第31話 リベンジ・ザ・オカルトマスター
満を持してというべきか、最後の発表は鳴瀬さんだ。
前回のビブリオバトルで得票数ゼロという驚異的数字を叩き出した彼女は、まるでもう失う物は何も無いといった風で、威風堂々とした佇まいだった。
前回は観衆置いてけぼりのオカルト知識を披露した鳴瀬さん。
その知識量は目を見張る物だったが、残念ながら、彼女のオカルト知識を理解できる人はあの場にはいなかった。あまりに高度すぎる発表内容は聴衆を置いてけぼりにしてしまうのだ。
おそらく鳴瀬さんのことだから、また前回同様、趣味前回の怪しげなオカルト本を発表するつもりなんじゃないかと僕は思っている。だけど、それで大丈夫なのか? また前回の轍を踏んでしまうということにならなければいいけれど……。
「高野くん。もう始めて大丈夫よ」
そうつぶやく鳴瀬さんは妙に自信満ちあふれた表情をしている。
ビブリオバトルのアンカーというのは、それまでの参加者の発表を聞いた上での発表だ。だから、大なり小なり程度の差はあれ、多少のプレッシャーを感じるのが普通だ。だけど、鳴瀬さんの顔からはプレッシャーや不安感は微塵も感じられない。何か作戦でもあるんだろうか……?
鳴瀬さんの自信に溢れた顔を見ていると、自然と発表が楽しみになってきた。
「んじゃ始めるよ」
僕が鳴らした鐘と共に、鳴瀬さんの発表がスタートする。
「さぁて! みんなお待ちかね! オカルトショーの開幕よ!」
居丈高に宣言した鳴瀬さんを見て、みんな、うわぁ……という表情を浮かべた。
なんというか……不安しか感じない。
鳴瀬さんが持ってきたのは、大きめのハードカバー。漆黒色の装丁で見るからに怪しげな雰囲気が漂っている。また、幽霊とかそういう心霊関係の本なのかな。暴走しないといいけど……。
「ウチが紹介するのはこの本、ディアマジック著『How to use Magic』よ。
キャッチコピーは『魔法のある生活をあなたへ~』。
外国で出版された本で元は英文なんだけど、今日持ってきたのは日本語訳してあるから、英語が苦手でも大丈夫。面白さもお墨付きよ。なにせ世界中のオカルトマニアの間で話題になっている本だもの。見て。帯にも全米で大ヒット! って書いてあるでしょ」
なるほど、デカいなぁとは思っていたけど、洋書だったのか。書店に並んでいる外国の本は総じて綺麗な装丁でデカい本というイメージがある。世界的に大ヒットした、某魔法ファンタジー小説の影響が強いのかも知れないけど。
それとは違うけど、鳴瀬さんが持ってきた本も全米で大ヒットした本らしいし、帯の煽りやキャッチコピーを読むと、内容も期待できそうだ。
タイトルを単純に訳すと『魔法のつかいかた』だけど……それにしてはページ量がすごい。久方が持ってきた攻略本と同じくらい分厚いんじゃないか? あれを小脇に抱えて発表するのはちょっと疲れそうだ。
鳴瀬さんは今回もオカルトで勝負する気のようだ。心霊モノではないけれど、魔法もいわゆるオカルトに分類されるし。
ファンタジー小説も大好きな白石先輩は魔法という響きに胸がわくわくしているのであろう、目を爛々と輝かせて鳴瀬さんの発表を聞いていた。一方、鶴松先輩と雨宮先輩はお互いを牽制するように視線を戦わせている。久方はといえば、今はまだ様子見と言った感じで、本の装丁を観察している。
「本の内容よりもまず注目して欲しいのはこの表紙!
ウチは魔法というと黒をイメージするんだけど、みんなはどうかしら? 絵本に出てくる魔女や魔法使いも黒衣に身を包んでいることが多いわよね。本の表紙の装丁もそのイメージを忠実に再現して、漆黒の背景にエメラルドの宝石が描かれた、シンプルだけどこれど魔術書! って思わせる装丁なの」
さっきから久方が食い入るように本の装丁を観察していたけど、普段絵買いする彼なりに感じるものがあったんだろう。鳴瀬さんが言うようにシンプルではあるんだけど、中を開いてみたいという気にさせる装丁で、僕も本屋さんで見つけたら思わず手に取ってしまうと思う。
「それじゃ内容の説明だけど……タイトルの通り、この本は魔法の使い方が書いてある本よ。ただし、ファンタジー小説に出てくる異世界ではなく、あたしたちのいるこの現代社会での魔法の使い方が載っています」
……ん? 現代社会での魔法の使い方ってどういうことだろう?
