第48話 鳴瀬さんの奇策

 どの口が言うか。僕はまったく知らなかったが、あらかじめ作戦会議をするためオタキングもモールに呼び出されていたようだ。彼はあくまで偶然を装っているが、裏で鳴瀬さんと打ち合わせしていたであろうことは明白だ。




「二人して僕をからかっていたの?」




「そういうわけじゃないけど、久方くんがいるといつも話が脱線するし、高野くんからちゃんと話を聞くまで近くに隠れててもらったの」




「……やっぱり委員長、俺の扱いヒドくね?」




 鳴瀬さんから連絡を受けるまで、久方はモール内のゲームコーナーにずっと潜伏していたらしい。メダルゲームで子どもたちか羨望の眼差しを集めていたようだけど、そんなことはクソどうでもよかった。




「さて、ようやく役者は揃ったわね」




「いやいや分断したのアンタじゃん」




「うるさいわね。細かい男はモテないわよ」




「ぐっ……!! いいんだ、俺にはアニメがある。世間一般のモテなどなくてもかまわない! むしろ本望だっ! わが生涯に一片のモテすら不要なのだ!」




「すでに脱線してるし。……ていうか、オタキング。そんな僻み根性むき出しの目で言っても、まるで説得力ないよ」




 さすがはオタキング、というべきか。彼の登場ですでに場は荒れていた。ついさっきまで鳴瀬さんと真面目な話をしていたのが嘘みたいだ。




「高野くん、話は大方聞かせてもらった。ま、元気出せって」




「雑だな、おい!」




「まあまあ二人ともその辺にしときなよ。いい加減、読者も飽き飽きしてるよ」




「だから読者って誰!?」




「それで委員長が持ってきたチラシだが……他校の創立祭がどうだというんだ? 文芸部の廃部回避に何か関係があるとは思えないのだが」




 強引に話を引っ張ってきたオタキング。だけど、僕も彼に同意見だ。




 現在、僕らが所属する青葉高校文芸部は廃部の危機に瀕している。他の部活と違って目立った実績もなければ活動内容も適当だったせいで、生徒会から不要な部活と判断されているせいだ。文芸部を廃部にしようと処理を進めているのが、生徒会の副会長、雨宮先輩。鶴松先輩と何やら因縁があるみたいだけど、深くは知らない。鶴松先輩が感情に振り回されるなんて、珍しいこともあるもんだと思ったけど、雨宮先輩はそれだけ手ごわい人なのだろう。この間、文芸部の活動視察のため、ビブリオバトルを見学に来たけど、結局雨宮先輩の心を動かすことはできず、現状、廃部の線で生徒会は動いている。




 せっかく入った文芸部だし、みんな、ビブリオバトルの楽しさを感じ始めていた。


 それで廃部を回避するための策を、この休日に各々考えてくることになったのだ。


 せっかくチャンプ本を勝ち取ったビブリオバトルなのに、雨宮先輩のせいで気分を台無しにされた鳴瀬さんは、人一倍意気込んでいて、彼女の発案で僕ら一年生トリオはモールで作戦会議をすることになった、というのがそもそもの話の流れだった。




「まあ、まずはそのメガネとっちまえよ、高野くん」




 オタキングが出し抜けにつぶやいた。




「だって伊達なんだろ? いつまでもおしゃれぶってんな。君は高校デビューに失敗したことをいい加減、認めるべきだ」




 訳知り顔で話すオタキングに、いらっとする。そりゃ裸眼でも視力に問題はないけど、そういう問題じゃない。この伊達メガネは僕にとっては大事な決意の――




「そうね。外してみたら? 高野くん、メガネかけてない方がウチは好きだし」




「な……ばっ……鳴瀬さんってば、何言ってるの!?」




「高野くんの伊達メガネはひとまず置いといて……話を戻すわよ。二人は何か廃部を回避するための作戦、考えてきた?」




 強引に話を戻した鳴瀬さんに苦笑する。僕はぎこちなくメガネの位置を指で直しながらつぶやく。




「正直、あまりいい案は浮かばなかったな。ありきたりだけど、冊子販売とかくらい」




 文芸部の活動って言われても、ビブリオバトル以外だと本を読むのが主だし、わかりやすい大会があるわけでもない。みんなで小説の公募に応募するというのも考えたけど、部としての活動というよりは、やっぱり個人の活動って側面が強いと思うし、そもそも僕は小説みたいに長い文章を書けっこない。雨宮先輩含め、生徒会の人たちが言うことも一理あって、文芸部はやはり活動らしい活動がないのだ。いや、正確にはアピールできるような実績のある活動がない、とでも言うべきか。




「久方くんは何か考えてきた?」




 委員長の問いかけに彼は眉間にしわを寄せて悩むそぶりをしてから、やがて一人得心した顔で頷いて、にっ、と口角をあげて答えた。




「……苦渋の決断だが、やはりこれしかないだろう。わが文芸部が誇る稀代の美少女、白石先輩と、委員長の二人によるコスプレダンスユニットを組んでコミケの海へと乗り出す他あるまい」




