第2話 校則とイケメンの先輩

 一時間目が終わって、二人してこのまま早退しちまうか、なんて話していたが、委員長がこちらをジッと睨んでいたので、思い直して、素直に職員室へと向かった。


 職員室の戸を開けると、休み時間も短いということで、担任の藤野先生は単刀直入に切り出した。


「高野、久方。お前らなんで呼び出されたかわかってんのか?」


 僕らは顔を見合わせて沈黙する。どうせ試験が赤点だから呼び出されたのだ。こういう時は先生の逆鱗に触れぬよう、おとなしく黙っているに限る。成績底辺者の常套スキルだ。

 藤野先生はだんまりを続ける僕らに痺れを切らして、はぁ……と深く息をついてから口を開く。


「高野、今、何月だ?」


「五月です」


「そう……もう五月なんだよ。なのに……お前らな……!」


 藤野先生はこぶしをわなわなとふるわせて言う。


「うちのクラスでお前ら二人だけだぞ、部活に入ってないのは! 知ってるだろう? オリエンテーションの時に説明しただろ、ウチの学校の規則!」


 あー……そっちかぁ……と、僕らはようやく職員室に呼び出されたわけを把握した。


 僕らが通う青葉高校では、生徒はみんな何らかの部活動に所属することが学園規則で決まっているのだ。校長先生だか理事長だか知らないけど、学校のエライ人の方針らしい。

 そういうわけで入学式が終わってからすぐに、各部で熱烈な新入生勧誘が、校門前や昇降口、廊下のあちこちや、果ては男子トイレにおいてまで行われる。

 ほとんどの一年生はその時に何らかの部活に入部することになるのだが、僕もオタキングも執拗な入部勧誘を回避して今日に至るというわけだ。


 だってねぇ……せっかくの高校生活三年間を部活に捧げるような、そんな暑苦しい青春、僕はゴメンだった。その点に関しては、オタキングも同じ気持ちだったが……哀しいかな。僕らみたいな人種は、とにかく波風たつのを嫌う。この時もそれからしっかり藤野先生に説教されてから職員室を出た。


 職員室から教室へ戻る途中、オタキングはふと立ち止まった。


「……でさ。高野くんはどうするの部活?」


 それは先生に説得されるがまま、部活をやるのか、という意味だろう。

 職員室では無言を貫いていた僕であったが、先生の言いなりになるつもりは毛頭ない。とりあえず急場しのぎになればいい……無言の沈黙は僕にとっての抵抗の意志でもあった。


「……やるわけないだろ、部活なんて。くだらない」


 それを聞いて、オタキングはニカッと笑顔を見せる。戦場で同志を見つけたような笑顔であった。


「だよな! 俺も先生の言いなりってのはむかつくしな。大体、興味ある部活がないんだよなぁ」


「じゃあ、何か入りたい部活でもあったの?」


「……そう聞かれると困るんだが……そうだな、ゲーム部とかあったら入ってたかもな!」


 うん、一般的な学校にはなさそうな部活だね。


「そう言う高野くんはどうなのさ? なんで部活入らないの? いつも本読んでるし、文芸部とか向いてるんじゃないかなって思うんだけど」


 オタキングの問いに、少し考えてから僕はつぶやく。

「……たとえばさ。みんなでスマブラやるとするじゃん?」


「え? う、うん」


「四人対戦だったとして、プレイヤーが全員本気でやるから楽しいだろ」


「まぁそうだね。切断厨とか、空気萎えるよな」


「わかる。けどまぁそれは置いといてさ。全員本気でやるから楽しいのに、たとえば一人自滅を繰り返すような、明らかに本気で対戦していないプレイヤーがいたら、どう思う?」


「え? そりゃぁ、真剣にやってる方としては腹立つよな。試合開始後即切断とかやめてほしいわマジで」


「まぁ……つまりね、僕が言いたいのはそういうことだよ」


 オタキングはしばし目をキョトンとさせ、わかったような、やっぱりわからないような顔をしていた。





 やがて午前中の授業が終わって昼休みになると、僕はいつものように食堂へ向かった。

 青葉高校の食堂は安い割においしいメニューが多く、生徒たちにも非常に人気だ。そのぶん量が若干少なかったりするのだが、その点も、ダイエット志向の女子たちには人気らしい。

 それで昼休みの食堂はいつも大混雑になってしまうのだ。四時間目の授業が終わり次第、走って行っても、食堂にはすでに長蛇の列ができていた。


 これは十分くらいかかるかもな……。やれやれと僕は列の最後尾につく。


ホントにそのくらいかかってからようやく席に落ち着いてカレーうどんをすすっていると不意にテーブルの向かい側にお盆が置かれて、顔を上げると、爽やかなイケメンが苦笑いしていた。


「悪ぃな、ほかに席がなくってよ」


「ああ、別に構いませんよ」


 お盆にラーメンを載せてやってきたのは長身の男子。腕まくりしたワイシャツがスポーティな爽やか系美男子だった。周りを見てもテーブルはいっぱいになっていて、彼も他に食べる場所が無かったのだろう。


「そうか助かる。ん、お前、一年生か?」


 言われてから気がついたが、向かいの席の男子生徒は二年生だった。


 青葉高校の上靴は入っているラインの色が毎年ローテーションで変わるようになっていて、生徒の学年がわかるようになっている。今年は緑が一年生、青が二年生、赤が三年生を表す。


 二年生の先輩はラーメンをすすりながら器用に話す。


「俺、鶴松つるまつっていうんだ。よろしくな」


「鶴松先輩。こちらこそよろしくお願いします。あ、僕は高野って言います」

「なんか先輩って言われるのも慣れないな……。まぁいいや。高野は何部入ってんの?」


 うわぁ、きたよこの話題。部活のせいで朝から先生に呼び出しされるし、今日はなんだ……厄日か。


「えーっと……ちなみに先輩は何の部活を?」


「ん、俺か? う~ん……説明するのがちと難しいんだが……文芸部じゃない文芸部というか……。いや、断じて文芸部なんかではないんだが、ふむ……」


 何やら悩みだす鶴松先輩。やたらと文芸部ではないことを強調していたのが気になったが……先輩が悩んでいる間に、カレーうどんを食べ終えた僕は席を立つ。


「食べ終わったので失礼します」


 メガネをかけ直してそそくさとその場を後にしようとしていると、

「高野。お前どこかで……」


 何か思いついたように鶴松先輩はジッと僕を見つめる。

 しかし、先輩とは今日が初対面だし、何かの記憶違いだろう。


「えっ……気のせいですよ。それじゃ、僕はこれで」


「あ、ちょっと待て!」


「は、はい? なんですか?」


 まさか部活に勧誘でもされるのかと思っていたが、鶴松先輩の口から出たのは、


「先輩として一つアドバイスしておくが、メガネはやめておけ。絶対、コンタクトにした方がいい。お前の今後の人生のためにもメガネだけはやめておけ。

 いいか。メガネはやめておけ!」


 くどい。いくら先輩にとって大事だったことだったからって、三回も繰り返さなくても……。しかも、内容が謂れのない罵倒である。僕のメガネが一体彼に何をしたというのか。

 ついさっきまでは気さくに話をしてくれるイケメンの先輩イメージが、一挙に霧散していくのがわかる。


 僕は先輩の意味不明なアドバイス? に苦笑しつつ食器を片づけに行った。

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