第51話 無情な押し付け
ん……? ポケットのスマホがぶるぶる震える。画面を確認すると久方からのメッセージが届いていた。
「ねぇ鳴瀬さん。オタキングから『迷った。助けて』ってメッセージ来たんだけど、どうする?」
「……放っておきましょ。ウチらはまず受付を済ませないと」
オタキングは放っておいてもその辺の出店で創立祭を楽しんでいることだろう。
先ほど入り口でもらったパンフレットを確認すると、ビブリオバトルの受付は文芸部の部室でやっているみたいだ。
パンフレットにあった簡単な地図を頼りに文芸部の部室へ向かう。
改めて僕らの学校とは違うなぁと思わせる。廊下はきれいに掃除されていてピカピカだし、青葉高校の西校舎とは雰囲気からして違う。全然埃っぽくない。
文芸部の部室はすぐにわかった。
部室の前には受付の机が設置されていて、係の女子生徒が座っていた。
「あの、ビブリオバトルに参加したいんですけど……」
「もしかして参加希望の方ですか!? やったぁ~っ!」
受付の女子生徒は僕らが参加希望者と知ってやたら喜んでいた。
「いやぁ助かりました。実は参加希望の方が集まらなくて、さっきやった午前の部は完全に身内大会だったんですよ。ひどいと思いません?」
「そうだったんですね。ビブリオバトルってマイナーですもんね」
「文芸部の私も実は自分で参加するの初めてなんですよ。お二人とも参加ってことでいいですね?」
「あ、ごめんなさい。参加するのはこっち。ウチはただの付き添いです」
「ふーん。彼女さんを引き連れての参加なんて、モテ男は大変ですなぁ」
「聞いた、高野くん? ウチ達、カップルらしいわよ!」
「生憎、そんなんじゃなくて、同じ部活の友達です」
なんで鳴瀬さんが嬉しそうにしてるのかわからないけど、初対面の人にずけずけ冗談言えるこの女の子もいい性格してると思う。
「ふーん。そういえば、その制服……ひょっとして青葉高校の人ですよね?」
「そうですけど……」
「やっぱり! 実は私、気になる人がいて……その界隈では、すごい有名人なんですよ。『業界の救世主』という通り名がつくくらいです」
そんなすごい有名人ウチの学校にいたっけ?
僕が思い浮かぶ有名人……といえば鶴松先輩くらいだ。あの人の人脈はちょっと異常だし、白城野に知り合いがいても不思議ではない。だけど『業界の救世主』ってイメージではないな。どっちかって言うと、影で暗躍している暗君みたいだ。
というか、そもそも僕の交友関係は狭い。クラスでよく話すのだって、オタキングと鳴瀬さんを除けば、隣の席の村瀬さんくらいだ。
鳴瀬さんなら委員長やってるし、交友関係も僕よりずっと広いはず。
だが、彼女と顔を見合わせるも、特に思い当たる人はいないみたいだ。他校にも知れ渡るような有名人……そんな人いたら、僕だってちょっと会ってみたい。業界の救世主なんて、かっこいい通り名だけど、なんの業界か気になる。
「ウチで力になれるかわからないけど、せめて何かヒントはない? 特徴とか、印象とかでもいいから」
すると、受付の女子は額に眉を寄せる。
「う~ん……ヒントになるかわかりませんけど、その人、『レジんだりーマナ子』にドはまりしてるみたいで。知ってます? 今期の深夜アニメでは二期を放送していて、かなりの良作なんですが……あれ? お二人とも、なんで黙ってるんですか? もしかして心当たりがあるんですか?」
僕と鳴瀬さんは顔を見合わせた。
…………。
僕らはその界隈について異様な情熱を持つ男を一人、知っている。というかそのアニメについて奴はやたらと僕に自分で録画したという布教用ディスクを薦めてきた。
確かに奴はある意味、学内の有名人ではある。だが、他校の女子から気にされる存在などではない。決してない。断じてない。あるはずがない。
もし、仮に彼女の探している人物が、僕たちが知っているおたく野郎だったとしても、実際に奴に出会った彼女はきっと、あまりのオタクぶりに幻滅してしまうかもしれない。
