4.二羽踊る通路

 恐らく、そのどちらかの音が契機だった。二人が通過した鉄扉の一つが開き、そこから小柄な男が通路に飛び出す。両手に構えたダガーをシズマの背に向けて投擲するが、身体に当たる直前で不自然に上へ軌道が逸れた。


 細いワイヤーソーがダガーを絡めとって吊り上げるのには目もくれずに、シズマは身体を反転して銃を構えた。銃弾をスチーム弾に切り替え、引き金を引く。空気が細い管を抜けるような音と共に、男の頬に赤い穴が開いた。壁が鉄で覆われているうえに狭いこの場所では、跳弾のリスクは避けるに限る。


 一方、跳弾には無縁の武器を扱うエディは、ワイヤーソーを自分の手に一回巻き付けた。その先に絡みついたダガーが錘となって、スピードを伴いながら旋回する。手首を内側に曲げると、巻き付いていた糸が再び解けて、ダガーのついた先端を前方へ弾き出した。

 細い脇道から飛び出して銃を構えた背の高い女の、丁度首と眉間に刃が突き刺さる。女は一度大きく目を見開き、首に刻まれたバーコードを晒すかのように顎を反らした。


「浅ぇよ」


 シズマは振り返りもせずに、銃口を左腕の下から後方に向けてスチーム弾を発砲した。女アンドロイドの口腔内に真っ直ぐに弾は貫かれ、後頭部のパーツを吹き飛ばす。エディはわざとらしく掠れた口笛を吹いた。


「お上手、お上手」


「茶化すな。ったく、人間とアンドロイドが一度に来るとはな。次はとうとう猟犬でも来るんじゃねぇか」


 シズマは男が入ってきた鉄扉を足で蹴って開き、少し腰を屈めて外を覗きこんだ。鉄錆と海水の混じりあったような匂いが鼻を突く。薄暗い洞窟のような空間は、よく目を凝らせば線路が数本通っていた。貨物用の線路という話は嘘ではないようだが、見るだけで鬱々とするような場所だった。


 ところどころに鉄製のパイプが地面に突きたてられて、その先端に透明なグラスボールがぶら下がっている。僅かな光源を鏡で反射させることによって増幅させるもので、本来は防災用に販売されているが、家を持たない者たちが好んで使うものでもある。

 薄く照らされたその下で、半壊したアンドロイドが、かつての仕事の再現なのか規則的に両手を動かしていた。その傍らに横になった薄汚れた老人は、生きているか死んでいるかも定かではない。


 シズマは二つの体を容赦なくそこへ突き落した。いくつかのグラスボールの下の気配が動いたが、その反応は見届けぬままに扉を閉める。彼らにとっては、恐らく大した事件ではない。シズマはそう確信していた。


「うーん」


 床を見下ろし、靴で擦っていたエディが呻くような声を出した。


「オイルと血が混じると落ちにくいんだよね。洗浄液でも持ってくればよかった」


「仕事熱心だな。放っておけよ、此処で今日結婚式があるなら話は別だけどな」


「此処で結婚式を挙げるのは良いアイデアだねぇ。何しろ花婿が逃げられない」


 靴裏で床を一度蹴る仕草をして、エディはその床の汚れに見切りを付けた。誰かが見れば、此処で何らかの事件が起きたことはわかるだろうが、すぐに発覚することはないと二人は見込んでいた。

 突き当りの鉄扉を開けると、どこか薬品臭い冷たい風が流れ込んできた。今いる通路の二倍は広く天井も高いが、照明が点いていないために心なしか息苦しい。エディは顔だけを外に出して左右を見回し、小さな声でシズマを呼びながら右を指さした。


「コントロール・センターのサーバルームだ」


「人の気配は?」


「無いよぉ。どうやらこっちは、電圧室や倉庫になってるみたいだね」


 その言葉の通り、廊下には何に使うかわからない鉄骨や、壊れた端末の残骸が積み上っていた。管理用のタグは付けられているものの、それが機能することは半永久的に訪れそうにない。

 左側の天井付近から、ガタリと音がした。二人がそちらに目を向けると、天井に嵌めこまれた通気口の蓋が開くところだった。少女らしい華奢な白い手が鉄製の枠組みを掴んでいるのが視認出来ると、二人は構えていた武器を下ろした。


 蓋を抱えて着地した金髪のアンドロイドは、近くにあった脚立を見つけると、それを通気口の下へ置いた。少ししてから、危なっかしい動きで通気口から少年が降りて来た。脚立そのものに慣れていないのか、何度も足場を確認するような仕草を繰り返しつつ、徐々に床へと近づいていく。十分に床に近くなっても、まだ脚立にしがみつくような恰好をしているのが見えて、シズマは思わず笑みを零した。


「あぁいうの見たことあるぞ。近所の犬が木の上に登った時に、あんな恰好してた」


「お兄ちゃん、人が頑張っているのを笑うのはよくないと思うな」


「笑いながら言うんじゃねぇよ」


 イオリが完全に脚立を降りるのを待ってから、二人は通路から出てそちらに近づいた。床に座り込んで呼吸を整えていたイオリは、露骨に嫌そうな顔をして出迎える。今の失態を見られたことを恥じているようだった。

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