5.サーバルームの前にて
「よぉ、クソガキ。デートは楽しかったか?」
「肘と膝に内出血を作りまくるのが今年のトレンドなら、これ以上のデートコースはないね。今なら擦り傷もサービスされるし」
イオリは虚勢を張りながら立ち上がり、背負っていたリュックサックの中からノート型端末を取り出した。すぐ傍でオセロットは「デート」と嬉しそうにクルクル回っている。
「ブルーピーコックは、このドアの向こう側にあるサーバ群の中に紛れてる。恐らくメンテナンス端末の振りをしている筈だ」
「無関係な端末があって、誰も気にしないもんなのか?」
「こういうところは、色々な会社のサーバや端末が寄せ集められているからね。自社のものじゃないなら、誰も触らないよ」
「そういうもんか。……オセロット、お前はいつまで蓋を持ってるんだ」
通気口の蓋を大事そうに抱えていたオセロットは、そう言われて初めて気が付いたような顔をした。
「戻してきましょうか」
「その辺に置いておけ。引き上げる時でも遅くはないさ」
シズマに言われた通りに、オセロットは蓋を近くの壁に立てかけた。辺りは廃棄物の山になっているので、通気口の蓋があっても全く不自然ではない。寧ろ置かれた途端に廃棄物の仲間入りをしたかのようだった。
そのような場所に設置されたにしては、セキュリティドアはあまりに清潔だった。分厚い大きなガラスを嵌めこまれたドア枠は白一色で、ドアノブには電子ロックの入力パネルが内臓されている。ガラスは中の様子が見えぬように加工してあり、強度を高めるために編み込まれた鉄線は、見慣れた者ならすぐにわかるようになっていた。
「一見、すぐに壊れそうだけど……」
イオリはドアの近くにある小さな蓋にドライバーを差し込んで抉じ開けると、中に隠れていたケーブルを伸ばして、自分の端末と接続した。
「このガラスには人工細胞が組み込まれている。外部から衝撃が加わると、無条件にその箇所だけを硬化させるんだ。そしてその変化はリアルタイムに監視されていて、異常があればすぐに察知できるというわけ」
「生きたガラス、ってわけか」
「そういうこと。電子ロックの解除に失敗した場合もガラスは反応する。この扉を開けるには、非常に高度な能力が要求されるんだよ」
「失敗するなよ」
シズマは答えを予期しながらイオリに言った。少年は一年前にも見たハッカーの表情で「当然」と返す。その両手は既にキーボードを叩き始めていて、澱みがない。
「そっちのルートはどうだったの?」
暇つぶしとばかりに、エディがオセロットに尋ねた。オセロットは内臓メモリの中を探るかのように目を何度か瞬きしてから、口を開いた。
「暗くてじめじめっとしました。湿度は七十パーセントを超えていたと判定します」
「だろうねぇ。途中で誰かに会ったり、邪魔されたりはしなかったの?」
「貨物列車に危うくダンスパーティに連れていかれそうになりましたけど、それ以外は静かでした。初めて見るものばかりで驚きましたけど、楽しかったです」
オセロットは機嫌よく微笑みながら答えた。起動してから一年足らずなためか、それとも元からなのか、オセロットは幼い性格をしている。アンドロイドには初期搭載される人工知能と人格プログラムが存在するが、後から入れ替えたりすることは初期不良を除いては認められていない。従ってオセロットの性格も元からだと考えられるが、殺し屋にしては不適格だとシズマは考えていた。
そもそも、オセロットの先駆機は成人男性型のアンドロイドであり、性格も武器も異なる。似た形のアンドロイドはいくらでも作れた筈なのに、何故わざわざ少女型のアンドロイドを後継機にしたのか。
「愛玩用」という言葉を思い浮かべて、シズマは思わず舌打ちをした。恐らく、オセロットは実戦用ではなく、ただのバックアップ用メモリとして作られた。実戦をさせるつもりがないので必要以上の知能を持たず、体も小さい。都合よく作られた殺し屋のアンドロイドよりも更に性質が悪い出自だった。
「オジサン」
キーボードを叩いていたイオリが、いかにも不快そうに声を上げた。
「そこで百面相されると、モニタの反射で全部見えるんだけど」
「反射する素材のモニタなんか使うな。もっと互いのプライバシーは尊重していくべきだろ」
「仕方ないじゃん。僕のお小遣いで買えたのこれだけなんだから。……開くよ」
その声と共に、電子ロックが解除される音が廊下に響いた。四人は暫く周囲を警戒したが、警報などの類は鳴らなかった。
シズマはイオリに下がっているように告げると、銃をすぐ抜けるようにしながらドアに手をかける。少し押すと、ロックが解除されているドアは抵抗もなく内側に開いた。
「ったく、今日はドアばっかり開けてる気がするな。セールスマンに鞍替えしてもやっていけそうだ」
「オジサンには無理だね。セールスマンっていうのはズル賢くないと務まらない」
「どういう意味だ、クソガキ」
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