した時には防衛システムが作動して悲鳴を上げてしまったが、本人は至って冷静だった。


「排除対象を認識しました。いっぱいいて怖いです」


 そう呟くと、内蔵された通信機器がエストレの声を拾い上げた。


『あら、そっちにも出たのね。一人で大丈夫?』


「大丈夫以外の答えが許されているとは思えないです」


『言うのは自由よ。大いなる救世主が気まぐれを起こすかもしれないわ』


 ロボットの飛行する音が聴覚センサを掻き乱す。人間の耳よりも正確に音を拾う代わりに、不要な音声すらも拾い上げてしまう。オセロットにはそれを不快と思うプログラムは施されていないが、それでも目標達成の妨げになるという認識はあった。


「気まぐれで助ける余裕があるなら、カジノでチップでも積んでればいいんです。それが善行だと判断します」


 通信越しに、エストレ側の騒音も混じる。それを振り払うように、オセロットはマチェーテを横に薙いでロボットのプロペラ部分を破壊した。


『素敵な回答よ、オセロット。私達に救世主は要らない』


 パチン、と指を鳴らす音が聞こえた。


『必要なら私が茨の冠を頭に乗せて、海でも空でも割ってあげるわ』


「了解しました。……排除モードを中断。殲滅モードに移行します」


 オセロットは一度、瞼を閉じると戦闘用プログラムを切り替えた。合法的な速度を遥かに超えた処理により、各パーツへモードの変更が適用される。

 バックアップ用として作られたオセロットは、内部の処理速度は「本体」であるアンドロイドより優れていた。再び目を開いた時、オセロットの電子回路は、目の前にいる全ての物体を殲滅対象として捉えていた。


「殲滅いたします」


 体を屈め、右足で地面を蹴る。地下道の心許ない明かりの下で、マチェーテの鈍色をした刃が走った。小柄な体躯を利用し、ロボット達の下へ滑り込み、マチェーテを勢いよく振り切る。

 人間であれば考慮するであろう、至近距離での爆発や破損片は、アンドロイドには殆ど影響がない。勿論、自分の体のパーツを破損しないように、危機回避用のプログラムというものはある。だがオセロットにはそれはインストールされていない。


『ご機嫌じゃねぇか、山猫』


 銃声と共に聞こえたのはシズマの声だった。反響音からして、エストレのすぐ近くにいるのは間違いない。それはなぜか、オセロットを安心させた。


『ロボットの刺身をこさえて、スシでも握ろうってか? クソガキが喜ぶぜ、きっと』


「イオリ様はスシは嫌いなのです」


 一体のロボットが方向転換しようとしてプロペラを傾ける。それを回し蹴りで横に払い、バランスを崩したところを真上から切り裂いた。

 突然の強襲に、残ったロボット達が一様に騒ぎ始める。耳障りな警告音が辺りを満たすのを、少女型アンドロイドは冷静な眼差しで観測する。


「『スシにオレンジメレンゲを使って甘ったるいソイソースを掛ける冒涜ヤローのいる店なんか信用出来ない』そうです。スシはマグロ一択と言っていました」


『贅沢なガキだな。退院したらワサビをたっぷり食わせてやる』


 パキン、とオセロットの足元で何かの破片が砕ける。恐らくロボットの破片だろうと思われたが、既に何体ものスクラップを量産していたオセロットには、それがいつ落ちたものかもわからなかった。

 スカートを翻しながら宙に跳躍し、ロボットを上から踏みつける。プロペラが靴底の一部を持って行ったが、その中にある本体までは及ばなかった。


「えいっ」


 幼い掛け声と共に、オセロットはマチェーテを前方に投擲する。刃は一度大きく弧を描いて宙を掻き乱してから、三体並んでいたロボットに真横に突き刺さった。その結果を確認するより早く、アンドロイドは地面に着地していた。衝撃を消すために膝を曲げ、そのまま地面を前転する。その先には、破壊されて行き場を失ったロボットたちと、突き刺さったままのマチェーテ。オセロットは手を伸ばし、当然のようにマチェーテを再び手中に収める。


 そこは既に、オセロットの遊び場でしかなかった。単純な上下運動と回転式の刃しか持たないロボットは、戦闘用のアンドロイドと互角に渡り合うほどの能力は持たない。「仲間」の残骸すらも武器として投擲してくる敵を前に、ロボットに出来ることはプロペラの回転数を上げることぐらいだった。

 五十体ほどいたロボットは瞬く間にスクラップと化し、地面に青い塗料を散らす。その中心でオセロットは刃こぼれ一つないマチェーテを下げた。


「殲滅完了しました。通常モードに移行します」


 目を閉じかけた刹那だった。オセロットのセンサーが何かを捉える。後方から高速で近付いてきたそれは、オセロットが予測したよりも早く間合いに入り、手に持っていた何かを振り下ろした。

 前方に跳躍しながら振り返ったオセロットが見たのは、細かく切れた金色の糸だった。それが自分の髪だと認識すると同時に、頭蓋内の回路が状況を処理する。意思とは関係なく武器を握った手が動き、金属製の物を弾く音が地下に響いた。

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