第27話 やたら分厚い本

 順番決めの結果、一番手になったのは久方だ。


 なんだかやたら分厚い本がやつの机の上に置いてある。しっかりブックカバーまで付けてきているので、どんな本なのかわからないけど……あの厚さを見るにかなりのページ数で、小説ならかなりの大長編だ。実用書なら……う~んなんだろう……思いつかないな。まさか、辞書ってこともあるまいし。


「おい、こじらせ進行役。早く始めろよ」


「え、ああはい。ていうかその呼び名、定着するの辞めてほしいんですけど、鶴松先輩」


 わりと的を得たあだ名だから頭ごなしに否定しづらいのも嫌なポイントだ。

 でもまあ。進行役を買って出たわけだし、早くビブリオバトルを始めよう。久方もみんなに本を見せたくてうずうずしてるみたいだし。


「久方、発表の準備は大丈夫?」


「俺はいつでもオーケーだぞ」


「んじゃ、始めるから」



 僕が手元のハンドベルを鳴らしたのを合図に、久方の発表が始まった。



 すっと立ち上がった久方は、机の本を手に取ると、ブックカバーを外して表紙を皆に見せた。


 カバーを外して現われたのは僕が予想だにしない本だった。いや、僕だけじゃない、部室にいる誰もきっと想像していなかった類いの本だろう。だけどその本はまさしく久方が大好きであろう類いの本だった。

 ライトノベルじゃない。ハードカバーの大長編ファンタジーなどでもない。ホラーでも推理でもなく、その本はそもそも小説ではなかった。鶴松先輩が発表したような生活に役立つ実用書でも無い。だけど、その類いの本が自分の部屋の本棚にも一冊はあったと思う。まさか、ビブリオバトルでも持ってくるとは思わなかったけど……。



 久方が持ってきたのは…………ゲームの攻略本だった。



「俺が今回紹介するのは、この本。『ドラゴンバスターズXI 完全攻略BOOK』だ」


 久方が持ってきた本を見て、皆、予想外のように面食らった顔をしていた。

 まさかゲームの攻略本を持ち出してくるとは!


 ドラゴンバスターズ……略してドラバスは有名な老舗RPGシリーズだ。ファンタジーな雰囲気溢れる異世界を舞台に、勇者と魔王の戦いが繰り広げられる王道のストーリーがシリーズの伝統となっていて、僕自身、大好きなゲームシリーズでもある。

 久方がドラバス好きなことは、彼の口からちょくちょく聞かされていたけど、よもやビブリオバトルに攻略本を持参してくるとは思わなかった。


 だけど……あくまで攻略本だ。小説みたいなストーリーがあるわけでもない。

 攻略本をどう魅力的に紹介するつもりなんだろうか……。

 他の皆もゲームの攻略本をどう紹介するのか気になっているようで、久方の発表を固唾をのんで見守っていた。



「攻略本は名前の通り、ゲームを攻略するための本だ。広大なマップに落ちているアイテムが載っていたり、サブイベントを網羅していたりと、ゲームに関する情報は満載だ。だけど、攻略本の面白みは他にもたくさんあるんだ。


 例を一つ紹介しましょうか。


 今日俺が持ってきた、このドラバスXIの攻略本、編集部によるコラムが事細かに記載されていて読み物として非常に面白く仕上がっている。ゲームの世界観に関する細かな知識や背景ストーリー、モブキャラのささいな会話に至るまでピックアップしていて、この本があれば、ただでさえ面白いと評判のドラバスXIが、より一層面白くプレイできるはずです」


 見ると、本のページの下の部分に、短い文章が記載されている。ゲームについての豆知識的なものから、キャラクターのたわいもない台詞まで、全ページにわたって載っているみたいだ。


 なるほど……。確かにゲームをプレイしている最中ではついつい見逃しがちな、モブキャラの会話やストーリーに直接関わらないサブイベントなどを網羅しているのは便利であることは間違いないだろうし、ページをめくってコラムを読むだけでも面白そうだ。

 それに……シナリオの背景なんかは熱心に追わないと中々つかめないようなゲームもあるし、攻略本があることでより楽しいゲーム体験ができるという久方の主張はかなり的を得ているんじゃないだろうか。



「俺が特にオススメなのはゲームをクリアしてエンディングを見た後に、攻略本を初めからゆっくり読んでいくっていう読み方っす。

 攻略本なのに、ゲームのクリア後に読むって意味ないんじゃ……。そう思う人もいるかも知れない。

 だが! クリアに苦労すればするだけ、エンディングに到達した時の感動も一潮ってものです。余りに強くて全滅した中ボス。道に迷って時間を浪費しまくったダンジョン。レベル上げをしても勝てなくて、一時はゲームを投げ出してしまいそうになったラスボスとの戦い。そうした苦難を乗り越えてエンディングに到達したときの感動は筆舌に尽くしがたいものがあります」