この出会いは皆を不幸にしてしまう。僕はそう思った。
だから黙って素知らぬふりをしていたのだけど……。
「あなたが言っている生徒は今日、この創立祭に来ているわよ? 私たち、同じ部活だし」
「な、なんと!? 今どこに!?」
「あの、鳴瀬さん。やめといた方がいいんじゃ……」
「何を言ってるの高野くん。彼に女友達ができる、人生最後のチャンスかもしれないのよ? 委員長として放っておくわけにはいかないでしょ! ほら、そこのあなた早く行きましょ! どうせ彼は漫研の辺りをフラフラしてるに違いないわ」
「あ、案内してくれるんですか! でも、私、今は受付してて……。もう少ししたら交代の時間なので」
そうそう。オタキングがどこをほっつき歩いているのか知らないけど、まさか受付放り出して行くわけにもいかないだろう。
ま、僕は反対だけど、鳴瀬さんの言うことにも一理ある。今を逃したら、奴に女友達など一生できようはずもない。友の慈悲として、手を貸してやるか。
だが、鳴瀬さんの思考には僕ごときの考えなど遠く及びもしなかったのだ。
「何を言ってるの。時は金なり。善は急げ、よ」
「え、でも受付が……」
「そんなの、そこにいる高野くんにでも任せておけばいいわ。さ、行くわよ!」
「え……? ……えっ!? ちょ、ちょっと鳴瀬さん~っ!?」
僕の叫びも虚しく、鳴瀬さんは受付の女の子を腕を掴んで風のように走っていった。
――なぜ僕が縁のない他校の受付を任される羽目になっているんだ。
怖い。怖すぎる。わけがわからない。
ていうか心細すぎる。とりあえず受付の椅子に座ってはみたものの、何をすればいいか全くわからない。というより脳がこの状況を理解することを拒否している。
一体いつまで僕はこうしていればいいんだ。受付係の子が交代の時間はもうすぐって言ってたけど、一向に誰か代わりの人が来る気配はない。というかここの部員、誰も戻ってこないし、どうなっているんだ? こんなんで白城野文芸部は大丈夫なのか?
だけど僕によその部活を心配している心の余裕は毛ほどもない。
……気まずい。気まずすぎる状況なのだ。
廊下を歩いている生徒たちはほとんどが白城野学園の生徒だ。受付に座る僕を物珍しそうな目で遠巻きに見つめ、何やらひそひそ言いながら歩いていく。
当然だ。僕だって、なぜ他校の生徒が受付係の席に座っているのか、理解できない。
今は部室に誰もいないみたいだけど、ここの文芸部の部員が誰か戻ってきたら、僕はなんて説明したらいいんだろう。そのうちに、交代の人も戻ってくるだろうし。
『受付係の人は僕の友人を探すため、僕のもう一人の連れに強引に連れ出されました。あ、僕は残って受付をやるよう言われた高野って言います。その……後はよろしくお願いします。じゃ』
――自分で言っていて、まるで意味が分からない。
ついでに言えば、何一つ説明されないまま取り残されてしまったため、受付の仕事は何をするものなのかすらわからない。机の上にはノートとシャーペンが置いてあって、その横に部員たちが作ったであろう冊子が二十冊ほど積まれている。この冊子がいくらで販売されているのかも、値札がないからわからないし、そもそもつり銭を入れとく箱もないし、もし今お客さんが来たらピンチだ。いや、違うな。今誰が来ても僕はピンチだ。
やばい、帰りたい。なんか猛烈に帰りたくなってきた。
まずいな。なんか汗かいてきたしとりあえず、冊子でも読んで頭を落ち着かせよう。
そう思って冊子の一つを手に取った時。どこか懐かしさを覚える聞きなれた声が、廊下の右方、階段の方から聞こえてきた。
「ごめ~ん谷川さん、遅くなっちゃった。もう交代の時間だよね? ……って、悟?」
「……涼?」
思いもよらない幼馴染との再会に、僕は鉛を飲み込んだような重だるさが胃の下からせりあがってくるように感じた。
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