第28話 招かれざる客

 久方の発表が終わって、次は白石先輩の番だ。前回のビブリオバトルでは誰もが知る名作『坊ちゃん』を紹介していたけど、今回はどんな本を紹介するんだろう?

 また、誰もが知る名作だったりして……。まさか、そんなわけないか。


「白石先輩、始めても大丈夫ですか?」


「ええ、オッケーよ」


 白石先輩が発表本を片手にすっくと起立したのに合わせて、僕がビブリオバトル開始の合図を鳴らそうとした時、不意に部室の扉が開いた。


「これが、文芸部の新しい活動ねぇ…………」


 扉を開けてやって来たのは、見るからに退屈そうな表情を浮かべた男子生徒だ。

どこかで見かけたような気がするんだけど……誰だっけ。ネクタイの校章と上靴のラインの青色を見るに、二年生の先輩みたいだ。少女漫画の主人公みたいな端正な顔立ちで、鶴松先輩と同じくらい背が高い、平たく言えばイケメンだ。七三分けの髪からは真面目できっちりした印象を受ける。ワイシャツは第一ボタンまで閉めていて、ネクタイも緩い鶴松先輩なんかとは正反対だ。


「珍しく部室が賑わっているから、様子を見に来てみたが……鶴松。お前が言う新活動とやらは、ゲームの攻略本の座談会というわけか」


「雨宮……てめぇ、何しに来やがった」


「君が目に物見せてやると言うから来たのさ」


「俺はんなこと言った覚えはねえ。後で結果を出すから吠え面かくなよって言っただけだ」


「あれ。そうだっけ? ……まぁどっちにしても、来るだけ無駄だったかもしれないね」


 雨宮さん……鶴松先輩の知り合いなのかな?

 それにしても鶴松先輩、めちゃくちゃ機嫌悪い顔してるぞ。白石先輩と口喧嘩してる時とは違う……いや、ちょっと違うな。よく見ると、機嫌が悪いっていうよりもバツが悪いというか……。何かまずいものでも食べたような表情だ。それとは対照的に、白石先輩は普段のマイペースを崩さず、変わった様子はない。


「あれ、雨宮くん? ウチの部に何か用事?」


「やぁ白石さん。いや、なに……廊下から熱心な声が聞こえてきたものだから、何をしているのかと思ってね」


「そうなんだ! せっかくだから見学してってよ! 雨宮くんはビブリオバトルって知ってる?」


「ビブリオバトル? いや……知らないな。しかし、白石さん。君、一応、部長なんだろ? それにしては、やけに余裕だね」


「余裕? ……何が?」


 白石先輩はきょとんとした瞳で雨宮さんを見つめる。余裕って何のことだろう。僕も雨宮先輩の発言の意図がわからないけど、鶴松先輩はひどく苦い顔をして雨宮さんを睨んでいた。


「……ほっとけよ雨宮。お前には関係ないだろ」


「関係ないとは心外な。僕は君たちにチャンスをあげてるんだよ?」


「ほざけ。潰す気満々のくせしてよ」


「フン……」


「え? え? 二人とも何の話してるの?」


 白石先輩は二人の話に入っていけなくて、訳も分からずにただあたふたとしていた。そんな彼女を見て、鶴松先輩はこめかみの辺りを指で押さえながら言う。


「白石、お前ちょっと黙ってろ」


「鶴松……もしかして君……伝えていないのか?」


「うるせぇ。てめえには関係ないだろ」


 雨宮さんは何も言わずじっと鶴松先輩を睨み返すこと数秒、やがて気怠げに溜め息を吐くと、部室の隅に置いてあった椅子に腰掛けた。


「……ま、当事者同士納得してるなら、僕が言うことは何もない。さて、と。せっかくだから見学させてもらうとするよ」


「てめぇ……何のつもりだ?」


「いいじゃない。これを機会に雨宮くんも興味持ってくれるかも知れないでしょ、ビブリオバトル」


「うるせえクソメガネ。いいからお前は黙ってろ」


 雨宮さんが姿を見せてからというもの、鶴松先輩はすこぶるイライラしている様子だ。

 そもそも雨宮さんって、鶴松先輩とどういう関係なんだろうか。ただの同級生のようには思えないけど。


(ねぇ、鳴瀬さん。雨宮さんのこと知ってる?)