 うん、確かに。難しい場面を突破できたときの達成感やゲームに対する思い入れは、苦労した分だけ強くなるもんな。まぁ、難しければ面白いかって言われると、それはちょっと違う気もするけどね。



「クリア後、攻略本のページを読んでいくことで、プレイしたときの自分の思い出が鮮明に蘇ってくる。その時初めて、攻略本は世界で一冊しか無い、自分だけの攻略本になるんです。

 事実、俺はドラバスをクリアしてから攻略本を読み直して、エンディングで泣いたのにも関わらず、読んでるうちに、いつの間にか目元が涙で湿っていたっす」


 そこで、僕は発表時間終了一分前を告げるベルを鳴らした。

 久方は小さく咳払いをしてから、発表の締めにかかる。


「終了時間も近いので、ゲームの思い出もそこそこに、俺が一番気に入ったページをみんなに紹介します。そのページは……これだッ!」


 そう言って久方が僕たちに見せたのは、いわゆるムフフ装備のイラストであった。

 見開きのページにゲーム中に登場する装備『エッチなしたぎ』の公式イラストや解説が載っている。確かにこの手のちょっとエッチな装備はドラバスシリーズのお約束ともいえるんだけど……久方のこれまでの発表が真面目な感じだっただけに、とうとう本性を現したか……! という感じである。


 やはり奴はおたくの中のおたく。大事な話の最中でも、オタトークをぶち込まずにはいられない性分なのだろう。……そこが彼の発表の魅力でもあるんだけどね。


 見れば、隣に座っていた白石先輩は恥ずかしそうにして若干顔を赤らめていた。……どんだけ純粋なんですか白石先輩。

 ……っと頬を朱に染めた白石先輩に見惚れている場合じゃない。久方の発表を聞かないと。



「……ファンなら当然承知の事だと思うけど、ドラバスをこの手のムフフ装備を抜きに語ることは出来ない!

  だけど、残念なことに、ゲーム中では簡素なイメージ画像と短い説明があるだけで、どんな見た目の装備なのかは己で想像するしかない。


 そこで攻略本の出番ってわけですよ!


 攻略本の公式イラストによって、より想像力をかき立てられ、ゲームの楽しさが文字通り、無限に広がっていく!

 それに公式イラストがあるのはムフフ装備だけじゃない。主人公や仲間たちの描き下ろしイラストや、やくそうなどの消費アイテムまできちんとした説明と共に載っている。攻略本を読むことによって、より一層ドラバスの世界に入り込むことが出来る。そこが、ノベライズやコミカライズには真似できない攻略本の一番の魅力っすね」


 発表終了の時間になって、僕は鐘を二回強めに鳴らした。思わず強めに鳴らしてしまったのは、久方の発表が一ゲームファンとして素晴らしいものだったからだ。つい感極まって、ベルを押す手に力が入ってしまった。進行役は平等じゃないと行けないのに、これじゃダメだな。


 途中、ムフフ装備の話になった時はどうなることかと思ったけど、きちんと時間内に良い感じに着地させているあたり、彼も前回のビブリオバトルから成長しているらしい。


 とにかく、発表が終わって次は質疑応答の時間だ。


 真っ先に挙手したのは白石先輩だった。


「和也くん、発表お疲れ様。一つ聞きたいのだけど……ドラバスってなあに?」


 ……! まさか白石先輩、ドラバスを知らないのか!?

 アクションゲームの帝王と呼ばれるマ○オ並の知名度があるゲームだと思っていたんだけど……。


「またまたー。なぎさ先輩、冗談はよしてくださいよ! ウチもプレイしたことは無いけど、名前くらいは知ってますし」


 なにげに辛辣な鳴瀬さんの物言いに、白石先輩はタジタジになってつぶやく。


「ま、麻衣ちゃんまで……うぅ~……だって知らないんだもん……」


 亀のように小さく縮こまる白石先輩に対し、さらに辛辣なコメントを浴びせるのはやはりこの人である。


「…………お前、マジか。常識ねぇヤツだとは思っていたが……ここまでとはな。正直、尊敬に値するレベルの世間知らずだと思うぜ」


「う、うるさいわね、ゲスノッポのくせに!」


「まぁまぁ、あくまで本の内容を紹介したかったので、本編とも言うべきゲーム内容を説明しなかった俺も悪いかもですし。発表者である俺から説明します。

『ドラバス』シリーズは『ドラゴンバスターズ』の略でジャンルはRPGっすね」


「あーるぴーじー、って意味わかんのか、クソメガネ?」


「バ、バカにしないで! それくらい私にだってわかるもん! モンスターを倒してレベルを上げたりお金を稼いでいくゲームでしょ? 他人の家に勝手に入ったりもして、盗賊みたいなゲームなのよね?」