 やはりオタキングはどこまでもオタキングだった。最もそれが、彼がクラスメートからオタキングと呼ばれている所以なのだけど。鳴瀬さんも、残念な目で彼を見つめ、やをら大きくため息をついた。




「あなた達に期待したウチが間違っていたわ」




「たち……ってことは僕も入ってるの? 心外だよ鳴瀬さん! 僕をこんなオタク野郎と一緒にしないでくれ!」




「え……なんかやっぱり俺の扱いひどくね?」




 鳴瀬さんはバシッとテーブルに平手を叩きつける。周りの席のお客さんたちがびくりとしちゃうくらいの音がして、卓上のコップの水が零れそうになった。




「ふざけるのもその辺にしてもらっていい? ウチ、話、進めたいからさ?」




 二コリと笑う鳴瀬さんの顔はまるで魔王のような怖さがあって、僕もオタキングもすっかり気圧されて、黙ってコクコクと首を頷かせる。




「生徒会がいちゃもんつけてるのは、要するに文芸部に予算を割くに足る対外的なアピールポイントがないってことでしょ?」




「うん……まあ、そうだろうね。他の部は大会とかに参加せずとも、文化祭やその他のイベントを催したりしてるらしいし」




「うむ。文芸部には白石先輩の美貌を除いて、これといって人を惹きつけるものはないしな。文化祭も冊子配るくらいだけで、なんか地味だしな」




 白石先輩の美貌はともかくとして、オタキングが言うように、文芸部にはこれといって目立つ活動がない。今年からビブリオバトルをやるようになったけど、結局は内輪の活動であって、アピールポイントとしては弱い。僕が中学の頃出場したように、ビブリオバトルにも大会はある。だけど、この時期に開催されている大会はない。甲子園みたいに、夏に大きな大会があるが、それより先に廃部になってしまう。


 これでも僕だって、自分なりに廃部回避のために何かできないか考えてきたのだ。考えたのだけど……一向に良案が思い浮かばなかった。




「なければ作ればいいのよ。実績なんてでっちあげればいいの」




 やっぱり、とんでもないことを言い出した。




「でっちあげるって……え!? どういうこと?」




「何も嘘をつこうってわけじゃないわよ。二人ともこれを見て」




 そう言って、鳴瀬さんはさっき僕に見せた白城野学園の創立祭のチラシを僕と久方に見せる。




「さっきも見せてくれたけど、白城野学園の創立祭が文芸部に何か関係あるの?」




「大アリよ。白城野にも文芸部があるみたいなんだけどね、とある筋からの情報によれば、この創立祭で参加型の大きなイベントをやるみたいなの。参加条件は好きな本を持ってくること」




「まさか……」




「そう……白城野学園の文芸部は創立祭でビブリオバトルのイベントをやるみたいなの。ウチらは青葉高校代表としてビブリオバトルに参加し、チャンプになる」




「なるほど……まあ一応、対外的な活動実績にはなるか」




「でも、なんていうかその……」




「高野くんの言いたいことはわかるわ。生徒会へのアピールとしては弱いんじゃないかってことよね?」




 僕は鳴瀬さんの言葉に首肯する。他校で開かれるビブリオバトルに参加するっていうのは、確かに文芸部の活動実績にはなると思う。だけど、大きな大会ではないし、運動部の公式な大会と比べるとやっぱりアピールポイントには欠けるんじゃないだろうか。




「生徒会の人たちを納得させる、ってのにはちょっと弱いんじゃないかな?」




「まあね。別に全国大会ってわけじゃないし。だいたい、この間のビブリオバトルでの雨宮先輩の態度から見るに、あの人、文芸部ってよりは鶴松先輩を個人的に敵視してる感じなのよね。いくら活動実績を上げたところで、果たして廃部回避に効果的かは疑問ね」




 僕はよく知らないけど、鶴松先輩と雨宮先輩には何やら因縁があるようで、文芸部が生徒会に目をつけられたそもそもの発端も鶴松先輩にあるらしい。だけど、そんな事情僕らにはどうしようもない。




「でも、そんなに自信満々に言うからには、委員長には何らかの秘策があるんだろ?」




「もちろん。……作戦はシンプルよ。文芸部の中から何人か、青葉高校の代表として白城野学園で開かれるビブリオバトルに参加する。できればチャンプになりたいものだけど、とにかく目立った活躍ができればOKよ」




