5.悪意の地下道
「必要、ねぇ」
シズマはくすぐったいような言葉に肩を竦めた。
「そんなに仲良しこよしだったのか」
「いえ? 貴方たちは基本的には別行動だったし、偶に別々の雇用主の元で殺し合いに似たことをしていたとも聞いている。まぁビジネスライクな……というか、かなりドライに物事を割り切っていたわね」
「俺達の世界じゃ珍しくもない」
「そうでしょうね。でもフリージアの話を聞く限り、貴方はとても楽しんでいたわ」
エストレの声は静かに通路に反響する。
「きっと貴方達、よく似てるのよ。まぁフリージアの方が思慮深くて冷静で魅力的ではあったけど」
「なるほど、じゃあ俺は神になる素質があるってことだ。まぁ君がそう思うのは自由だ。止める権利はない」
シズマは再度歯車に指を掛けながら、銃口を持ち上げた。通路の奥から、水音と混じって奇妙な駆動音がする。それはプロペラの音のようだったが、シズマが知っている空調機や換気扇の音よりも遥かに早く動いていた。
「それよりも……この音、何だと思う?」
「こんな場所でパラレルドローンを飛ばす人がいるとも思えないわね。確かこういう場所では、換気のためのロボットが定期的に巡回してるって聞いたわ。その音じゃない?」
エストレは特に不思議にも思わない口調で返したが、シズマは首を左右に振った。音は徐々に近づきつつある。音の性質上わかりにくいが、一つ二つでは無さそうだった。
「こんなクソ派手な音立てる換気扇があるなら、墓場に置いておくべきだな。賑やかになって空気も綺麗になる。死人も裸足で逃げ出すだろうよ」
シズマは通路の先へと銃口を向け、歯車を回した。低温度のレーザーガンが撃ちだせる形状へ銃が変化する。高温度にしなかったのは、標的の正体がわからないためだった。
駆動音と共に、何かの影が天井に映る。光源が弱いために形状は不明瞭だったが、少なくとも人型ではなかった。だが、シズマにとってはどちらも同じことである。撃てるか撃てないか。それだけが全てだった。
音と共に一つの物体がシズマ達の視界に現れる。その瞬間、引き金が引かれてレーザーが通路を直線に貫いた。白い光線は宙に浮いていたその物体を的確に貫き、それまで規則的だった動きを乱す。そこに至って初めてシズマは、何が迫っていたのかを知った。
「趣味の悪い換気扇だな」
古臭い青色で塗られた丸い筐体。その頂には八枚のプロペラがついており、上下にその羽を移動させながら高速で回っている。丸い体にはセンサーが埋め込まれているらしく、左右の壁や他の筐体に接触することなく浮遊している。シズマが撃ち抜いた一体が制御不能になって滅茶苦茶な軌道を描いている間も、他の筐体は巧みに避けていた。
「しかもお仲間連れてピクニックと来たもんだ。目的は何だろうな」
「少なくとも、イエロースカイパークでお買い物ってわけではなさそうね。以前にこんな話を聞いたことがあるわ。「トーキョーの地下道には人を掃除するロボットが動いている」って」
「思い出すのがおせぇよ」
毒づきながら、シズマは二発目を放つ。一番手前にいたロボットは、プロペラを加速してレーザーの威力を散らした。照明の真下の来たことで、全体像が照らされる。
「見ろ、プロペラの一枚一枚がファイバーブレードになってる。静止時は布みたいに柔らかいが、一定の速度で動かせば鉄みたいに固くなる代物だ。挨拶代わりのキッスをしたが最後、首から上が吹っ飛ぶぜ」
「ルートを変える? 細い道に入れば追ってこれないと思うけど」
「……いや、多分こいつはヴァルチャーの仕込みだ。あいつはこの地下道のことをよく知っているみたいだったし、どのルートがエンデ・バルターに繋がるのかも当然把握してる。ってことは別のルートも大して変わらないさ」
シズマは自分でも驚くほど冷静に言った。エディは抜け目のない男だが、同時に享楽的な側面がある。この地下道に仕掛けは施してあるだろうが、即座に死に繋がるようなものはないと確信していた。
「今回は俺は君と契約を結んでいない。つまり、守る義務はないってことだ」
「狭量なことは言うもんじゃないわ。貴方が女一人守れない腰抜けだって宣言したいなら止めないけどね」
「煽りやがる」
レーザーの出力を上げて、シズマは再び引き金を引く。ロボットが破壊される音に混じって、イヤホンからオセロットの悲鳴が聞こえたが、特にそれには注意を払わなかった。
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