4.全て忘れて
「世の中には変わったものを運ばせる奴もいるんさねぇ」
シズマが持ってきた仕事の内容を見たフリージアは、いつもの妙な話し方で言った。
「何を運ばせたいって?」
「君は知らない方がいいよ。仕事に差し障りが出る」
クスクス笑いながら、フリージアは携帯端末をローブに仕舞いこんだ。
翡翠色の瞳にはシズマが映っている。どこか遠くをみているような眼差しは常と変わらない。男か女かわからない中性的な顔立ちや、左の首筋に沿って彫られた刺青もいつも通りだった。
「しかし、君も変な趣味してるね。どうしてストリップ見ながら話をしなきゃいけないわけ?」
二人の座る椅子の前にはポールの設置されたテーブルがあり、そのポールに女性が裸体を絡みつかせている。正確には多少の装飾品で隠されている部分もあるが、ほぼ無意味だった。
暗い部屋には極彩色のライトが点滅し、ネトリとした音楽がかかっている。どの席でも男たちが食い入るようにポールダンスを見つめては、原価より相当高い酒を飲んでいた。
「こういうのは嫌いか」
「あはっ、嫌いか好きか考えたこともなかったさね。君はこういうの好き?」
「別に。ここが一番静かに話せるからな。あと胸の大きい女が多いし」
「動機としては十分さね」
ストリッパーが目の前で足を広げようと、シズマが胸の話をしようと、フリージアは顔色一つ変えない。そんな態度も、フリージアが「どちら」であるかわからなくさせる原因でもあった。
「そういえばね、殺し屋。……聞いてる?」
「聞いていない」
「じゃあ勝手に話すさね。一年前のこと覚えてる? 歯車のお嬢さんの仕事だよ」
「それを忘れたとしたら、俺はすぐに病院に行った方がいいな」
「あの時に自分が死んだって噂話が流れてるさね」
「それがどうした? 実際、俺も死んだと思ってた」
「いや、それが発生したのが最近なんさ」
フリージアはどこか困ったような口調で呟く。シズマはブランデーを傾けて中の液体を煽ると、相手のその珍しい様子に眉を持ち上げた。
「だからなんだってんだ? 自分が人気者のつもりだったのか?」
「そんなんじゃないさね。タイミングがおかしい。誰かがわざと流したみたいだ」
「何のために?」
ポールに絡みついた女が肉感的な足を高々と上げ、体をくねらせる。オイルか何かを塗っているらしい肌に、室内の照明がぼやけながら反射していた。
「……いくつか考えられる。でもどれも当たってほしくない」
「正解しても景品がないからか」
「あぁいうのにはいつも外れる性質なんさ。大体、運に恵まれてるなら、君と何度も仕事する羽目にはならない」
「どういう意味だ」
そのまま、とフリージアは返す。軽口の応酬は二人にとっては挨拶にすらならない。目の前を左右する足を目で追いながら、フリージアは少し声のトーンを下げて呟いた。
「君はもっと別の相棒を手に入れるべきさね。例えば、あの歯車のお嬢さんとか」
「お前と仕事をすると疲れるのは本音だが、エストレのような素人を裏社会に巻き込むこともないだろ」
「そのうち自分は消えてなくなる。君はきっと全部忘れてしまうさね」
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