第36話 これってもしかして……
昨日の夜、風呂上がりにケータイがピコピコ点灯していたので確認すると、鳴瀬さんからメッセージが届いていた。今日の鳴瀬さんの怒りようは傍で見ていても凄まじい物があった。そんな彼女からのメッセージを開けるのはちょっと怖いけど、無視するわけにもいかない。生徒会暗殺に協力しろ、とかだったら……思わずブルッと体が震えた。
ごくりと唾を飲み込んでメッセージを開くと、なんてこと無い、待ち合わせの連絡だった。
生徒会に宣告された文芸部の廃部までもう二週間もない。次の週末が終わるまでになんとかしないと、廃部になってしまう。文芸部の皆も生徒会の横暴に徹底抗戦の意志を見せており、僕、オタキング、鳴瀬さんの一年生トリオで週末に作戦会議をすることになったのだ。もちろん言い出しっぺは鳴瀬さんで、僕とオタキングは彼女に無理矢理予定を決められた形だ。サバゲー特訓の時もそうだったけど、思い立ったらすぐに行動に移せる、鳴瀬さんのアグレッシブさは本当に凄いと思う。
ちなみに鶴松先輩と白石先輩も誘ったけど、週末に全国模試があって、作戦会議には参加できないらしい。白石先輩が来ないことを、オタキングがひどく残念がっていた。
……模試、かぁ。
先輩達はやっぱり大学とか、行くんだろうか。僕は……どうするんだろう?
自分の進路のことなんて、今は考える気にならない。受験勉強だって、ずーっと先の話だと思っている。だけど……模試に行くっていう先輩達の姿を見ていると、遠くない未来にある受験っていう現実が、一層リアリティを増して近づいてくるようでげんなりする。
あー……でも今はそんなこと考えている場合じゃない。とにかく、文芸部の廃部をなんとかしないと。目下、ていうか高校入って早々、こんなことになるなんて入学式の時は想いもしなかったな。それにしても雨宮先輩はいくらなんでも勝手すぎる。鶴松先輩から事前に朧げながら聞いていたとは言え、生徒会の一存で廃部を決めるなんて、権力の横暴が過ぎる。入学前は自由な校風だって聞いていたのにな……。
とにかくまぁ、そんなわけで。
今日、僕はモールの前に立っていた。
モールというそのまんますぎる愛称で市民から親しまれている大型ショッピングモールで、気軽な買い物から、映画館でのデートまでなんとかなる守備範囲の広い商業施設である。ちなみにハイフンの場所にアクセントが付くのが特徴的で、これで地元民かそうでないかを見分けることができる。……そんなモールの豆知識なんてどうでも良くて。
待ち合わせ場所は……と。スマホのメッセージを確認する。
『From 鳴瀬麻衣: 明日は十時にモール集合! 待ち合わせ場所はおじさん前のベンチ! んじゃ二人ともよろしくね~。一応書いとくけど、もしも遅れたら……わかってるわよね? ふふ……ふふふふふふふふふふふ』
わかってるよね? で終わらせて末尾を語らないところがより一層怖い。
万が一遅れでもしたら、僕の身に何が起こるのかまったく予想できない。
うん。ダッシュで行こう。待ち合わせの時刻までまだ十分以上あるけど、ダッシュで行くべきだ。
一人で頷いて、僕はモールの入り口を通り、小走りに待ち合わせ場所へ向かう。
メッセージにあった『おじさん前』とはこの辺りでは定番の待ち合わせ場所であり、文字通りおじさんのモニュメント(ちょっと渋めの顔立ち)の前の小さな広場である。ベンチもいくつか置いてあって、ちょっとした待ち合わせには便利なのだ。
休日ということもあって、モール内は結構混雑していた。スマホをいじっている中学生の女の子、杖を突いて歩いている老夫婦、休日なのにスーツを着た男の人に……色んな人が忙しく行き交っている。
