6.孔雀の解錠

 室内には人の気配はなく、出入口も今開いた扉の他には、似たようなものが対角線上にあるだけだった。どうやらその向こう側には人がいるようだが、こちらに気付いている様子はない。


「防犯装置は?」


「それはもう切ってある。オセロットと忍び込む前にね。この手の施設はどこよりも早く防犯装置が入れられる反面、古いものが多いんだ。犬にお手を教えるよりも簡単にハッキング出来るよ」


「だが、此処でゆっくりとアフタヌーンティーを楽しむってわけにはいかないんだろ? とっとと目的の物を探すぞ」


 室内は長方形で、二つの扉の間にはサーバが壁のように並んでいた。部屋の広さとしては、シズマの目測で短辺が十メートル、長辺が三十メートル。外の雑然とした廊下に比べると、几帳面に並んだサーバ群が如何にもわざとらしい。

 サーバも大きさやメーカーが揃っているわけではなく、また裏側に回り込むために所々隙間が空いている。サーバから伸びた色とりどりのコードが、四人を監視しているかのように天井や床に這っていた。


「メンテナンス端末は……」


 イオリは部屋の四方を見回してから、左側の壁の方へ進む。そこには様々な会社の端末が台に載せられて並んでいた。接続されているモニタや機器には、「非常停止装置監視システム」「歩様判定システム」と、何の端末かわかるようなプレートが付けられている。あるいは単純に会社のロゴマークを使っている物もあったが、イオリが言った通り、他の会社のものを触らないよう、あるいは触られないようにしているようだった。


「あった」


 イオリが興奮を抑えた声を上げる。その視線は、横に並んだいくつもの端末の、丁度中央部分に注がれていた。黒や銀色の端末が多い中、それは半透明の青い筐体を持っていた。周囲と比べても一回り以上大きく、フロント部に孔雀のマークがエンボス加工されている。中で回転しているファンは鮮やかなグリーンで、それが青い筐体に透けて孔雀の尾羽のように見えた。


「これか。見た目は普通だな」


「そう? 僕から見れば色々と規格外だよ。メインコネクタは第八規格の形状をしているのに、第四コネクタしか刺さらない。ネットワークケーブルの結合部は専用アタッチメントを二個も使ってる。流石は伝説のブルーピーコックだね」


「俺はここに寝物語を聞きにきたんじゃねぇよ。メモリチップの差込口スロットは?」


「ったく、大人ってロマンがないから嫌いだよ」


 イオリはフロントの飾りを掴むと、そのまま真上にスライドした。少し旧式の電源ボタンや差込口がその下から現れる。


「……あれ?」


「どうした?」


「埃がついてない。誰か最近開けたみたいだね」


「多分、これを抜き取るためだろうな」


 シズマはメモリチップをイオリに手渡す。青みがかった金属が使われたチップは、周囲の照明を浴びて淡く光っている。


「これが抜き取られたせいで、ACUAが停止したってこと? 確かにこれがメインパーツなら、筐体が生きているのにアクセスが出来なくなったのも説明がつくね」


 イオリはノート型端末を筐体に接続し、内部へのアクセスを試みる。画面の中では白い狐が何匹も動き回っているが、いずれの頭上にも接続失敗を示すマークが浮かび上がっている。しかしその一方で、筐体に接続されているケーブルは正常動作を示す緑色のライトが点滅していた。


「接続は出来るけど、内部へのアクセス、ログインは出来ない。今まで管理者たちが試した通りだね。直接繋いでも同じ反応ってことは、ソフトウェアの障害やハードの故障じゃなくて、これが正常動作ってことだ。恐らく、メモリチップがない場合の」


 露出した差込口に、イオリは慎重な手つきでメモリを挿入した。細長いチップは何の抵抗もなく内部に飲み込まれていき、カチリと音を立てて止まる。それから数秒して、端末のモニタにログイン画面が起動した。白い狐たちは音符を巻き散らし、画面の周りを走り回る。


「ビンゴ」


「これで動くようになったの?」


 エディの問いかけに、イオリは首を横に振った。


「いや、ネットワークの再起動をしないと」


 イオリは慣れた手つきでパスワードを入力する。それは五十文字を超える長大なもので、規則性のないランダムな数字と英字の組み合わせで構成されていた。イオリはそれを丸暗記しているらしく、一切悩む様子は見せずにキーボードを叩いていく。やがて最後の一文字を打ち終わると、ログインに成功したことを表すメッセージが表示された。

 そのメッセージを見たエディが感心したような声を上げる。


「よく覚えてるね、あんなパスワード。あんなに長いなんて思わなかったよ」


「慣れれば大したことないよ。それに、今から再起動をして、導通確認をしなきゃいけないんだから。まだ終わりじゃないよ」


「いや、十分十分」


 エディがそう言うと同時に、ワイヤーソーがイオリの首に巻き付いた。イオリはその感触に驚いて顔を上げる。モニタには冷たい目で微笑むエディの顔が映っていた。


「もう用済みだよ、キツネちゃん」


 誰も止める間もなくワイヤーが引かれる。

 モニタと筐体を真っ赤な血飛沫が染めた。


episode4 end and...

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