3.貼り紙は語らない

「あいつの話は置いておくとして、殺し屋が俺のことを見つけられる理由に心当たりはあるか?」


『考えられるのは、そのメモリチップに反応するセンサーを敵さんがばら撒いている可能性だね』


 既に答えを用意していたとわかる反応の速さで、イオリはそう言った。シズマはメモリチップの形状を脳裏に思い浮かべる。よく見かける長方形や正方形ではなく、少し湾曲した扇形。汎用的ではないことは明らかだった。


「……特殊な形状のチップだ。これだけに反応するセンサーは難しくないだろうな」


『そういうこと。それを雇った人たちに持たせて、そこら中を泳がせておけばいい。あとは反応を追っていけば、オジサンに辿り着く。生涯最後のモテ期かもしれないよ、よかったね』


「一人ぐらい分けてやろうか、クソガキ」


 床に落ちていた何かを爪先で蹴り飛ばす。恐らく何かの部品と思しき歪な形をした金属は、カラカラと音を響かせてどこかに飛んで行った。


「十分後に、サーバルームのセキュリティドアの前だ。間に合うだろうな?」


『時間には正確なんだ。あとは僕の足が遅れないことだけ祈ってて』


 通信が一度切れる。シズマは少し足を速めてエディの背を追った。イオリと話している間に、いつの間にかその距離は空いてしまっていた。数歩分距離を詰めた時、シズマの足が何かを踏みつける。グシャリと乾いた音に目を向けると、床の上にチラシが落ちていた。


「何?」


 音に気が付いたエディが振り返った。シズマはそれを拾い上げると、印字された文字を目で追いながら口を開く。


「動物愛護団体への寄付のお願い、だとさ。二十四時間、金額無制限で受付中。出来の悪いカジノハウスみたいじゃねぇか」


「要するに最小金額からでも受け入れますってことでしょ。そのポスター、色々なところで見るけど、寄付してる人なんているのかな」


「いないからポスターがあるんだろ。お前、葬儀屋が死人を募集するポスター見たことあるのかよ」


 ポスターは、すぐ横の壁に設置された古ぼけた掲示板から落下したようだった。誰かが偶に気まぐれに使うのか、比較的新しい貼り紙と、紙かゴミかもわからないものが混在している。

 殆どの情報媒体が電子に置き換わった現在でも、紙は一定の地位を占めていた。電子媒体の広告は、依頼主の身元を開示し、尚且つ内容の審査を必要とする。しかしこの世界には、そのような処理を避けたいと思う者が多く存在する。

 印刷業者の半数は、そういった手合いを相手に商売をしており、そして政府も黙認していた。紙を使わないことが推奨されて久しいが、製紙と印刷の技術を手放すほど人々も愚かではない。だから彼らのような業種が生き延びるためには、多少の違法も致し方ないと考えている。


「ヴァルチャー」


 シズマは掲示板の中央に貼られていた物に目を止めると、相手の注意を促した。何年も前に終わった消防設備点検の告知に重ねるように、その真新しい紙は貼られていた。中央には青一色の孔雀が、同じ色の羽を扇のように広げている。

 そしてその上から赤い塗料で、大きなバツ印が付けられていた。


「どう思う?」


「動物愛護団体に通報してみようか。孔雀が虐待されてます、って」


 エディは紙に手を伸ばし、印刷された絵の表面を撫でた。


「まだ新しいけど、インクは乾ききってる。貼られたのは、ここ数日みたいだね」


「誰かがブルーピーコック目当てに此処に来た。そういうことか?」


「かもしれないね。その誰かさんが、ブルーピーコックを眠れる小鳥ちゃんにしたわけだ」


 その言葉に同意を返す代わりに、シズマは舌打ちをした。だがそれは不発に終わり、濡れた舌が歯茎を撫でた音だけが零れる。


「ブルーピーコックが事実上の停止状態になり、そいつの規格で作られたメモリチップが俺の手元にある。前の持ち主は先日無事にスクラップになったことを考えると、こいつは元々、此処にあったのかもな」


「その可能性が高いね。でもわざわざ抜き取ったってことは、これを戻されると困る人間がいるってことだよ」


 やや自信なく言ったエディに、シズマは鼻で笑って返した。


「人間じゃなくてアンドロイドかもしれないだろ」


「言葉のあやだよ。お兄ちゃん、お前みたいに口がネズミの回し車みたいにクルクル回らないんだから」


「そりゃ結構だな。俺はお前と話すたびに、ネズミの回し車とおしゃべりをしたほうがマシな感情に駆られる」


 意地悪、とエディが呟いて歩みを再開する。

 歩く音は廊下に反響して、どこまでも続いていくようだった。二人とも最大限の注意は払っているが、構造上の問題で気配が探りにくい。自分が数秒前に鳴らした足音が前方から戻ってくるような感覚があった。


 暫く無言で歩き続け、次第に自分たちの足音しか聞こえなくなっていく。微妙な起伏を超えて、目的地に向かうための鉄扉が視界に入った時、エディが義足の関節部から、ワイヤーソーが格納された球体を抜き取った。それとほぼ同時に、シズマも銃をホルダーから抜き取る。

 黒い歯車の一つを親指の先で引っかけて、カチリと回す。エディも球体側面のスライドロックを外した。

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