う~ん……鳴瀬さんの姿が見当たらない。おかしいな……確かにここで合ってるはずなんだけど。きょろきょろと辺りを見回してみても、鳴瀬さんらしき人は見当たらない。鳴瀬さんは今まで一分も遅刻したことないし、遅れてくるとは考えにくいのだけれども……。
「――高野くん」
いきなり後ろから声をかけられて、冗談抜きに三センチくらい飛び上がった。
振り返った先には、私服姿の鳴瀬さんがほんの少し頬を膨らして立っていた。
「うわっ…… 鳴瀬さん!? いつからいたの!?」
「ずっといたわよ。人をおばけかなんかみたいに言わないでよね」
私服姿の鳴瀬さんは、普段学校での制服姿とは全然違った印象を受ける。ハーフパンツにパーカーというシンプルでボーイッシュな服装なのに、スタイルの良い鳴瀬さんにはすごく似合っていて彼女の可愛さを際立たせていた。まるで真夏に鳴る風鈴の音のように、その場に異質な可憐さを前にして、僕は驚くばかりで何も言葉が出てこない。オタキングがこの場にいたら、興奮の余り卒倒してしまうかもれない。それくらい、今日の鳴瀬さんは綺麗で可愛かった。心なしか、鳴瀬さんがやって来て、周りの視線が強まった気がする。
そんな鳴瀬さんはじとーっと不審そうに僕を見つめている。
「な、なに?」
「……なんで制服なの?」
「え……その、つい。普通に私服で来れば良かった」
「高野くん。普段の休みってどうしてるの?」
「え、僕? 街をぶらついたり、本屋を覗いてみたりとか……そんな感じだよ」
「嘘ね。そういう人は休日に制服を着てくるわけないもの」
「ぎくっ」
「どうせ部屋で一日中本読んだり、ゲームしたりしてるんでしょ。暗い青春ね」
どうして鳴瀬さんには僕の休日の行動がバレバレなんだ!? いつもの習慣で学校の友達と会うから制服を着てきてしまったのがそもそもの間違いだったのだが……やはり彼女はただものではない。
しどろもどろになっている僕を見て、鳴瀬さんは可笑しくなったようにくすくす笑った。
「ふふ。高野くんって普段はきっちりしてるけど、変なところで間抜けだよね。まぁそこが良いところでもあるんだけど……」
最後の方のごにょごにょというつぶやきは良く聞こえなかった。
そーいえば……この場にもう一人いるはずの男がいない。あのおたく野郎は一体どこへ? まさか遅刻か?
「鳴瀬さん、そういえばオタキングは?」
「あー……久方くんなら、今日は遅れるって、さっき連絡あったよ。どうしても行きたい同人誌のイベントがあるらしくって、昼過ぎには来れるってさ」
あいつ……同人誌のイベントって絶対この間言ってたコミケじゃないか。僕も行ってみたい……じゃなくて、自分の部活が廃部の危機だってのに、なんてマイペースなヤツだ。
「鳴瀬さんはいいの?」
「え? ウチは別に良いよ。だって高野くんもいるし」
そう言ってにっこり笑った彼女の顔は、天真爛漫という表現がよく似合う、向日葵のような笑顔だった。
「で、作戦会議はどうするの?」
「まぁ、そう堅いこと言わないで。せっかくモールに来たんだもん。買い物しないと損、損!」
「えっ、ちょっと鳴瀬さん!?」
鳴瀬さんはるんるんスキップしながら僕の袖を引っ張っていくのだった。
それから鳴瀬さんに連れ回されるまま、服屋へ行くことになった。
僕は特別ファッションに興味がある方ではないし、持ち合わせも少なかったので、鳴瀬さんのショッピングに付き合うだけだったけど、彼女はなぜかずっと楽しそうに笑っていた。「高野くん、この服どう?」なんて言いながら、お店の服をとっかえひっかえ試着してみては僕に感想を求めていた。そのほぼ全てが不思議と似合っていて、僕は一人で鳴瀬さんのファッションショーを見ているみたいだった。
こと、ここに至ってようやく僕は気がついた。
これ……もしかしてデートってやつじゃないか…………!?