 僕が小さな声でそっと耳打ちすると、鳴瀬さんは信じられないような顔をして言う。


(何言ってるの!? あの人、生徒会の副会長でしょ?)


 生徒会の副会長…………そうか! どこかで見かけたと思ったら、入学してすぐのオリエンテーションで挨拶してた人か。確か雨宮司あまみやつかささん……だっけか。


 生徒会なんて普段は関わりないからすっかり頭の中から情報が消えていたけど、鳴瀬さんはそういう所しっかりしてるよなぁ。


 でも生徒会の副会長が文芸部に何の用があるっていうんだろう? 雨宮先輩は鶴松先輩に呼び出されたみたいに言ってたけど、なんだか行き違いがあったみたいだし……。


 ん……待てよ、生徒会ってことは……! そうだよ、どうして今まで忘れていたんだ。


 以前、鶴松先輩が僕だけ部室に残して話してくれたじゃないか。


『生徒会のやつらが言ってきたんだ。現在、文芸部の部員は引退した三年生の先輩を除くと俺と白石の二人だけ。部活動としての要件を達していないとな』


 鶴松先輩はそう言っていた。


 今は僕と久方と鳴瀬さんの三人が入部したから、一応部員数の要件は満たしている。でも、文芸部には学校の内外にアピールできる実績らしい実績が無く、部活動としてのまともな活動も特に行われていない。まぁ白石先輩が部室で本読んでいるだけだったみたいだし。それで文芸部は生徒会から廃部が妥当との認定を受けてしまったらしい。

 鶴松先輩は廃部を回避するため、僕をかなり強引なやり方で入部させ、ひとまぜ部員を確保するのに必死だった。廃部のことを知った白石先輩が一人で暴走するのを避けるため、白石先輩には黙っていたらしい。話を聞いた僕も他の皆には伝えないよう、鶴松先輩からきつく口止めされたし。


 雨宮先輩もたぶん、白石先輩も廃部の件を知っていると思っていた。だから白石先輩のマイペースな振る舞いが気になったんだろうな。当の白石先輩は何も知らないわけだし、きょとんとしちゃうわけだ。

 何も知らずにビブリオバトルに前向きな白石先輩を見つめる雨宮先輩の目は、まるで誰も見ていないことをわかっているのに必死でパフォーマンスする大道芸人を見つめているような、哀れみに満ちたひどく冷たい目をしていた。



 鶴松先輩は生徒会の雨宮さんに今日のビブリオバトルを見てもらうつもりだったのか? それで活動内容を認めてもらって、正式に廃部認定を解除してもらう計画だった……?

 でも、それにしては、鶴松先輩のあの態度はおかしい。雨宮先輩の方もやけに落ち着いていてすました態度だし……。

 まるで歯車が少しずつ、少しずつズレているような……形の無い妙な不安を感じていた。


 雨宮先輩は足を組んで部室をきょろきょろと眺め回してつぶやく。


「それで……やらないのかい? ビブリオバトル、だっけ?」


「てめぇ……マジで見学するつもりか?」


「ああ。さっきもそう言っただろ? 一体君は何をピリピリしているんだ、鶴松。君らしくもない」


 人を食ったような笑みの雨宮先輩を見ていて、僕は得体の知れぬ恐怖を感じた。だってあの口八丁の鶴松先輩と対等に口喧嘩してるんだよ? 僕じゃとてもじゃないけど考えられない。


「……条件がある。余計な口は挟まない。それだけは守ってもらうからな」


「構わないよ。僕のことはいないものと思ってくれて構わない」


「…………。おい、こじらせ進行役。さっさとベルを鳴らせ」


「え、あっ、はい!」


 鶴松先輩につっけんどんに急かされて僕は手元のベルを鳴らす。

 快音ではない鐘がチーンと鳴り響いて、白石先輩の発表が始まった。

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