4.殺し屋のバックアップ

「……こいつは何なんだよ」


「私は「オセロット」と申します」


 少女はシズマの怪訝そうな顔など意にも介さずに、そう名乗った。

 ネコ科の名前は少女に相応しいように思えたが、それはどう好意的に解釈しても人の名前ではなかった。

 個室の壁際に立てかけられたのは、マチェーテと呼ばれる鉈状の刃物だった。鞘に入っているが、物騒な武器であることを隠しきれるものではない。他に比べて頑丈に作られているアンドロイドの首を一撃で刎ねた代物だということを、シズマは忘れていなかった。


「シズマ様は私のことはご存じないでしょう。ですが、私はとてもよく貴方を知っております。「レーヴァン」のとして」


 咄嗟にシズマは銃を抜いて、少女の顔面に照準を合わせた。歯車同士が擦れて、キチリと軋んだ音を立てる。


「レーヴァンだと? じゃあお前も、ヒューテック・ビリンズのアンドロイドか」


「はい、そうです」

 銃口を前にして、少女は躊躇いもなく言った。

 アンドロイドにはあるはずの首筋のバーコードが、彼女には存在しなかった。それは一年前の仕事で殺りあった殺し屋「レーヴァン」と同じ特徴だった。レーヴァンはある会社が違法に造り上げたアンドロイドであり、そのために正規の物には付加されている筈のパーツがいくつか欠落していた。


「私は彼のバックアップ用筐体です。彼の死ぬ瞬間まで、リアルタイムでその記憶がバックアップされていました。本来であれば、彼が死んだ後に私が起動する筈だったのですが、サーバが破壊されてしまったので、スリープ状態で放置されていたのです」


「僕、あの後に一人でヒューテック・ビリンズに行ったんだ。僕達が映ってる防犯カメラ映像がまだ残っていないか心配で。そこで、スリープ状態から復活したオセロットを見つけたんだよ」


 イオリはオセロットを一瞥してから話を続ける。ソーダの泡がはじける音が、その手の中で微弱に鳴り続けていた。


「彼女がレーヴァンの後継機なら、その記憶映像の中に何か残ってるかもしれないと思って、連れて帰ったんだ。結果としてそれは成功して、僕はヒューテック・ビリンズのサブバックアップサーバも破壊することが出来た。……でもさ、必要な情報を手に入れたから、後はどこへでも行けなんて言えないじゃないか」


 かつて自身の母親を、人工皮膚の実験体にされた少年は、それを思い出すかのような苦い顔で呟いた。


「それに違法アンドロイドなんてすぐに壊されちゃうし。だから僕、オセロットを正規のアンドロイドとして登録してあげようと思ったんだ」


「そんなこと出来るのか?」


「一番簡単なのは、彼女の記憶をフォーマットして、アンドロイドの登録機関に連れて行くことだけど、それはちょっとね。オセロットも嫌がったし。廃棄されたアンドロイドのバーコードを貰う手も考えたけど、そんなに都合よく廃棄なんかされないし、見つけても彼女の外見年数と激しく食い違うものばかり。でも一つだけ、心当たりがあってさ」


 イオリはそこで一度言葉を区切ると、シズマに銃を収めるように促した。

 少し諮詢したシズマだったが、エディがその手を掴んで、無理やり下に引き下げた。


「平和的に行こうよぉ」


「殺し屋に平和も平穏もあるか」


 だがオセロットは先ほどから、微動だにせず座っている。敵意のない物に目的もなく銃を突きつけるのは、流石にシズマも気が進まなかった。銃を収めると、イオリに話の続きを促す。


「心当たりって?」


「エストレのバーコードだよ。あの人の父親は、エストレをアンドロイドにしようとした。でも、アンドロイドにした後のバーコードはどうするつもりだったと思う?」


 エストレの父親はヒューテック・ビリンズの社長だった。

 レーヴァンやオセロットなどの違法アンドロイドを作ってはいたが、自分の娘までそれと同列にする気はなかっただろう、とシズマも考える。手段は兎に角として、あれは娘を愛するが故の行動だった。


「あいつに用意していたバーコードがある筈、ってことか」


「オセロットに保存されていた情報を解析したら、某銀行にある貸金庫の番号が出て来た。恐らくその中に、エストレがアンドロイドになった後に使うはずだったバーコードと証明書が保存されている筈だ。エストレとオセロットなら外見年齢も近いし、都合もいい。それをどうにかして手に入れようと思って、ACUAを使っていたら……、この状態。僕としては二つの理由でACUAを動かさなきゃいけないわけ」


「ふぅん」


 シズマはイオリを見て、それからオセロットを見る。


「お前、惚れたのか。アンドロイドに」


 何気なく放った言葉は、イオリを動揺させるには十分だったようだった。顔を赤らめたイオリは、それを誤魔化すようにソーダを一気に飲み干そうとしたが、炭酸ですぐに噎せ返る。


「大丈夫ですか、イオリ様」


「だ、大丈夫……急に炭酸を感じたくなっただけだよ。ネ、ネットカフェにも爽快感は必要だからね」


「爽やかさなら十分ですわ。換気もされてます」


 オセロットはハンカチで丁寧にイオリの服を拭う。一見微笑ましいように見えるが、シズマは先ほど三階で起きたことを忘れてはいなかった。

 殺し屋としての技能が、このアンドロイドには備わっている。敵に回したら厄介なことになりそうだった。


「ねぇ、シズマ。あぁいうのってなんていうの? 甘酸っぱい?」


「甘酸っぱいどころか砂糖に黒蜜掛けたような状態だな。直視するなよ。糖尿病まっしぐらだ」


「俺達はあぁいうの無縁だからねぇ」


 二人が好き勝手に喋っていると、オセロットが不意に両手を叩いた。


「そうでした。シズマ様にお見せしたいものがありました」


「なんだ、ラブレターか?」


「そんな前時代的な精神破壊物体ではありません。レーヴァンの記憶の中に、どうしても解析出来ないものがあるので、確認してほしいのです」


 オセロットが目配せをすると、イオリはノート型端末を開いて、映像用のファイルを起動した。


「僕も確認したんだけどさ、知らない人が映ってるんだよね」

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