いやいやいやいや待て待て待て! 決めつけるのは時期尚早だ。まず第一になんで鳴瀬さんが僕なんかをデートに誘う必要がある? これはデートじゃなくて、作戦会議なんだ! 今は偶然二人っきりになっているだけで、オタキングも後で合流するはずだし。ていうかあのおたくマジで何やってるんだ! 早く来てくれ……マジでこのままだと気まずすぎる。
「ごめんね。高野くん、つまんなかったでしょ?」
「いやいやそんなことはないけど……」
「そ? なら良かった~。じゃあ次、あそこ行ってみようよ!」
「あ、鳴瀬さん! 作戦会議は~!?」
それからも楽しそうにしている鳴瀬さんの横で、僕は一人気まずい思いをしながら彼女の買い物に付き合っていた。買い物といっても、ほとんどウィンドウショッピングと変わらない。雑貨屋では鳴瀬さんが手に取ったぬいぐるみの感想を求められたり(ちょっと独特でホラーテイストなうさぎ)、文房具屋で便箋選びやノート選びに付き合ったりした。
僕はずっと鳴瀬さんに連れ回されるままだったけど、彼女の方は学校では見たことないくらいはしゃいで元気に笑っていた。学校では大概クールに振る舞っている委員長だから、余計にそう思うんだろうな。
笑って僕を連れ回す鳴瀬さんはいつもと違って、年相応の可愛い女の子だった。
普段から可愛い鳴瀬さんが今日は一層可愛く見えた。目が合うと、鳴瀬さんはにこりと小さく微笑んで、彼女と目が合う度に、その綺麗な笑顔に思わず頬が熱くなった。
そうしてモール内を二人で見て歩いているうちに、気づけば時間もお昼時。オタキングが来るまでの間、モール内のファミレスでお昼にしようということになった。
注文を終えると、鳴瀬さんはコップの水を飲みながら、上目遣いで僕を見ていた。その視線に思わず胸がどきりと高鳴った。
「ちょっと疲れたね。ごめんね色々付き合ってもらっちゃって」
「僕は別に。僕の方こそ、鳴瀬さんの役に立てたとは思えないけど……」
「そんなことないよ! 服選ぶときだって、自分だけで選ぶとつい偏っちゃうし。高野くんってメイドさんみたいなフリフリの服装が好みだと思ってたけど、案外シンプルな服装が好みなのね」
心外だ! 鳴瀬さんは絶対、僕とおたく野郎を同一視してる!
「オタキングと一緒にしないでくれ! メイドさんは嫌いじゃないけど……今日の鳴瀬さんみたいな服装の方が、僕は好きだよ!」
「へぇ……そうなんだ……」
しまった……。他意は無く、素直に彼女の服装を褒めるつもりだったのに、鳴瀬さんは若干赤面しつつ、手持ち無沙汰にテーブルの下に視線を向けていた。
二人の間には気まずい沈黙があって、どちらもその壁を壊そうとせず、ただまんじりと注文した料理が来るのを待っている。
休日に鳴瀬さんと二人で遊んだことなんてなかったし、なんだか不思議な時間だったなぁ。
あんな風に誰かとお店を回ったりしたのっていつ以来だろう……。
ふと、あいつの……涼の顔が脳裏に浮かんだ。彼女は笑顔だった。だけどすぐに哀れな目を僕に向け背を向けて立ち去ってしまった。形容しがたい寂寥が胸の内を吹き荒れていた。
「大丈夫?」
気づけば鳴瀬さんが、心配そうに僕を見つめていた。
また思い出してしまった。過去は断ち切ったつもりなのに、気がつけば昔のことを思い出してしまう。もう忘れようと決めたのに。
「……ただの考え事。心配させてごめん」
「考え事、か……」
鳴瀬さんはコップの水を一口飲んでから、ふぅ……と短く息をついた。
それからジッと僕の目を見つめると、ぽつりとつぶやいた。
「高野くんってさ……なんでメガネかけてるの?」
「え……? そりゃ、目が悪いから……」
「誤魔化さなくていいよ。だってそれ……伊達メガネでしょ?」
ついさっきまでニコニコ笑っていたはずの鳴瀬さんが、今は切れ長の瞳でじっと僕を見つめていた。まるで探偵小説に出てくる探偵を前にしている気分だった。
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