「でも、その作戦だと結局、生徒会の人を納得させるのは難しいんじゃない?」




「別に納得させる必要はないわ。そもそもあいつらを納得させるなんて、今のウチらには正直できっこないもの。……だから、発想を逆転させるのよ」




 鳴瀬さんはコップの水を一口啜ると、したり顔で僕らを見渡してから言った。




「飛び入り参加のウチ達が華々しく活躍したら、白城野学園の文芸部だって、またビブリオバトルや他のイベントをやってみたいって思うはずよ。……いいえ、そういう印象を持ってもらえるようにするの。白城野としては、青葉の文芸部が廃部になっちゃうのは困る。そういう状態に持っていく」




 ……鳴瀬さんの作戦の意図がようやくわかった。文芸部が他校にとって必要な存在として認識されれば、生徒会もおいそれと廃部するわけにはいかなくなる。




「なるほどな……。しかも相手はあの白城野学園、か。委員長の作戦を実行に移すなら最高の相手じゃないか」




「そう。なんと言っても、白城野だからね」




「……よくわからないけど、白城野だと何かあるの?」




 僕がそう尋ねると、二人はやれやれといった体で教えてくれた。




 白城野学園は県内屈指の進学校であると同時に、立地が青葉高校のすぐ近くということもあって、交流が盛んなのだそうだ。文化祭や体育祭の時には両校で交流のイベントがある位で、知らない僕はオタキングにひどくバカにされた。だって、学校行事とか興味なかったし、高校決めたのだって、家から近いからだったし、仕方ないじゃないか。




 それはともかく。鳴瀬さんの話によれば、今回の白城野の創立祭にはうちの生徒会もお呼ばれされているらしく、ビブリオバトルの結果次第ではあるけど、やってみる価値はありそうだ。というか、彼女の作戦以上に有効な手立てが思い浮かびそうにない。




 僕もオタキングも生徒会へ報告できるような活動実績のことばかりを考えていたけれど、鳴瀬さんはもっと広い視野を持って文芸部のことを考えていた。こういうところは素直に凄いと思うし、さすが我らの委員長である。だけど、彼女の裏の性格を知っている身からすると、別の目的があるように思えてならない。




「でもさ……それだけじゃないんでしょ?」




「そんなことないわ。……まぁ、ついでにオカルトウェーブを他の学校にも広めたいとは思っているけど、それは関係ないし」




「絶対、そっちのが大事に思ってるよ!」




「それに今回は高野くんの青春もかかっているし、白城野とのビブリオバトルは一石三鳥なのよ」




「僕の青春? なんのこと?」




 鳴瀬さんはオタキングを手招きして、ニヤニヤしながら耳打ちする。話を聞いた彼は僕の肩にポンと手を置いて、いぶし銀のキャラクターを演じているような声色でつぶやいた。




「……話は聞かせてもらったぜ。水臭いじゃないか、兄弟」




「僕は君の兄弟にあったつもりはないし、なりたくもないんだけど」




「今こそ、想い人を振り向かせるチャンスじゃないか。微力ながら、俺も協力させてもらうぜ」




「はぁ!? 何言ってんだよ!?」




 なんだかよくわからないうちに、鳴瀬さんと久方はすっかり結託してしまったらしい。二人の目は決意の炎に揺れていた。彼らの熱意を退ける術を僕は持っていなかった。




「さぁて。そうと決まれば、今日は決起集会ね! 二人ともじゃんじゃん頼みなさいっ!」




 改めてメニュー表を手にした鳴瀬さんが声高に言った。




「景気良いのは結構だが、委員長。お代は大丈夫なのか? 言っとくが俺はさっき課金用のGoogleプレイカードと、出来の良いフィギュアを買ったから、ほとんど金はないぞ。見ろ、財布の残金は800円だ」




「なぜ君がその残金で偉そうにしていられるのか、僕にはまったくもって理解不能だよ」




 僕がそう言った後の鳴瀬さんの発言はまさに『鬼畜』とでも言えばよかろうか。




「相変わらず、下んないものばっかにお金使ってるのね、久方くんは。でも大丈夫、今日のご飯代は高野くん持ちだから」




「……え?」




 一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。


 鳴瀬さんはきょとんとした顔で、至極当たり前のことを言うようにしてつぶやく。




「……え? だってそうじゃない。ウチと久方くんは高野くんの恋路を応援してあげるのよ? まさかタダってわけにはいかないわよね」




「僕の恋路!? 何言ってるの鳴瀬さん!? 意味わからないよ!」




「うんうん。確かにそうだな。ま、君はそんな感じでいいと思うよ、高野くん」




「知ったような顔で、僕の肩に手を置くのをやめろ、オタク野郎!」




 二人して人の恋路とか、わけわかんないことばっか言いやがって。


 結局二人に押し切られる形で飯代をおごる羽目になって、僕の財布は瀕死寸前の状態になってしまった。あーあ、買おうと思ってたゲームあったのになぁ……。






 でも――鳴瀬さんと久方との三人で、互いに気を遣わない言葉を交わしながらの食事は楽しかった。だからかな、財布の財産はほとんど無くなったけど、不思議とそんなに悪い気はしなかった。

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