8.超えられない敵

「おや、もうバレてしまったか。もう少し遊びたかったんだが」


「何で貴方が、レーヴァンの攻撃パターンをインストールしているのですか」


「君のことは、ヴァルチャーからの定期連絡で把握していた。その後にすることを考えれば、君という一個体に対応しうるプログラムを手に入れることは難しくない。ACUAを乗っ取ってすぐに、レーヴァンの情報は集めた」


 勿体ぶった口調でアーネストは言う。刀の先はオセロットに向けられており、微動だにしなかった。


「ACUAを使って、ヒューテック・ビリンズのデータの残骸を漁るのはなかなか面白かったよ。コツさえ掴めば、面白いようにデータが取得出来る」


「レーヴァンのデータは私に全て保管されています。他にバックアップなんて……」


「バックアップじゃない。伝説の殺し屋の情報を集め、余計な肉を削ぎ落し、私に合うようにコンパイルしたのさ。だから私の動きはレーヴァンと同じだが、君の中に残されたどの情報とも合致しない」


 緩くウェーブのかかった茶髪の奥で、割れた眼球が笑みの形に変化する。アーネストは自分の体が破損していることに全くの無頓着だった。オセロットはそれに若干の違和感を覚える。確かにアンドロイドは人間ほどには自らの容姿に執着はしない。だが、それでも「造形の欠落がないこと」は認識出来るようにはなっている。


「モヤモヤっとします」


「そういう思考はよろしくないよ、子猫ちゃん。君はただのバックアップ筐体だ。余計なことは考えないほうが、本来の能力を発揮出来る」


 優しい口調でアーネストは言う。額からオイルが新たにこぼれ出て口の中に入り込んだ。上下する口唇に、光沢のあるオイルがまとわりつく。

 オセロットは一瞬それに目を向けた。だがそれが、見せてはいけない隙を生んだ。アーネストは長い足で一歩踏み込むと、オセロットの体を目掛けて刀を振り切る。マチェーテで攻撃を防ごうとしたオセロットだったが、刀を受け止めた格好でそのまま後ろに弾き飛ばされた。


「要らないものは排除する。それが合理的というものだよ、子猫ちゃん」


 オセロットは辛うじて転倒を避けたが、反撃には転じなかった。態勢を低くして相手の出方を伺う。本来であれば、オセロットは大抵の相手は下せる筈だった。その気になれば『カラス』も『ヴァルチャー』も、マチェーテの餌食にすることが出来る。前者に対しては理由がなく、後者に対しては時間がなかった。ただそれだけのことである。

 だが目の前にいる相手は、レーヴァンの戦闘プログラムをインストールしている。バックアップ筐体であるオセロットにはどうしても『レーヴァン本体』は越えられない。迷いながらも視線を外すことが出来ないオセロットを見て、アーネストが首を傾げた。


「何、難しく考える必要はないんだよ。私としては君とどうしても戦いたいわけではない。いや、寧ろ君が欲しいものを手に入れる手助けをしてもいいとすら思っているんだ」


 トン、とアーネストは自分の首にあるバーコードを叩いた。オセロットは警戒を解くことなく、疑問を投げかける。


「どういう意味ですか?」


「君はバーコードが欲しいんだろう? そうすれば愛すべき子狐ちゃんといつまでも一緒にいることが出来る。そして私はセントラルバンクにあるお金が欲しい。君が私に協力をしてくれるなら、私はその見返りを出そう」


 刀を下げたアーネストは、まるで新製品のプレゼンをするかのような口調で続ける。


「単純明瞭だよ。同じ物を狙っているなら兎に角、我々の手に入れたいものは全く別物だ。ならば無駄な争いをしないほうが合理的だろう?」


「私にエストレ様を裏切れと言うのですか?」


「彼女は君を捨て駒にするつもりだ」


 冷静な声が通路に反響する。


「そうでなければ、君を一人で向かわせるものか。君は彼らが本陣に乗り込むための囮として、一人で此処に取り残された。純朴なのは君の利点だけどね、賢さとは程遠い」


「貴方も一人です」


「それは仕方ない」


 ククッとアーネストは押し殺した声で笑った。額から流れ出たオイルは、徐々にその範囲を広げていく。


「私達は二人しかいないからね。これは適材適所というやつだ」


「……貴方の適所は、スクラップ工場です」


 体の中に溜まった余計な空気を口から吐き出し、オセロットはマチェーテを構えた。それを見たアーネストは大仰に天井を仰いで首を振る。


「度し難いね。合理的な道を捨てるとは」


「そういえば、エストレ様は良い言葉を教えてくれました」


 唐突に話を切り替えたオセロットに、アーネストは虚を突かれた表情を浮かべた。それはあくまで、彼の中の回路が処理を遅延したことにより生じたものに過ぎなかったが、オセロットにはそんなことは関係がなかった。

 自分が仲間を裏切れば、イオリは悲しむ。否、恐らくありったけの軽蔑を向ける。オセロットの幼い情緒でも理解できるほどに、それは絶望的なことだった。

 一歩踏み切ったオセロットは、相手が構えるより先に刃を振り下ろす。そして、地下に響くほどの大きな声を喉奥から放った。


「『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』です!」

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