2.葬式に似た狂乱
エストレが置いた白い筐体を見てシズマは考え込む。アイスローズの店であの荷物を運ぶように言われたのは覚えている。しかし、その詳細を思い出そうとすると、何かが足らないような気がしてならなかった。
「エストレ、それは……」
問いかけた言葉を、殺気が横から攫って行く。シズマの鼻先を掠めるようにして、ワイヤーソーが宙を切った。右前方から来たその攻撃に、シズマは銃を撃ち返す。空圧弾はサーバの一つに当たり、歪んだ音を立てた。
「糸電話でもしたいのか? てめぇの耳元で『Angel Of Death』でも歌ってやるよ」
「お前、音痴じゃないか。絶対に嫌だね」
エディの声は近かった。だが、室内が広いこととサーバの駆動音のせいで正確な位置は読み取れない。攻撃をしてきたということは、二メートル程度の範囲にはいる筈だったが、エディの武器は曲線状にも動く。ワイヤーソーが飛来してきた方向だけで居場所を判断することは出来ない。
「てめぇへのレクイエムにしちゃ上出来だろ?」
「ヘヴィメタルへの冒涜だよ。そんなものより、薔薇の花とコニャックでもくれたほうが嬉しいね」
「ポー・トースターかよ。案外俗っぽいな」
シズマはその台詞を言い終わらないうちに、サーバの陰から飛び出した。数メートル先のサーバラックから青髪が覗いているのが見えた。それを目掛けて一発撃ちこむと、エディはおどけた声を上げて頭を引っ込める。
「野蛮な子は嫌ーい」
「静かな奴が好きなら、死体安置所でも行くんだな」
大きく一歩踏み出し、床を蹴る。エディが隠れたサーバの後ろに銃を向けるが、視界に入ったのはサーバと配線だけだった。しかし、すぐ下に気配を感じたシズマは視線をそちらに向ける。床にしゃがみこんでいたエディの、享楽的な笑みがそこにあった。
至近距離からワイヤーが放たれ、シズマの右頬を掠める。思わず避けたシズマだったが、それがただの威嚇であることを悟った時には、エディの手が左腕を掴んでいた。思い切り腕を引かれ、体重が前方にかかる。鈍い感触と共に右足が払われて、シズマの体はそのままエディを飛び越えるようにして床へと放り出された。金網張りの床が体に食い込み、更にそのまま擦れることにより痛みを誘う。だがシズマはそれには注意を払わなかった。痛みを押し殺して銃の歯車を回し、そして転倒した体勢から弾を放つ。
エディの傍にあったサーバラックの留め具を弾き飛ばしたのは、出力を下げたレーザー弾だった。重い金属製の扉が支えを失って倒れ込む。エディは後方へ飛びのきながらワイヤーソーを振るおうとしたが、寸前で踏みとどまった。
「そうだよなぁ。てめぇの武器を振り回したらサーバがぶっ壊れる」
立ち上がりながらシズマは顔をしかめつつ言った。ヒリヒリとした肌の痛みが今更になって脳まで到達していた。
「サーバの中身を剥き出しにしたら戦いにくいってことだ」
「それはお互い様でしょ」
「俺は単発弾で戦えばいいだけだ。お前の武器は勢いをつけなきゃ殺傷能力が下がる」
銃口を上げて引き金を引く。エディは右側に飛びのいて攻撃を避けると、義足の右足で倒れた金属板を思い切り蹴り上げた。シズマは両腕でそれを受け止めて脇へと払ったが、エディはその隙に姿を消していた。
ふと、シズマは自分がエストレから離れすぎたことに気が付いた。周囲に警戒しながら通路を回り込み、元いた場所へと近づく。エストレは先ほどと同じ格好で端末を操作していた。
「随分楽しそうね。誰かのバースデイなの?」
「いや、葬式さ」
「大差ないわね」
エストレは指を止めて、シズマを振り仰いだ。銀色の髪が一房、額に貼りついている。少し疲れたような目をしており、シズマはそれが彼女の母親に似ていることに気付いて苦笑した。
「首尾はどうだ」
「もう少しよ。直接侵入している分、メインシステムへの到達は容易だけど、突破しなきゃいけない認証が山ほどあるの」
「手伝おうか」
「お気持ちだけ。私にはこれがあるから大丈夫」
白い直方体をエストレは優しい手つきで撫でる。慈しむような、あるいは信頼を示すかのような行動だった。
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