2.限られた道

「てめぇはナンパしに来たのか。大したツラでもない癖に」


「あ、酷い。こう見えて男女問わず人気があるんだよ」


「そうかよ。ダンスホールで死神をエスコートして『泣きながら』Lambadaでも踊ってたらどうだ。皆がキャーキャー言ってくれるぜ」


 地下鉄の駅が殆どそうであるように、その駅も上下一車線ずつのシンプルな装いをしていた。二人が入ったのは上りホームで、行先が行政区になるためか、あまり人がいない。逆に下りホームは行先に歓楽街と学生街があるため、倍以上の人影が見えた。

 シズマはその中から、ベンチに腰を下ろしているイオリと、その隣で大人しく座っているオセロットを見つけた。イオリは膝の上にノート型端末を広げていたが、シズマ達を見ると、手を挙げる代わりに端末の蓋部分を軽く叩く仕草をした。


『無事に入れたみたいだね。ちょっと心配していたんだ』


「おい、まさか自信が無かったなんて言うんじゃないだろうな」


『僕は自信あったよ。オジサン達の演技力が不安だったんだ』


「安心しろ。俺は学芸会で木の役をやったことがある」


『道理で一言も喋らないと思った』


 シズマ達はそのままホームの端まで移動すると、鉄製の扉の前で立ち止まった。「関係者以外立ち入り禁止」とペンキで書かれている。しかし、エディがドアノブに手をかけると、少し軋んだ音を立てながらもあっさりと開いた。


「ここから、コントロール・センターのサーバルームまで行けるんだな?」


『うん。地図は事前に送った通り。サーバルームの扉の前までは特に障害はないと思う』


「この中で人が死んでるなんてデータ、よくまぁ信じてくれたもんだな」


『別に珍しいことじゃないよ。この駅の周りには大昔に作られた地下隧道と、軍事利用されていた駅がそのまま残っているんだ。そっちは現在、貨物車両用になってるんだけど、どういうわけだか、人がよく轢かれるんだよね』


「なるほど。それを処分したいのか」


『そういうこと。貨物車両の駅名で依頼かけるわけにも行かないからね』


 通路は白で統一されており、ある程度新しく見えた。時折現れる小さな鉄扉は、イオリの言った貨物車両の駅や隧道に繋がる物に違いなかった。シズマはそれらを見回しながら、ふと疑問を口にした。


「センターの人間は、この通路を使うのか?」


「いや、違うんじゃない?」


 エディは防護服を脱ぎながら否定を返した。ここまで入れば、あとはこの服に用はない。寧ろ着続けることで動きを制限されてしまう危険性のほうが高い。

 シズマもその場で防護服とマスクを脱ぎ取ってしまうと、相手のと一緒にドアの影となる場所に押し込んで隠した。


「職員が使うには狭すぎるし無防備すぎるよ。こっちはあくまで、業者用の出入り口でしょ」


「そりゃそうか。毎日こんな道を通って仕事に行ってたら、一ヶ月後にはダイエットに成功だ。お前、此処には掃除で来たことあるのか?」


「んー、無いねぇ。お兄ちゃん、もうちょっと明るいところが好きだし」


「でも地図は持っていただろ」


「掃除屋仲間に声をかければ、あんなものはいくらでも手に入るよ」


 二人の脳裏には、この通路を含めた周辺一帯の地図が記憶されている。コントロール・センターまでは、今いる通路をずっと南下していくのが最短ルートだった。だが途中で道はいくつにも分岐しているため、一度でも違う道に入ってしまえば、そのまま目的地以外の場所に出てしまう可能性もある。また、シズマの持っているチップを狙う誰かが、此処に来ないとも限らない。


「そういえば、あいつらはどうやって俺を見つけてるんだろうな。別に隠れ忍んでるわけじゃねぇけど、それなりに気を付けてるのに」


「キツネちゃんは、ACUAを使えば可能だって言ってたじゃないか」


「今は動いてねぇし、あれを使いこなせる奴は限られてる」


 シズマは一瞬、エストレのことを思い出した。あの少女であれば、ACUAを操作して望んだ情報を取り込める。アンドロイドと人間と、二つの思考回路を持つエストレならば、ネットワークを停止することも可能化もしれなかった。

 だがその疑惑を、シズマはすぐに打ち消した。エストレは自分が自分であることに誇りを持つ少女であり、自らその尊厳を踏みにじることはしない。シズマはそれを確信していた。


『ねぇ、オジサン』


 通信のスイッチが入り、イオリが少し不安そうな声を出した。


『まさか妙な考えを浮かべてたりしないよね? そういうのをやるのは自宅のトイレぐらいにしてほしいな。彼女は……』


「あいつが俺達を騙したいなら、もっと巧妙にやるさ。第一、あいつには理由がない。人に雇われて手足になるような奴じゃないことは、お前も知ってるだろう」


『それを聞いて安心したよ。もしオジサンがそんな考えを持っていたら、僕は急いで家に引き返して、布団に潜って泣かないといけないからね』


 シズマはわざとらしく鼻で笑った。


「クマのぬいぐるみを抱いてか」


『残念ながら、彼は数年ほど前に旅に出ちゃったんだよ』


「そりゃ悲劇的だな。代わりにウサギちゃんに慰めて貰え」


『ウサギではなく私を抱っこしてもいいですよ、イオリ様』


『か、考えておく』


 エディの肩が少し揺れた。会話を聞いて楽しんでいるようだった。別に内緒話をしているわけではないので聞かれても問題はないのだが、エディを笑わせるのはシズマの趣味ではない。

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