9.別れと再会

 引き金が引かれ、銃口から実弾が発射される。義足の結合部を抉るように貫通した弾は、金網の下に落ちて高い音を出した。エディは顔を顰めるが、その口からは悲鳴の欠片すら出なかった。意地でも出すまいとするかのように、下唇を強く噛みしめた男を見て、シズマは鼻で笑う。


「別に俺にしたことを謝罪しなくてもいいぜ。俺も今からてめぇにすることを謝らないからな」


 再び銃声が鳴る。エディの右腕から血が噴き出して、傍に転がっていた爆弾の破片へとかかった。傷口を抑えて、エディはそのまま後ろに体を移動しようとする。だが、義足との結合部が壊れ、背後をサーバに塞がれている状態では何も出来なかった。


「シズマ」


 噛みしめすぎて血が出た唇をそのまま動かし、エディはシズマに問いかける。どこか諦めたような、しかし何かに縋りたいような目をしていた。


「今の記憶が全部嘘だとしたら?」


「嘘を本当にしてくれる奴がいるからな。別に構わねぇよ」


 銃声と共に、エディの額に赤い点が浮かび、それが花のように四方に弾けた。真っ赤な血と脳漿をサーバの筐体に擦り付けるようにして、エディは頭を後ろに反りながら崩れ落ちる。一度だけ小さく体を痙攣させた後は、もはや微動だにしなかった。


「……じゃあな、クソ兄貴」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、シズマは別れの言葉を呟いた。その語尾に被せるようにして、フリージアが話しかける。


「大丈夫さね?」


「何がだ」


「何だか悲しそうだと思って」


「昨日、遅くまで『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』を見てたからな。あれは泣ける」


 銃をホルスターに収めたシズマは、エディの遺体に背を向けた。鼻をつく血なまぐさい香りは久々に嗅ぐような気もしたし、ずっと嗅いでいたような気もしたが、どちらが正解かはシズマにはわからなかった。


「大体、てめぇがいなくなるから面倒なことになったんだろ。二度と勝手にいなくなるなよ、カタツムリ野郎」


「好きでいなくなったわけじゃないさね。ちゃんと消えるって言ったのに真に受けなかったそっちが悪い」


「あ、それで思い出した。ストリップバーで貸した金を返せ」


「忘れたほうが悪いんさ。あぁいうところは趣味じゃないさね」


 何故か不機嫌に返すフリージアに、エストレが同調した。


「全くだわ。大きな胸が見たいなら乳牛でも見ればいいのよ。彼女達なら怒らないわ」


「牛がポールダンスするなら考えるさ」


 絢爛のサーバ群は次々と動作を停止しつつあった。広い空間には三人の声だけが間延びしたように響く。タブレットの電源を落としたエストレは、中継用端末と一緒にそれを抱え込んだ。


「長居は無用だわ。私たちのことがACUAに吸い上げられる前に退散しましょう」


「そうだな。……クソガキはどうした?」


 その存在を久しぶりに思い出したシズマが問うと、耳に付けた無線通信機のスイッチが入った。鼻を啜るような音に続けて、いつもの生意気なイオリの声が続く。


『僕なら無事だよ。今、ハッキングの後始末をしてるところ』


「まだ屋上か?」


『雨が降ってきたから中に移動した。それよりさ、オジサンにお願いがあるんだけど』


「ポルノメモリの差し入れをしろってんなら大歓迎だ」


『違うよ。オセロットが帰れなくなってるから、迎えに行って欲しいんだ』


「木に登って降りられなくなったのか?」


『そんなところ』


 再びイオリが鼻を啜りあげ、嗚咽のようなものを零したのが聞こえた。エストレがそれに対して何か言いかけるのを、シズマは軽く手を挙げて制する。


「わかった。今日は特別にサービスでやってやるよ。良い子で待ってな、クソガキ」


『……良い子で待ってて欲しいなら、チョコバーも買ってきてよ』


 不自然な形で通信が終了する。イオリの方から慌てて切断したようだった。

 恐らく繋ぎ直しても無駄であることをシズマは悟り、通信機を耳から外す。部品に絡んだ髪が頭皮を引っ張り、鈍い痛みが走った。


「オセロットが……」


 沈んだ声でエストレが呟く。シズマは敢えてそれを見ない振りをして鼻で笑った。


「結婚式じゃあるまいし、そんな暗い声を出すな。諦めるにはまだ早いだろ」


「……そうね。諦めるのはお墓に入ってからだって遅くはないわ」


 シズマの携帯端末が小さく鳴って、メッセージが届いたことを知らせる。中を確認すると、どこかの座標が書かれていた。そこにオセロットがいると理解したシズマは地下道に繋がる扉へと歩き出す。二人がそれに続くのを聴覚だけで確認しながら、思い出したように口を開いた。


「フリージア、お前暇か?」


「残念なことに暇さね」


「じゃあ手伝え。子猫運ぶのに人手がいる」


「了解。お嬢さんはどうする?」


 いたずらっぽく尋ねたフリージアに、先ほどよりは明るい声でエストレが応じた。

 

「一緒に行くわ。貴方達じゃ、オセロットのエスコートは出来ないかもしれないもの」


「オーケイ、じゃあ皆でピクニックと洒落こもうじゃねぇか」


 鉄の扉を開くと、生温い風がシズマの頬を撫でた。産毛が逆立つ感覚がして、それを払うために右手で顔に触れる。指先に水のようなものが付着したが、すぐに乾いてどこかに消えてしまった。


episode8 end and……?

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