僕は鳴瀬さんのことだからてっきり、怪しげな黒魔術の儀式が詳細に載っていたりする本なのかと思っていたのだけど……。
「実際に見てもらった方が話が早いと思うから紹介しますね」
そう言って彼女は分厚い本の中ほどのページを開いて、皆に見えるように見せた。
「このページでは炎系の基本呪文が使えると仮定した時の使用例や注意事項が載っています。
……せっかくだから、ちょっと読みますね。
『炎系呪文といっても使用者の力量によって、マッチの火程度から、山火事を起こすようなものまで様々です。ですから、炎系呪文を使う際には己の実力を見極め、実力に合った威力での使用をしなければいけません。
また、間違っても人に向けて炎系呪文を放ってはいけません。そんなことをすれば、あなたは傷害罪。最悪、殺人罪などに問われる可能性があります。
人に向けずとも、物を燃やして放火の罪に問われたり、出力を間違って火事を起こしてしまったりしてはボヤ騒ぎではすまされません。
ちょっとした好奇心でファイアボールを繰り出したが最後、あなたの人生が台無しになってしまう。魔法とはかくも恐ろしきものなのです。
しかし、怖いだけではもちろんありません。火は明かりにもなりますから、停電など緊急時の明かりとしても使えますし(この点では光系魔法に軍配が上がりますが)、火力をあげることで従来よりも凝った料理も作れるでしょう。さらに、冠婚葬祭でも役に立つこと間違いなし!
ただし忘れてはいけません。炎系魔法を使用する際はあなた自身の善良なモラルが何よりも大事になるのです。』
……ふぅ。ちょっと読むだけのつもりが、ページ全部読んじゃいました」
う、うおおおおおおおっっ!
なんだなんだ! 全く予想だにしない内容だったぞ!?
現代版の魔法の使い方という説明を聞いたとき、なんのことやらよくわからなかったけど、今なら分かる。確かにこれは現代版の魔法の使い方だ。
現代社会でもし炎系魔法が使えたら……。想像してみると、カッコいいことは間違いないけど、生活がそれほど便利になるとは思えない。火はガスコンロで十分だし、マッチやライターだってある。魔獣が闊歩する異世界とは違い、現代社会でファイアボールを撃つ場面はそう無いだろう。
なるほど、こんな発想の本があったなんて知らなかった。
題材は確かに鳴瀬さんの好きなオカルトだけど……正直、やられた! って感じだ。もちろん良い意味でね。
そして、鳴瀬さんめっちゃ朗読上手いな。さすが演劇部と掛け持ちしてるだけある。ただ本のページを朗読しただけなのに、良く通る澄んだ声音で文章がよどみなく読まれることで、より一層内容の面白さを引き立てているように思う。いつも授業前の号令が綺麗だなとは思っていたけれど、これは僕にはとても真似できない。鳴瀬さんじゃないとできない発表だ。
「もうみんなも気づいてると思うけど、この本はもしも現代で魔法が使えたら……という誰でも一度は考えたことがある夢想を著者の見解を交えつつリアルに考察したものなの。
魔法は主に出典別にカテゴライズされていて、今紹介したのは『ゲーム』カテゴリのページね。他には『黒魔術』、『錬金術』、『東方魔術』などの項目があるわ。
各カテゴリを簡単に説明すると、『ゲーム』はRPGなどのゲームの世界に登場することが多い魔法。ファイアボールとか、サンダーボルトなんかはここね。ちなみに、カテゴリ名は『ゲーム』だけど、小説や映画に出てくる魔法もこの章で解説されているわ。『黒魔術』は主として契約魔法をまとめているわ。呼び出した悪魔と契約して使役する魔法などね。生贄などの代償を必要とするからかなりリスキーよ。呪いもこの章に含まれているわ。『錬金術』は現代の科学に似たところもあって、ポーションやエリクサー、賢者の石などの魔法道具に関する項目がメインね。『東方魔術』は読んで字のごとく、日本や中国、インドなど、東方世界の魔術・魔法に関する考察よ。魔法のランプなんかが有名だと思います。
単に魔法といっても非常に幅広い種類があるから、魔法になじみの薄い人でもイメージしやすい魔法を中心にこの本では取り上げられているわ。
あまりに好評だから、『Re. How to use Magic』という続編が出ることになったんだけど、残念ながらまだ日本では発売されていないの。ウチも発売日を待ち遠しく待っています」
鳴瀬さんは、一言も噛まずにつらつらと流れるように本の内容を紹介する。牽制し合っていた鶴松先輩もいつしか彼女の発表に聞き入っていた。ファンタジー小説が嫌いな鶴松先輩も、現代における魔法の考察という、この本の着眼点に興味を持ったのかもしれない。
『ゲーム』の魔法は僕でも親しみやすい魔法だと思うけど、『黒魔術』や『錬金術』は読んでみないと想像つかないな。特に『黒魔術』の項目は、鳴瀬さんの発表を聞く限り、ものすごくダークな雰囲気が漂っている。
そして、僕はここで一分前の鐘を鳴らした。四分間が過ぎるのがあっという間だった。鶴松先輩同様、僕も思わず鳴瀬さんの発表に聞き入ってしまっていた。
あと一分……。部室の皆が鳴瀬さんの発表を真剣な目で見つめていた。
鳴瀬さんは軽く髪を掻き上げると、また本の表紙をみんなに見せた。
「著者のディアマジック氏はオカルト界隈でも有名な魔法好きで、普段は魔法や黒魔術、錬金術に関するマニア向けの考察本を書いてる人よ。
まさか彼が魔法を現代社会でリアルに考察する本を書くとは思わなくて、本が出版されたときは、マニア達も驚いた。『オカルトの矜持を失った!』なんてネガティブな感想の人もいたけど、ウチはとても良い本だと思う。この本をきっかけに魔法の世界に興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいじゃない?
