5.見知らぬ記憶

 モニタがシズマ達の方に向けられて、映像が再生される。

 それは、一年前にヒューテック・ビリンズでシズマがレーヴァンと死闘を繰り広げた時のものだった。

 警告を放つ装置、破裂するガラス。銃弾が、刀が、あらゆるものを破壊していく。

 レーヴァンの視線で捉えられた映像は、人間の視界とは異なり、殆ど死角のない物だった。視界にはシズマが映っているが、一挙一動を正確に捉えていることは、刀の軌道から如実にわかる。


「このあたりからです」


 オセロットの言葉に合わせて、画面にノイズが入った。

 映像を乱す灰色の線が、増減を繰り返しながら画面を往復する。その向こう側で、イオリの声が微かに聞こえていた。


 突然、レーヴァンの視界が反転する。視神経プログラムに異常を起こしたのか、ノイズが更に激しくなる。

 シズマがそれを見続けていると、突然、ノイズが薄くなり、声がはっきりと聞こえた。


『仕事は……完遂する』


 ノイズが一瞬晴れた。

 占い師が身に着ける青いローブ。茶色い髪。男か女かわからない中性的な顔立ちが画面一杯に映し出された。口元は微笑んでいるが、何処か無理をしているように見える。

 再びノイズが走ると、もうその姿は消えていた。


「何だかわかる?」


「何かが混線した、とかそういう可能性は?」


 シズマは冷静に言いながら、脳の縁に何かが引っかかったような感覚に襲われていた。

 今見た顔に見覚えはない。あの部屋にいたのは、シズマとイオリとレーヴァン、その三人だけのはずだった。なのに、それを完全に否定することも肯定することも出来ない。何か本能的なものが、シズマの脳内で警鐘を鳴らしていた。


「リアルタイムのバックアップです。有り得ないかと思います。それに……私がこの映像に気が付いたのは数日前のことです。一年前から、この映像は何度もイオリ様と共に確認しています。今まで気付かなかったというのが、少し信じられません」


「……首にタトゥーがあったね」


 珈琲を飲みながら考え込んでいたエディが呟いた。


「花のタトゥー。あれはなんて花だったかなぁ?」


「さぁな。俺は花には詳しくないんだ」


 シズマは頭の中の違和感を拭いきれないまま、吐き捨てるように言った。

 一方、オセロットは困ったように眉を寄せ、イオリの方を見る。


「シズマ様でもわからないとなると、後はエストレ様でしょうか」


「うーん……どうだろうね。エストレはあの時、部屋にはいなかった。僕も実際、あの時に彼女には会っていないんだよ。気付いたら病院のベッドの上で、栄養剤を口に流し込まれていたから」


「非常にモヤモヤっといたします」


 オセロットが首を傾げつつ、眉を寄せる。

 だがシズマは、それ以上の進展が望めないことを悟ると、早々にその話を切り上げた。此処で無駄な時間を費やしている暇はない。いつ、次の襲撃があるかわからない以上、物事の優先順位は明確にしておくべきだった。


「まぁその訳のわからん奴のことは一旦置いておこう。まずはブルーピーコックだ」


「お兄ちゃんもそれに賛成〜。目下のことには関係なさそうだしね」


 エディは明るく言いながら、イオリの方に顔を向けた。


「それで、お目当ての孔雀ちゃんは何処にいるの?」


 コップの中に辛うじて残っていたソーダを飲んでいた少年は、その視線に気付いて見つめ返す。口の中に入れたクラッシュアイスを、ガシガシと音を立てて噛み砕いてから飲み込み、それから少しの間を挟んで口を開いた。


「サードシティ・サブウェイ」


「レッドタワー跡地の周辺に走っている地下鉄だね?」


「そう。まさにそのレッドタワーの真下にコントロール・センターがある。ブルーピーコックはそこのサーバ室に入っているんだよ。恰も他のサーバの仲間みたいな振りをして」


「なるほど。君じゃ確かにそこには入れないね」


 物分りの良い態度で応じたエディに、イオリは大きく頷き返した。


「うん。僕としては自分が未成年であることは、ACUAのコミュニティにも開示していないから、それを理由に断ることはしたくないんだ。だからオジサンに、誰か職員を一人人質にでも取ってもらおうかなって」


「おい」


 とんでもない計画を聞いて、シズマは眉を寄せた。


「そんな馬鹿な考えに乗ると思うのか、俺が」


「他に案が思いつかなかったんだよ。テストじゃないんだから、模範解答でなくても構わないでしょ」


 シズマは相手を怒鳴りつけようかと思ったが、それより先にエディが声を上げた。


「いいこと思いついちゃった。俺の案に乗ってみない?」


「お前に良い考えが出来るとは驚きだな。でも一応言ってみろ」


 全員が膝を前に進めて、小さな輪を作る。気を利かせたオセロットが、傍にあったブランケットを上から被せて、声が漏れないようにした。使いまわされて、少し饐えた匂いのするブランケットの中で、エディは「作戦」を話し出す。三人共が、それを聞き逃さないように、吐息一つすら立てなかった。


episode3 end and...

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