第二章 部員集め

第7話 文芸部の部員募集

 二時間目の休み時間になって休憩がてら読書をしていると、前の席のオタキングがいつものようにニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら話しかけてきた。



「なぁ高野くん。特報だよ! 俺昨日さ……見ちゃったんだよね」


「ふぅん……何を?」


 にっひっひと相変わらず、公共の福祉に反するような満面の笑みである。


「映画『レジンだりーマナ子』の特報だよ! もう興奮して眠れなくってさぁ。ほら見てよ、目の下にクマが」


「知らないよ。興味もないし」


「バカな……四年越しの映画だよ!? ファンなら誰しもが待ち望んでいたというのに君は!」


「あいにく僕はファンじゃない。そもそも一回も見たことないし、そのアニメ」


 例によって彼にとっては重要だが、僕にとっては道ばたの犬の糞よりどうでもいい特報だった。彼もいい加減、僕がそれほどアニメマニアでないことは分かっているだろうけど、毎日毎日飽きもせずこうして要らぬ特報を教えてくれるあたり、彼がオタキングと呼ばれる所以である。


 オタキングは鼻息を落ち着けて、唐突に話題を変えた。


「そーいえば高野くん。今日はいつもより遅かったけど、なんかあったのかい?」


 いつもは余裕を持って登校するのだが、今日は教室に入ったのも予鈴が鳴った後で遅刻ギリギリになってしまった。それというのも悪しき先輩のせいだ。


「ちょっと知り合いの先輩に呼び出されてね……ま、色々大変だったんだよ」


「呼び出し!? 色々!? 高野くん、おぬしまさか……告白イベントか!? 羨ましすぎるぅぅぅ~ッ!!」



 一人で勝手に盛り上がるおたく野郎を見ていると、ため息が漏れた。


 お節介で世話焼きで、見るも可憐な美少女先輩からの告白イベントなら、僕は大歓迎だ。

 残念ながら僕を呼び出したのは可憐な美少女ではなく、性格のねじ曲がったク……頭の回転が異常に速い鶴松先輩だった。






 昨日の鶴松先輩からのメッセージには、明日の朝7時半に文芸部の部室に集合するようにと書いてあった。部員を増やすためのポスター貼りを僕と鶴松先輩、白石先輩の三人で手分けして行うのだそうだ。先輩達の策略とはいえ、文芸部に入ったんだから部員募集の手伝いをするってわけだ。僕としても一年生が僕一人っていうのは寂しいし、一年生で誰か入ってくれたらいいのにと思っていたのだ。


 そんなわけで日直でもないのに早起きして文芸部の部室へ行くと、白石先輩が一人でポスターをまとめていた。


「先輩、おはようございます」


「あらおはよう、高野くん。鞄はその辺に置いといて良いからね。や~、後輩がいるって良いわね!今日は何か良いことありそう!」


 白石先輩……よっぽど後輩欲しかったんだな。るんるん口ずさんで小躍りしながら、掲示するポスターをまとめている。先輩を見ていると、なんだか心がほっこりした。まるで妖精のような人である。


 ポスターはA4サイズで、おそらく白石先輩が考えたであろう、

『文士よ集え~青葉高校文芸部。気軽に見学来てみてネ★』

 というキャッチコピーがでかでかと書いてある。硬派なのかユルいのかよくわからないキャッチコピーである。


「あれ……これ全部、文芸部のポスターなんですね」


「そうよ? 何かおかしいかしら?」


「いや、鶴松先輩のことだから、ビブリオ部の宣伝も一緒にやるんだろうって思ってたので」


 すると、白石先輩はふむふむと得心した様子で首を頷かせる。


「高野くんはもしかすると、ちょっと勘違いしてるのかも」


「勘違い?」


「うん。そもそもこの学校にビブリオ部、なんていう部活は存在しないのよ」


「な……え、だって鶴松先輩はビブリオ部なんじゃ……」


「その辺、ややこしいわよね。ややこしくしたのは全部、鶴松のバカのせいだけど」


「おっす! ようし揃ったかお前ら」


 ドアを乱暴に開けてやって来たのは鶴松先輩だ。鶴松先輩が来ると、一瞬で白石先輩の顔から笑顔が消えた。ホントこの二人なんでこんなに仲悪いんだろう。


「遅かったわねゲスノッポ。こっちはもう準備終わってるわよ」


「はっ当たり前だ。ところでさっき、俺がバカとかどうとか聞こえてきたが、気のせいかクソメガネ」


「あんたのせいで、私の大事な高野くんが混乱しちゃってるの!」


 鶴松先輩はぎょっとした顔で僕を眺める。


「……高野、お前こいつになんかしたのか?」


「し、してませんよ! 白石先輩! なんで誤解されるようなこと言うんですか!?」


「誤解……? 私は、高野くんのこと大事に思ってるよ。私にとっては一番の後輩だもの」


 そういうことか……と、僕と鶴松先輩は二人して肩を下ろす。


「何よ二人とも、変な顔して?」


「もういいです。白石先輩はもう、そんな感じで良いと思います」


「お前の話をまともに聞いた俺がバカだった」


「もぅ……二人して、変なの。とにかく、高野くん。現状、青葉高校にはビブリオ部という部活動は存在しないのよ。昨日、君が書いた入部届にも文芸部って書いてあったでしょ」