 ……なんか、ちょっと違うような気がしないでもないけど、概ね合ってる。白石先輩もさすがにRPGくらいは知っていたようでほっとした。


「『ドラバス』も主人公が勇者として世界を救うために魔王を討伐するため旅に出る……そんな王道のファンタジックなストーリー展開っす」


「ふぅん……さながら『指輪物語』みたいなお話かしら。私、ファンタジーには目が無いのよね」


「……頭の中がファンタジーだからな」


「鶴松先輩! 余計な茶々は後にしてください! 一応、時間計ってんですからね!」


「んむ……すまんすまん。ちゃんと仕事してるじゃないか、こじらせ進行役」


 ……ったく、鶴松先輩と白石先輩の漫才に付き合ってたら、時間がいくら合っても足りないよ。


「あのーウチもちょっと聞きたいんだけど。攻略本って思ってたより面白いんだなぁっていうのはわかったんだけど……そこで一つ疑問に思ったの。久方くんはゲームをやってるから、楽しめたと思うけど、例えばなぎさ先輩みたいに攻略対象のゲーム自体やっていない人は、読んでいて面白いのかな……って思って」


 なるほど……。僕は『ドラバスXI』をプレイしたことがあるから、久方の主張もすんなり納得できたけど、白石先輩みたいにドラバスシリーズ自体未プレイで、ゲームの内容を知らないような人が読んだとしても、面白いと思えるのかは疑問だ。


 例えば書店で全く知らないゲームの攻略本を手に取ったとして、それが面白いと思えるとは……僕には思えない。ゲームに登場するキャラクターの性格や、そもそも何をするゲームなのかすら知らないわけで、それなのに攻略のポイントを知ったところで、単なる知識にしかならないんじゃないか?


 だけど、僕の心配とは裏腹に、久方はにやりと何か含んだような笑みを見せた。まるで、鳴瀬さんの質問を待っていたかのように。


「ふふん……。まぁそう思うのも無理はないでしょうね。特に今は一昔前と違って、攻略本を買わなくても、ゲームの攻略サイトなんてネットで検索すればすぐに見つかるし」


「それじゃ、やっぱりゲームをやっていないと楽しめないの?」


「ゲームをプレイしている方が楽しめるのは間違いないだろうな。

 だけど俺個人としての意見を言わせてもらえば、とりわけ今日持ってきたドラバスXIの攻略本に限って言えば、ゲームをやってない白石先輩が読んでも面白いって思えると思うな」


「その攻略本は何か特別なのかしら? ウチには、本屋さんで見かける普通のごく一般的な攻略本と変わらないように見えるけど……」


「まぁ実際に読んでみてくれればわかると思うんだけど、攻略本ってゲームの攻略のための本ってことはさっきも言ったよな?」


「ああ。それは君がさっき熱烈に話していたね」


「じゃあ、高野くん。攻略本の購入対象ってどんな人か考えてみてくれないか?」


「そりゃ、ゲームのファンとか、クリアできない人とか…………ん、そうか!」


 なるほど……久方の言いたいことがわかってきた。確かに、攻略本はゲームをプレイしない人が読んでも楽しめるように作成されているはずだ。だって…………。


「攻略本は……ゲームをクリアできない人や、全くの初心者が読むことを考慮して構成されている。当たり前だけど、意識していなかったな」


「高野くんは勘が良いな。俺が言いたいのはそういうこと。初心者のための本でもあるわけで、ゲームの初歩の初歩から解説してある。

 特にこの攻略本は構成が丁寧でプレイしている人なら当たり前に知っているような、操作方法やゲームの基本的な進め方まで記載してある。それこそ、説明書の代わりになるんじゃないかってくらいだ。

 先輩みたいに普段、小説ばかり読んで想像力がある人が読んだら、自分がゲームしている姿を想像しながら、ゲームのストーリーを追えて面白く読むことができるんじゃないかと思う」


 チン、チン、チーン!

 規定の時間が過ぎて、鐘が三度なったところで久方の発表は終了だ。



 攻略本を紹介したときは驚いたけど、久方の発表を聞いて僕も久しぶりに攻略本を読んでみたい気持ちになっていた。ゲームの攻略中、わからないことはスマホで調べたりするのが普通だったから、もう長いこと攻略本には触れていない。

 たぶん昔使ってた攻略本が本棚で埃かぶってると思うけど、今、引っ張りだして読んでみたら当時プレイしていたときの思い出もよみがえって楽しく読めるだろうか。はは……なんか、ちょっと楽しみになってきたな。

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