第3話 ちょっとツラ貸せ
食堂で変な先輩に遭遇したものの、その後は特に何事もなく一日が過ぎた。
授業中にオタキングがヴィータを没収されたりしてたけど、まぁこのクラスにとっては日常茶飯事である。
やがて終礼を告げる鐘が鳴って、クラスメイト達は三々五々、各々の部活へと散っていく。クラスで僕を除いて唯一部活をやっていないおたく野郎は、今日は撮り貯めした深夜アニメを消費しないといけないのだ、うっひょう! とか言って、やたらテンション高く帰って行った。さてと、僕も帰るとするか。
教室の戸を閉めるとき、誰もいない教室の光景が目に映る。
西日の差し込む教室には、誰もいない。みんな部活に入っているんだから当然だ。五月初頭のこの時期、どの部活でも入部したての一年生は練習や何やらが大変であろうことは想像に難くない。
クラスで暇なのは言ってみれば僕だけだ。
いいのだ。それで。放課後、好きに、自由に過ごせる。それで幸せじゃないか。
頭ではそう思っているし、自分に嘘をついてるつもりもない。
……なのにどうしてだろう。オレンジ色に染まる教室の床、風に揺れるカーテンを見ていると、小さなさみしさが胸にちくりと刺した。
昇降口を出ようとしたとき、不意に声をかけられる。下駄箱の並びの影からぬっと姿を現したのは……長身の美男子、鶴松先輩だった。
「よう」
「あ、ど、どうも」
なんだろう、先輩が僕に何か用? まさか部活の勧誘? ……だとしたら断るのも面倒だなぁ、などと考えていると、先輩は唐突に話を切り出した。
「お前、高野って言ったよな」
「は、はい」
「高野って名前と、その分厚い黒縁メガネ。あと……いかにもクラスで目立たなさそうな雰囲気というか、見た目というか……」
鶴松先輩はもう一度、眺めまわすように僕を見つめると、ニヤリと口角をあげてつぶやく。
「……俺、やっぱりお前を見たことがあるなぁ」
「気のせいじゃないですか。僕は先輩のこと、その、知らなかったですし」
「お前が俺を知らなくとも。俺はお前を知ってる。カマトトぶってるようだが、俺には通用しないぜ。見てくれは変わってるが、あれは忘れもしない、二年前……」
心臓がドキリとした。
……この人は、知ってる? なぜ? いつ、僕はこの人と接触した?
自分でも気づかぬうちに、動揺が顔に出ていたのだろう。自分の見立ての正しさを確認して、鶴松先輩はニッと悪戯っぽく笑う。
「高野……お前、全国中学ビブリオバトルの準チャンピオンだろ」
体中のあらゆるところからどっと汗が噴き出す。
なんだ? なんなんだこの人は? いや待て焦るな、落ち着け。先輩は僕がそうなんじゃないかって疑ってるだけだ。ごまかせばきっと……
「どうなんだ、高野?」
「…………」
「黙ってばかりいないで、なんとか言ったらどうだ?」
答えを急かす先輩。こういう時、僕はやはり黙っていることしかできない。それが僕に許された唯一の抵抗なのだ。
何も答えない僕に対して、先輩は苛立ちを隠せない様子だった。
だけど話してどうなることでもない。もう、捨てた過去にこれ以上振り回されるのはごめんだった。
「ちっ、もういい!」
舌打ちをして所在無げに頭を掻く先輩を見て、とりあえずこの場は凌いだと思った。鶴松先輩がなんのために僕を探していたのかは謎だったが、今後もなるべく関わり合いは避けるべきだろう。
先輩と目を合わせるのもためらわれて、僕はそのまま昇降口を出ようと歩いていく。
その腕を鶴松先輩が突然引っ掴んだ。
「……ラチがあかねえ。ほら、ちょっとツラ貸せ」
「えっ先輩、ちょ、まっ……!」
ぶっきらぼうに言って、鶴松先輩は僕の腕をつかんで一方的に歩き出す。
「ちょっと待ってください! どこに連れてく気ですか?」
「けっ。お前が黙秘を貫くなら、俺も黙秘権を行使させてもらう。お前の質問に答える気はねえ。黙ってついてこい!」
なんて暴論だ……。僕はこれからどうなるんだろう。鶴松先輩がどんな人なのかもわからないし。このまま体育館裏に連れてかれてぼこぼこに殴られて財布の三千円をカツアゲされるのかなぁ……。
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