4.黒い廃墟

 夜闇の中、赤くライトアップされたレッドタワーは、かつての姿を取り戻そうとするかのように輝いている。保護緑地区画にある管理小屋の窓からそれを見ていたエディは、それを一瞥してから笑みを浮かべた。


「哀れなもんだねぇ。あんなのただの廃墟なのにさぁ。廃墟をキラキラさせて何が楽しいんだか」


 小屋の中には冷却ファンの音が煩く響いている。実際にはそれほど大きな音ではない筈だが、区画全体が静まり返っているせいかもしれなかった。カスタマイズされたフルタワーの端末の前に座っていた男が、エディの言葉に反応を示す。


「あれを美しいと思う単純な連中が多いからだろう。あとは退廃美とかな」


「単純な奴は仕事がやりやすくて助かるよ」


「お前の弟みたいにか」


 エディは子供のように声を上げて笑った。しかし、目の奥には冷たく暗い感情が漂っている。男はその声を煩わしそうに聞き流しながら、キーボードを叩いて実行キーを押下する。

 暗かった画面が一瞬明るくなり、孔雀の羽がその中を舞った。


「あ、入れた?」


「あぁ。フォックスのパスワードは正しかった。トラップだったらどうしようかと思っていたのだが」


「それは無いってぇ。可愛い彼女に夢中で俺のことは警戒してなかったし」


 エディはあの微笑ましい二人を思い出しながら言った。初々しくも可愛らしいあの光景はエディを非常に楽しませてくれた。首を切った時の感触も含めて、未だに軽い興奮として体内に残っている。


「人間とアンドロイドの間に生まれた子供っていう噂話が前にあったよね。覚えてる?」


「あぁ。でももう聞かないな。流行が去ったんだろう」


「愛って素晴らしいよね。俺の母親も俺に毎日毎日「愛してる」って言ってたもん」


 エディは自分の義足を撫でる。

 最初は遊んでいるうちに剥がれてしまった親指の爪だった。通りすがりの男が、薬の実験で使うから、とその爪を貨幣一枚で買い取ってくれた。それを母親に告げた時、酒浸りの淀んだ目が輝いたのをエディははっきりと覚えている。

 母親はエディをとても愛してくれたが、ギャンブルへの執着心がそれを上回ってしまっていた。もっと不幸なことに、母親にはギャンブルのセンスが欠けていた。

 彼女はギャンブルをするための金を得るのに、エディの体を切り取ることを覚えてしまった。


 愛してるわ。ママのために少しだけ、貴方の足を頂戴。

 もう少しだけ頂戴。これで最後にするから。

 いい子ね、エディ。ママは嬉しいわ。


 数センチずつ自分の足が無くなっていくことに、恐怖を覚えたのは最初だけだった。自分の足を削り取っていたのは、数多い「父親候補」の一人で、エディのことはただの実験材料にしか思っていなかった。

 男はエディの目の前で、切り取った肉をよくわからない薬品に付けたり、菌の繁殖したトレイの中にゴミのように放り込んでいた。どこかの製薬会社の研究員だったようだが、詳しいことはわからない。


「……コネクト完了。ACUAのネットワークをマウントした」


 エディはその声に嬉々とした表情を浮かべて、男の方へ向かう。モニタの中には複数のウィンドウが起動しており、それぞれに違う画面が表示されていた。これまでACUAの中でモニタリングされていた、噂話を収集または伝播させるためのサイトであり、全てサイバーネット上に存在している。モニタの中央には収集された噂話を蓄積するためのツールが動いていた。


「すぐにでも適用出来るが、どうする?」


「俺に実行キー押させてよ。それぐらいのご褒美はくれるでしょ? こっちは愛する弟を怒らせてまで、情報を持ってきたんだから」


「愛する、ねぇ」


 男は呆れたように言いながら椅子をエディに譲る。管理小屋に置くには上等なその椅子には、アンドロイドが使用するオイルが半分固まった状態で付着していた。エディは気にもせずその上に腰を下ろす。どうせ服は血に汚れていたし、仕事柄潔癖でもない。


「その愛するっていうのは、揶揄うと同義じゃないのか?」


「いやぁ、むしろ感謝かも」


「感謝?」


「ほら、よくあるでしょ。「自分の方があいつよりマシ」っていう慰め。が傍にいると、安心するじゃない」


 実行キーに指を置いたエディは、それを愛でるような仕草でゆっくりと押し込んだ。画面のウィンドウが次々と点滅し、中央のツールが高速で処理を始める。「噂話」がネットワーク上に拡散されるのを見て、エディは恍惚とした表情を浮かべた。

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