episode6.満たされた悪意

1.全てを忘れても

 冷えたサーバ室にフリージアは立っていた。目の前には一つの筐体が稼働している。自分を生み出し、その存在を維持するための装置はあまりに頼りない。メモリチップを抜いても、ネットワーク全体が停止するまで時間はある。その間に依頼主であるアーネストに渡し、仕事を完遂する必要があった。


「……忘れるさね、きっと」


 この後、落ち合う約束をしている男のことを思い浮かべながら呟く。一年前に出会った殺し屋のことを、フリージアは月並みな言葉で言えば気に入っていた。自分のことを詮索しないところも、実力主義で評価してくれるところも。


 あるいは、とフリージアはふと考える。

 シズマのあの態度は、自らを詮索されたくないためかもしれなかった。実際、二人はお互いについてのことを殆ど知らなかったが、それで何か問題が起こったことはない。人間やアンドロイドと異なり、生きた過程というものを持たないフリージアは、シズマに対して似たような感覚を抱いていた。だがそれが何から生ずるものなのかはわからない。


「まぁ、もう関係ないけど」


 シズマとは何度も仕事を一緒にしたが、かといって毎回というわけでもなかった。偶に気が向いた時に連絡を取り合って、終わればまたすぐに離れる。そんなことの繰り返しに、フリージアは満足していた。

 このメモリチップを抜けば、それらの記憶は全てシズマから失われる。フリージア自身も、誰かがACUAを再起動しない限りは停止状態になる。シズマはそれに気が付かないだろうし、万一気が付いたとしても、消えてしまった相棒を探すとは思えなかった。


「でも、もし」


 フリージアは筐体前面のパネルを上げながら、柄にもなく何かに祈る。

 此処に来る前に自分自身を占ったカードは、正位置の「魔術師」だった。何もかもを混沌に陥れる、災厄の象徴。しかし、その一方で僅かな望みという意味もある。


「覚えていたら、探してくれる?」


 白い指がメモリチップにかかる。サーバ室の空調が、それを止めようとするかのように騒がしく動いていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る