8.歯車の結合

 何かが煌めきながら宙を飛んだ。エディがそれを仰ぐのと、爆破音がするのはほぼ同時だった。火薬を殆ど詰めない虚仮脅しの爆弾は、金属製の容器の中に詰まっていた紙片をその場にばら撒いた。


「カラスに馴れ馴れしく触らないでくれるさね?」


 透き通った低い声と共に、エディの視界に青い布が翻る。それが何か理解する前に、革製のサンダルを履いた足が顎を蹴りあげていた。不意打ちの一撃にエディの思考が一瞬途切れる。空白になった意識に、今度はシズマの声が入り込んだ。


「いつまでも触ってんじゃねぇよ!」


 今度はブーツの底が腹を抉った。エディの体はそのまま後方に弾かれ、金網の床を何度か横転する。サーバラックに衝突するような形で止まったエディは、信じられないものを見るような思いで、今しがたまで自分がいた場所に視線を向けた。


「遅ぇぞ、フリージア」


「いやぁ、兄弟水入らずを邪魔しちゃ悪いと思って」


「あれが仲良くチョコレートサンデーつついてるように見えたのか。今からでも遅くないから眼科に行け」


 青いローブの占い師は、中性的な顔で微笑む。シズマはどこか安心したような表情で悪態を吐いた。差し出された手を払って自力で立ち上がった「弟」を、エディは呆気に取られた顔で見上げる。


「何で、平気なの? いつもなら……」


「平気じゃねぇよ。頭の中で猿がドラム缶を叩きまくってるみてぇな音はするし、吐き気はするし、てめぇは目の前にいるし」


 苛立った口調で言いながら、シズマは汗で濡れた前髪を掻き上げた。


「でも漸く思い出したぜ。フリージアが消えた時のことも、エストレにあの意味わからん「プレゼント」を届けたことも」


「ごめんなさい。説明するとややこしくなりそうだったから」


 エストレはあっさりとした謝罪を口にする。しかしさほど悪いとも思っていないのは明らかだった。シズマはそちらを一瞥して舌打ちを零す。


「あれは、クソガキがアクセスするための中継用サーバか」


「えぇ。此処に至るために私は一週間でありったけの「歯車」を作ったの。ママほど上手には出来なかったけど、一週間という期限を考えれば上出来だと自負するわ」


 タブレットを抱えて、エストレはシズマ達の元へ近づいた。そしてエディの方を見ると、小首を傾げて笑って見せる。


「貴方がシズマを取り返そうとして色々仕込んだのと同じことよ。結局使わなかった歯車もあるけどね」


「……歯車だって?」


「フリージアから相談を受けて、私はまずイオリとオセロットを引き込むことにしたの。簡単だったわよ。私の父が保管していた「バーコード」のことをフリージアを通して伝えるのは」


「坊ちゃんは、自分に依頼したさね。「セントラルバンクまで僕を運んで欲しい」って。そしてここにセントラルバンクへの道が出来た。自分がいなくなれば坊ちゃんは違和感に気付くはずで、実際そうなった」


 フリージアがエストレの言葉に続ける。


「そして自分は、ブルーピーコックのメモリを抜くために、あの地下道へと入り、メッセージを残した。覚えてないさね? 孔雀が描かれたポスター。あれは後からお嬢さんが道を辿るための道しるべだった」


「シズマとイオリに私の話を信じて貰うためには、全員が同じ目的で一堂に会する必要があった。だから多少の禁じ手は使ったわ。でもお陰で貴方は思いもよらなかったでしょう?」


 エストレはタブレットの表裏をひっくり返し、エディの方に液晶モニタを向けた。そこにはセントラルバンクの口座情報が表示されている。中央に大きく表示された残高は、子供の小遣いより遥かに少なかった。


「私がただ、自分の口座にログインしてお金を動かしてたなんて」


「……な、なんで」


 エディは純粋な驚愕を顔に浮かべた。乱れた青い髪が頬に貼りついていたが、それを払いのけることすら忘れて声を張り上げる。


「どうやってアクセスした? いや、そもそもアクセスしたところで、あの巨額の金を一瞬で動かせるわけがない!」


「あら、ヒントあげたのにわからなかったの?」


 タブレットの画面が切り替わり、どこか安っぽいサイトへとアクセスされる。ピンクと黄色を基調とした背景に、子猫と子犬が仲良く戯れる写真が載せられていた。時代遅れのフォントで大きく書かれた文字にエディが視線を向けると、エストレはそれを声に出して読み上げた。


「不幸な動物を一匹でも減らすため、寄付をお願いします。二十四時間、金額無制限で受付中。……ポスター、見たでしょ?」


 唖然とするエディに、シズマが照準を合わせた。


「というわけだ。獲れもしない金のために必死こいてたのはお前らだけ。理解したか、クソ野郎」


 エディは銃口を睨みつけるように見ながら、金網を手で握りしめる。指の関節部が赤くなり、今にも皮膚が裂けそうだった。


「俺じゃなくて、その女に利用されるのを選んだってこと?」


「利用なんかされてねぇよ。エストレは俺やクソガキがフリージアの存在を信じるって確信してたんだ。こういうのはな、信頼っていうんだ。次のテストに出るから覚えておけ」


「俺だってそうだよ。お前のことを信頼してた。だから取り返そうとしたんじゃないか」


「あぁそうかい。そりゃありがとうよ。でもてめぇが信頼してるのは、俺の忘れっぽいお茶目な脳味噌だろ」

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