「そういえば、確かにそうですね」


「そこの男も本人がビブリオ部とか言ってるだけで、一応文芸部員なのよ。大変遺憾ではあるけど」


「まあ遺憾ながら、確かにそいつの言うとおり、俺は文芸部副部長ってことになってる。……認めたくねーけど」


「今のところ遺憾ながら、ビブリオ部は文芸部の活動の一環ということになっているわ。まあ、一度もビブリオバトルやったことないけどね」


「……二人とも、遺憾って言葉好きですね」


 そんな僕の一言を華麗にスルーし、鶴松先輩は悔しそうに歯噛みする。


「……一年の頃、俺が部活の申請届を出そうとしたら、生徒会の奴らにいちゃもんつけられてよ。

『部活動を新たに作るには最低五人以上の部員が必要かつ顧問の先生の承認を得ること。さらに年間を通して二回以上、学外活動を実施すること。この三つの条件を満たさなければ、校則により部活新設を認めることは出来ない』

 だとか抜かして突っ張りやがって。あのクソマジメ野郎」



 部活動にかなりの力を入れている青葉高校では、生徒会の権限も他校と比べて強い。部活の予算を決めたり、グラウンド使用権を管理したりと、まだ入ったばかりであんまり知らないけど、生徒会の人も色々やっているみたいだ。ま、あんまし興味ないけど。

 さすがの鶴松先輩も、生徒会と喧嘩するわけにはいかないのだろう。


「だから今はまず文芸部の部員を増やす必要がある。いきなりビブリオバトルって言っても、乗ってくるヤツは少ないだろうからな。文芸部の活動を通して部員が確保できそうなとき、俺はこの部をやめて、正式にビブリオ部を創設するつもりだ」


「そんな部員ドロボーみたいなマネ、私がさせないけどね。まあでも今は利害が一致しているわけで、こいつも部員募集に積極的なの。うまく説明できたか不安だけど、高野くん、ちょっとはスッキリした?」


「はい。要するにひとまず文芸部に入ってくれそうな人を探してくればいいんですよね?」


「ま、そういうことになるな。んじゃ三人で手分けしてさっさと終わらせるか。クソメガネ、お前は東校舎。俺は西校舎と本館に貼ってくる。高野は……体育館と部室棟ならわかりやすいだろ。その辺に貼ってきてくれ」


「……わかったわ。じゃ、高野くんよろしくね! 余ったら私のとこに持ってきてくれればいいから」


「はい。なるべく目立つとこに貼っときますんで」


「ふふ。頼りになる後輩がいて、私は幸せ者ね♪」


 白石先輩はポスターの束を手にスキップしながら部室を出て行った。

 さてと、僕も行くか。このポスターを見て何人が興味持ってくれるか分からないけど、何もしないよりはマシだろう。そんな時、鶴松先輩が部室を出ようとする僕を呼び止めた。


「鶴松先輩? 早く貼ってこないと、始業のチャイムなっちゃいますよ?」


 鶴松先輩はやけに神妙な面持ちで持っていたポスターを見つめていた。


「なぁ高野。お前、こんなポスター貼って部員集まると思うか?」


「……何もしないよりはいいんじゃないですか?」


「いいや、俺はそうは思わないね。どうせやるなら徹底的に! ……だろ、高野くん?」


 鶴松先輩は持っていたポスターの束を全部僕の方に投げてよこす。


「先輩? ポスター、いいんですか?」


「こんなものはただのゴミだ。文士なんて、ウチの高校にはいない」


「そんな! 白石先輩が聞いたらなんて思うか……!」


「白石の頭の中はお花畑だ。あんなアホ、放っておけばいい。それより高野。お前、どんな手段を使っても構わないから今日中に部員を一人連れてこい。なるべく、ビブリオバトルをやってくれそうなやつがいいが、まぁどんなやつでも良い」


