2.ハラジュクの店
シブヤとシンジュクの間にあるハラジュクは、大きな神社と神聖なる森を抱えながら、多種多様なカルチャーが渦巻く場所でもあった。ランドマークとして作られたワイヤータワーは、訪れる者が書いた願い事のリボンを大量にその体に抱えている。他愛もない夢から壮大な夢までが一緒くたにされて風になびくさまは、少々滑稽でもあった。
ハラジュクを歩く者の殆どは、派手な色の服や靴で体を着飾る。それこそがドレスコードだと言わんばかりの堂々たる態度は、普通の服装の者を委縮させるだけの勢いを持っていた。
そんな人通りの中、青いローブを着たアンドロイドが横切る。シズマはそれを何となく目で追いかけて、しかしすぐに視線を逸らした。
「ハラジュクなんて場所に店を構えるなんて、随分な自信家か阿呆だな」
流行の最先端を行く街と言われているハラジュクは、一見すると店舗を出しやすいように思える。だが、流行にすらならずに消えていくものも多くあり、先見の明がない者が店を出したところで、数ヶ月で撤退することはザラにあった。
色の濁流の中を進んでいくと、予め伝えられていた目印が目に留まった。
古くからそこに居を構えるドラッグストアで、周囲の華やかな軒先に比べると、いつ朽ちてもおかしくないような装いをしている。中を覗き込むと、品の良い女性が紙袋に入った何かを抱えて、大金を支払っている様子が見えた。
「何の薬を売ってるやら」
そう呟きながら角を曲がり、細い路地へ入る。
人が二人並べば殆ど占拠出来そうなほどに狭い道だが、その左右には細長いガレージが軒を連ねている。アクセサリーや天然石などを所せましと並べ、その間に窮屈そうに店員が立って愛想を振りまいていた。こんな狭い店でも、恐らく賃貸料は高い。そのくせ、儲かる保証はどこにもない。
シズマは思わずうんざりとした気分になりながら、出来るだけ左右を見ないように道を進む。幸いにして届け先は此処のどこかではなかった。
細い道はすぐに終わり、少し開けた場所に出る。
円形広場を取り囲むように小さなビルが並び、それぞれが店の看板を掲げていた。今シズマが来た道の他に、此処に来るルートは見当たらない。それにも関わらずどの店にも客が一定量入っており、人気のスポットのようだった。
「えーっと……『雫』って店だったな」
シズマは周囲を見回し、その看板の一つ一つに目を凝らす。色も形も様々な中から目的のものを見つけると、今度は思わず口を半開きにした。
「マジか」
視線の先には空色の小さなビルがあった。水滴をモチーフにした看板を掲げ、入口には「あなただけの雫を作ります」と掛かれたブラックボードが置かれている。
狭い店内からは女性達の弾んだ声が聞こえていた。
香水ショップだと気付いたシズマは、思わず尻込みをする。
怖い物知らずの殺し屋であれど、女性向けの店というのは得体の知れぬ恐ろしさがある。まだ子供だった頃に、ほんの出来心で入ってみたランジェリーショップで浴びた冷たい目線をシズマは覚えていた。
少し客足が引くまで待とうと、傍にあったベンチへと腰かける。座った途端にセンサーが作動して、どこかの店の宣伝文句を謳いだしたが、シズマはそれを右から左へ受け流した。
空を見上げると、雲一つない晴天が広がっていた。機械に埋め尽くされたこの国では珍しいことであるが誰も気に留めない。
「世も末だな」
「何が?」
独り言に誰かが急に割り込んできた。シズマの横に座る音は軽く、小柄なことを示している。シズマはそちらを一瞥すると、肩を竦めた。
「俺の財布の中身のことさ」
「あら、お金がないの」
「一年ぐらい前に大金を手に入れたんだが、俺の手元にはないんだ」
「それは困ったわね」
「困るだろう」
シズマは右手で銃の形を作ると、隣で笑っている少女のこめかみを撃つ真似をした。
「お前が暗証コードを忘れるからだろ、エストレ」
「だって思い出せないものは仕方ないじゃない」
悪びれもせずに笑う少女は、銀色の髪を一つに束ねて、真っ赤な花飾りをつけていた。
「一年ぶりね。 ところでこんなところで何をしているの?」
「アイスローズに雑用を頼まれたんだ。この店の開店祝いだとさ」
重い塊を見せると、少女は大きな黒い目を見開いた。まだ幼さが残るが、整った顔立ちには育ちの良さが出ている。
「あら、素敵。これくれるの?」
「あ?」
「だって、ここ私のお店だもの」
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