だから、みんなもぜひ『How to use Magic』を読んで、魔法の世界への扉を開いてくれると嬉しいな。
そして……みんなで魔法に関する議論とかできたら最高かなって思います」
狙い澄ましたようにそこでちょうど五分が経って鐘が鳴り、続いて質疑応答の時間に移った。
真っ先に挙手したのは白石先輩だった。
「麻衣ちゃん。発表お疲れ様! 魔法の使い方……考えるだけで面白そうね。もしあれば紹介して欲しいのだけど……箒に乗って空を飛ぶ魔法の考察なんてあるかしら? そんな夢のある魔法の考察……あったら読んでみたいなって気になって」
箒で空を飛ぶ魔法はおとぎ話の定番だ。白石先輩はその手の物語好きそうだもんな。
もし現代社会で箒に乗って空を飛べたら、飛行機とか要らなくなるんだろうか?
「箒の魔法ですね……。今、目次を…………あ、あった。読みますね。
『箒に乗って空を飛ぶ。一見すると、便利で夢のある魔法だが、現実はそう甘くない。気温の逓減率によって、上空では地上よりもだいぶ気温が低いため、かなりの厚着をしないとまともに乗れない。スピードを出せばなおさらで、原付バイク程度のスピードでもかなりの寒さだろう。また、高度な訓練も必要であり、電線などの障害物を巧みによける技術も必要。また、国境を越える際はあらかじめ連絡をしておかないと迎撃される恐れもあるので注意すること』だそうです。
う~ん、田園地帯はともかく、都会で飛ぶのは難しいかもですね。夢の無い話ですが」
「そうね。夢の無い話ね。……でも参考になったわ。ありがとう。うぅ……」
箒に乗って空を飛ぶ空想を無慈悲に絶たれ、白石先輩は若干涙ぐんでいた。
それにしても、考察がリアルである。箒の魔法に対して気温の逓減率を持ち出してくるなんて、夢が無いにも程があるが、そんなところがこの本の魅力なんだろうな。
「でも悪いばっかりじゃないみたいですよ。技術さえ身につけてしまえば、自転車よりずっと速いですし、渋滞も関係ナシ。車みたいに燃費を気にすることもないし。低空飛行ならそれほど寒くないでしょうって書いてありますし」
「そ、そうよね! 箒だって捨てたもんじゃないわよね!」
白石先輩は鳴瀬さんのフォローのおかげで元気を取り戻したらしい。ほんと、コロコロ表情が変わるというか、感情表現が豊かだよな、白石先輩って。
続いて質問したのは鶴松先輩だった。
「なかなか良い発表だったぜ、鳴瀬。一つ質問なんだが、その本を読んで、一番使ってみたいと思った魔法はどんなんだ?」
ふむ。実際に本に書いてあるリアルすぎる注意や使用法を読んだ上で、鳴瀬さんが実際に使ってみたい魔法か……。う~ん……なんだろう?
「ウチが使ってみたい魔法、ですか?
そうですね……なぎさ先輩に言われた箒魔法もそうだと思いますが、やっぱり飛べる魔法ってロマン感じちゃいますよね。機械に頼らず、魔法とはいえ自分の力で飛行する感覚……味わってみたいですね~。練習しないと事故りますけど」
「はは。そうだな。てっきりお前のことだから、霊界と通信する魔法とかだと思ったぜ」
「そりゃあ霊界と通信する魔法なんて使えたら面白そうですけど……それこそ魔法に頼らずとも実現可能な技術だと、あるオカルティストは言ってましたし。とある異界研究の専門家に言わせれば――」
「……ああ、もうわかった。わかったから。俺が悪かった」
「……? まぁ先輩が納得したのならいいんですけど……」
やはり安易な気持ちで鳴瀬さんにオカルト話を振るのは危険だ。今も、鶴松先輩が強引に話を打ち止めにしなかったら、延々と持論を語り続けていたところだろう。オカルトスイッチが入ってしまった鳴瀬さんから逃れるのは至難の業なのである。
……と、そこで終了の時間がやって来て、進行役の僕は手元のベルを三回鳴らし、発表終了を告げた。
鳴瀬さんの発表……良かったな。発表が始まるまでは、また前回みたいに持論をぶちまける展開になるんじゃないかと不安だったけど、良い意味で期待を裏切られた発表だったと思う。
鳴瀬さん程じゃないにしろ、僕もオカルトっぽいものは結構好きで、魔法が絡むファンタジー小説も好んでよく読んだりする。だから、魔法を現実的に見つめ直す『How to use Magic』には非常に興味をそそられた。
……さて。四人の発表が終わって、ようやく投票タイムだ。
今回のビブリオバトル……チャンプは誰の本になるのか…………。
進行役として参加して、自分では発表していないのに投票結果を心待ちにしている自分に気がついて、自然にフッと笑みがこぼれた。
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