9.掃除屋と殺し屋の再会

 最後の一体を撃ち抜くと、シズマは銃を下げて肩を竦めた。通路にはロボットの残骸が点々と散らばっている。


「ったく、掃除屋の癖にゴミを増やすなよ。何考えてんだ、あの野郎」


「貴方の弾切れを狙ったのかもね」


「だとしたらお笑い種だ。俺が実弾一発込めてロシアンルーレットやりに来たとでも思ってるのか」


 シズマは空になったシリンダーに弾丸を込め直す。カラス弐号は主にレーザーや空圧を使った攻撃を得意とするが、実弾を発射することも出来る。シズマは実弾はあまり使わないが、それでも万一のために装填はしていた。


「山猫は?」


「アーネストと遭遇したらしいわ。やっぱりこちらの手は彼らに読まれているようね」


 エストレは静かな声で言いながら、しかし手元は苛立たし気に髪を弄っていた。


「あのカフェでの会話を聞かれていた……いえ、聞き取ることが出来た? ウィッチが無作為に取得した音声データを取り込んでいるのかしら」


「こんなことなら筆談にすべきだったな。いや、そしたら今度は監視カメラのデータを取ればいいだけか。どうする、エストレ? 今ならまだ間に合う」


 シズマは足を止めて、前方を顎で示した。少しカーブを描いた通路の先に、開けた場所が見える。鉄で出来た扉は閉ざされていたが、真新しい蛍光塗料で歓迎の挨拶が書かれていた。誰が書いたのかなど、考えるまでもない。


「家に帰ってカウチに寝そべって、チョコレートアイスを木べらで掬いとれと言うのね。ここのことを忘れて」


「そうだ。手の内を読まれたギャンブルに挑むことはないだろ」


「カンニングして答えを知ったって、解法を知らなければ意味がないわよ」


 シズマはその答えを聞くと、「上等」と口角を上げた。銃口を鉄の扉に向け、歯車を親指で回す。少し重い引き金を引くと、出力を上げたレーザー砲が放たれた。少し赤みを帯びた白い光が宙を貫き、そのまま扉へと到達する。

 一瞬、光が歪んだと思うと、そのまま何かに引き裂かれるかのように弾け飛ぶ。同時に、扉の前に仕掛けられていた細いピアノ線が次々と千切れるのが光の反射で見えた。


「なーにが、「ようこそ」だ。あのドアノブを素手で触ってたら、足し算が出来なくなるところだったぜ」


「ヴァルチャーはいつもこういう手段を?」


「さぁな。だが便所のドアにはもう少し紳士的だろうさ」


 他にトラップがないことを目視で確認すると、シズマはもう一度引き金を引いて扉のドアノブを破壊した。扉が手前にゆっくり開き、中から人工的な冷気が流れ出す。それに遅れるようにして、何かの部品がゴトリと落ちた。

 シズマは慎重な足取りで、内部へと踏み込んだ。そこは平素は締め切っていたらしく、床に錆やら埃やらが散らばっていた。いつ誰が置いたとも知れない鉄製のコンテナには「エンデ・バルター」と古臭いフォントでロゴが刻まれている。

 その入り口の狭苦しさを反比例するかのように、中には広く整然とした空間が広がっていた。大きさの同じ立方体のサーバが何列にも並び、それぞれが対話をするかのように筐体の表面に張ったファイバーライトを光らせている。コードは全て床や天井の中に埋め込まれているらしく、少し前に見たコントロール・センターに比べると洗練された光景だった。


「これが……絢爛か? にしては随分と……」


「この部屋全てが「絢爛」というサーバなのよ」


 光を目で追っていたエストレは、シズマの言葉を遮るように言った。天井の照明が、その美しい銀髪を明るく照らしている。しかしその下にある表情は困惑の混じったものだった。


「こういう仕組みとはね。少々予定外だわ」


「なんだ、君の予想じゃもしかして、こいつら全部真っ赤だったのか?」


「えぇ、それもドレンチェリーみたいに癖になりそうな。……この箱はそれぞれが一つの役割を担って動いているのよ。例えば、セキュリティ。例えば、電文処理。例えば、メモリ削除。そんな具合にね。そして、一つが壊れたら別の予備機がその役割を果たす。一つの筐体が一つの処理をするから、総合的にはとんでもないスペックになるわ」


 シズマはそのわかりやすい説明に口笛を吹いた。


「理想的な分業制だな。そして今はこいつらがACUAの真似事をしてるってわけか」


「ACUAの機能を持っているのは、この中の一つのサーバよ。でも機能を奪い返すには、此処にある全てのサーバを相手にしないといけない。かなり厄介ね」


「クソガキなら、フラペチーノ片手に嬉々として取り組みそうだな。君はどうする。サーバに挙手でもさせるか?」


「生憎と、教員免許は持っていないから無理ね。でも礼儀作法なら身に着けてるわ。知らない人の家に伺う時には、銃座でノックしてこんばんわって言えばいいのよ」


 その刹那、明るい笑い声が響き渡った。どこかわざとらしく、しかし純粋な享楽だけを詰め込んだものだった。シズマは舌打ちを一つ零し、辺りに視線を巡らせる。


「いやぁ、礼儀作法を御存じとは素晴らしいねぇ。俺達とは育ちが違うってやつ? きっと棺桶に入る時だって、白いソックスを欠かさないんだろうね」


「お望みなら、てめぇの棺桶の中に用意しておいてやるよ。自分で履いて入るんだな」


「お洒落なのがいいな。クマちゃんのワンポイント入ってるやつ」


 カタン、と金属音がした。シズマがその音を追って視線を上に上げると、部屋の両端を繋ぐ金属製の通路が見えた。片方は部屋の外に繋がっているようだが、もう片方は行き止まりになっている。恐らく、この部屋全体の点検や作業で使われているものだった。

 その上から、エディが明るく手を振る。転落防止の手すり越しに義足が見えた。シズマは銃口を上に上げると、間髪入れずに引き金を引く。放たれた空圧弾は手すりに弾かれて霧散した。

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