ビブリアンズ!
秀田ごんぞう
第一章 アンニュイな僕と主人公の席
第1話 主人公の席
教室の席順には意味がある。いつの日か、誰かが、そう言った。
黒板に向かって一番左側。窓際の席の最後列で、掃除ロッカーの前。僕、
数多の学園小説の中で主人公はこの、窓際の最後列の席に座り、授業中に窓からの景色をぼんやりと見つめつつ欠伸をする。そんな折、転校生の女の子がやってきて、主人公の壮大な物語が幕を開けるのだ。そんな小説を僕は、いくつも読んできた。それこそ、数えきれないくらいに。だから、思うのだ。
この席は選ばれた者の席であって、僕みたいな凡平な一高校生には到底似つかわしくない。物語の主人公なんて僕はまっぴらごめんだ。
小説にしろゲームにしろ僕は、その物語の主人公になりたいと思ったことは一度もない。
感情移入して楽しむことはあっても、それはあくまで僕が読者、あるいはプレイヤーだからこそ楽しめるのであって、その当事者にとっては全然楽しくもなんともなく、むしろつらい、悲劇的な出来事の連鎖だ。
僕はそんな物語の鎖の中に組み込まれるのが嫌だったし、だからして席替えでこの席に座ってしまったものの、正直言って、
鳴瀬さんは僕のクラス、一年D組の学級委員長でみんなからは親しみを込めて委員長と呼ばれている。
入学式が終わってすぐ、クラスの学級委員長を決めようということになって、どうせくじ引きかなんかで決めるんだろうと思っていたのに、なんと、鳴瀬さんは委員長に立候補したのだ。僕にはとてもじゃないが、そんな真似はできない。
委員長というのは、やったことはないけど、細々とした雑務がたくさんありそうで、進んでやりたいとは思わないのが普通だと思う。つまり、鳴瀬さんはそんな僕の平凡な考えから外れた非凡な種類の人間であって、そういう人間にこそ、いわば物語の席たる窓際の最後尾の席がふさわしいと思えるのだ。
なお、彼女はくじ引きで僕の列の一番前の席に座っていた。僕は眼鏡をかけており前の席の方が黒板も見やすいし、正直言って席を交換してほしかったが、一度決まったものを突っぱねるだけの理由もないわけで。結局は今、こうして窓際の最後尾の席に静かに腰を下ろし、朝のホームルームが始まるまで一人静かに読書でもしていようと、カバンから文庫本を取り出した。
そんな折、右方から怪しげな笑い声が聞こえてきた。
見ると、大きめのヘッドホンを耳につけた男子生徒が教室に入ってくるところだった。
彼は僕の前の席までやってくると、いつものように一人で薄気味悪くニタニタと笑いながら席について、カバンを机の横にかけてからようやくヘッドホンを外した。
僕はヘッドホンを外した彼の背中につぶやいた。
「おはよう。オタキング」
「ああ、おはよう、高野くん…………っておぬし! 俺の名はオタキングなどではない!」
彼はこーいうやつだった。
名前は
オタキングというのは誰がつけたのか不明だが、不思議と彼の性格行動その他もろもろに実にマッチしたあだ名であり、今や久方と言っても誰? と返されるほどに浸透している。その名の通り、久方はいわゆるおたくというやつで、今も鼻息荒げて僕に話しかけてきた。
「ところで高野くん。今期アニメ、何がおすすめ?
いやぁ迷っちゃうよねぇ、今期結構豊作だしさぁ……前冬アニメは絶不作だったからね。今期には期待が持てるよ、マジで。とりま、『レジンだりーマナ子』の二期は鉄板ですよね? それと俺が注目してるのは、今期から始まった新シリーズで『異世界に行った俺は昔離れ離れになった幼馴染と再会したのだが、ラスボスは実は妹で!?』ってアニメなんだけど……って高野くん、聞いてる?」
「聞いてないよ」
「なっ! きみねぇ、人の話はちゃんと聞こうぜ?」
「そうか。しかし、オタキング。君は人ではない。サブカルの世界より出でし、萌え豚だ」
言い捨てるようにつぶやき、僕は開いていた本のページに視線を落とす。
オタキングはこんな感じで、突然脈絡もなくおたく話を振ってきて、延々と自説を述べてしまうのが癖なのだ。それが彼がオタキングと呼ばれる所以の一つなのだが、付き合ってやるだけ無駄というものだ。
ちらと見やると彼は再びヘッドホンを装着し、己の世界に浸っていた。どうせ聞いてるのは濃ゆいアニソンだと思うけど。
そのうちに先生がやってきて朝のホームルームが始まる。
いつもと変わらぬ、いつもの風景。小説の中みたいに胸わくわくの物語はそんじょそこらに転がってはいない。高校一年生の僕にとっての現実はひどく希薄で退屈な景色の連続だった。
連絡事項を聞きながらぼんやり窓の外を見ていると、ふと、小さなため息が漏れた。これも小説……とりわけライトノベルの主人公にはよく見られるシーンなのだけど、実際にこの席に座っていると、彼らの気持ちも少しわかる。
教室中を見渡せるこの席についていると、教室の中の出来事がどこか他人事のように客観的なものに思えてきて、自分だって教室にいる一生徒なのだが、そのことが頭から抜けて、テレビや何かのモニターを通して世界を見ているような……そんな錯覚を覚えるのだ。
見れば、前の席のオタキングなんか、先生の話なんかまるで聞いちゃいない。
さすがにヘッドホンは外しているが、机を盾のようにして週刊漫画を読みふけっている。なんという姑息な奴だろうか。
ともかく、そんなわけで僕はひどく退屈した気持ちでいたのである……が。
「…………えー、と連絡はこれくらいだな。あー……あと、高野と久方。お前ら、一時間目終わったら職員室に来ること。以上」
先生はそれだけ言ってチャイムと同時に教室を出て行った。
え……呼び出し? 僕、なにかしたっけ? しかもオタキングも?
急な呼び出しに心臓がばくつく。
隣の席の村瀬さんが「ねぇ、高野くん何やらかしたのよ?」と興味津々な顔で訪ねてくる。とくに職員室に呼び出されるようなことをした覚えはないんだけど……。
「オタキング、オタキングってば!」
週刊漫画雑誌に夢中なオタキングの集中力はすさまじく、声をかけても返事すらしない。
これだからおたくってやつは。
「いやぁ、さっき言いそびれたんだけど、僕が今期注目してるアニメなんだけど……」
「ア」 「ニ」 「メ」という単語を耳にした途端、オタキングは目を少年のように輝かせて振り向いた。この転身の早さはさすがというべきか。
「何々? やっぱ高野くんも注目してるんじゃないですか!」
「嘘だよ」
「何ィっ! 貴様、たばかったなっ!」
「茶番はいいから。オタキング、さっきの話聞いてたでしょ? なんか僕らだけ呼び出しくらったみたいなんだけど、心当たりとかってある?」
「呼び出し? え……マジで?」
どうやら本当に耳に入ってなかったみたいだ。
「それがマジなんだよ。僕は心当たりないんだけど……」
「いや、俺もないな。せいぜいこの間のテストで赤点とったくらいか?」
「あー僕もこないだのテスト、数学が2点だったわ」
「…………」
「………………」
「「それかっ!!」」
クラスメイトがいたたまれない視線を向けていたが、哀れかな、僕たちは気づかなかった。
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