「へ? 今日中? 無理ッスよ。無理、無理」


「先輩命令だ」


「そんなこと言われたって……僕はパワハラに応じるつもりはありませんから。先輩が一人で頑張ってください」


 今日中に部員を確保するなんて、無茶な命令である。


 知っての通り青葉高校では学校の方針で文武両道が推奨されていて、生徒は何か特別の事由がない限り、皆部活をすることをほぼ強制されている。そのため大多数の一年生が入学式後の部活紹介の日を境に、何らかの部活に入部するのが普通なのだ。


 僕はあまり交友関係が広い方では無いけれど、ゴールデンウィークも過ぎた今、周りでまだ部活に入っていないのは僕とオタキングくらいだ。そのせいで二人して先生に呼び出しくらったしね。文芸部に入ってくれそうな人がいても、すでに他の部活に入部してるだろうし、文芸部に他の部活と兼部してまで入部するほど魅力があるとは思えない。というかそもそも知名度が無いと思う。僕も鶴松先輩に連れてこられるまで存在すら知らなかったんだしね。


 そんな部に入ってくれる人を今日中に確保するなんて、いくら先輩命令といえど無茶が過ぎる。


 だが、先輩はそんな無茶な提案をあくまで押し通すつもりのようで、くっくと小さく笑いながら、乱暴に机の上に座った。この人の思考はまるで読めない。


「いいことを教えといてやるよ高野。人は追い詰められたとき、自分でも信じられないような力を発揮するんだぜ。歴史がそれを証明してる。ことわざでも、背水の陣とかあるだろ」


「そうですけど……先輩、何が言いたいんですか?」


「俺の見た感じ……お前って人前で目立つの嫌うタイプだよな。詳しくは知らないけど、中学でも色々あったみたいだし……高校ではひっそり穏やかに過ごそうとか思ってるだろ? 休み時間も一人静かに机で本を読んでいるような……そんなタイプだ。違うか?」


 おおよそ当たっている……というか的中しているといってもいいくらいだ。やっぱりこの人からは得体のしれないものを感じる。

 だんまりを決め込む僕を見ると、鶴松先輩は人を食ったような悪魔的な笑みを浮かべる。


「今日中に部員を最低一人確保できなかったら、俺が知ってるお前の秘密を学校中にバラす」


「は? ちょっと何言ってんですか先輩! わけわかんないですよ! なんですか僕の秘密って?」


「その反応。やっぱりバラされちゃ困るみたいだな。なおさら部員を確保しないといけないわけだ。一応、これでも俺はお前に譲歩してやってんだぜ?

 ……ま、一つ忠告しておくと俺はこれでも校内では名の知れてる方でな。噂はあっという間に広まると思うぜ」


「ちょ、意味分かりませんって! 先輩は僕の何を知ってるって言うんですか!?」


「……さぁね。とにかく、期限は今日の放課後まで。ま、頑張ってくれよな。終わったらファミチキくらいおごってやるから」


「ちょっと! 鶴松先輩!」



 僕の制止の声もむなしく、鶴松先輩はひらひらと手を振りながら部室を去って行った。

 机の上に残された大量の勧誘ポスターがさらに一層、僕の胸を重くした。




 それから、ひとまず白石製ポスターを至るところに貼りまくっていると、やがて予鈴が鳴って教室へ急ぐ。そして、今に至るというわけである。


 鞄の中にはまだポスターが三十枚ほど残っている。白石先輩、ポスター作りすぎだろ……。鶴松先輩の発言をマネするわけじゃないけど、コレ……大半はゴミになるんじゃなかろうか。


 現実逃避に本を読んでいたが、何も策が浮かばない。


 オタキングは僕が告白イベントを受けたと勘違いしているようだが、彼の勘違いを訂正している時間は無駄だ。


 今はすでに二時間目を終えた後の休み時間で、放課後までに文芸部に入ってくれそうな人を一人、見つけないと行けないから、悠長にしていられる時間はない。


 条件を達成できなければ、鶴松先輩は僕の秘密を暴露すると言っていた。


 鶴松先輩の言っていた秘密って何のことだろう? 僕が中学の頃全国ビブリオバトルコンテストで準優勝したことか? 確かにあまり騒がれたくない過去ではある。あまり思い出したくないし。いや、ひょっとすると、この間こっそりオタキングのギャルゲー借りてプレイしたことか? あいつと同類と思われたくは無いな。


 ……何のことかもっと詳しく聞いておけば良かった。とにかく十中八九、先輩が秘密を暴露したら、始まったばかりの僕の高校生活が悪い方向へ動くだろう。その対価がファミチキじゃ割に合わない。


 だから一刻も早く、誰かを文芸部に誘わないと行けないんだけど……部員のあてが無いのも事実。そもそも文芸部に魅力がなさ過ぎるのも悪い。白石先輩は一人で黙々と本読んでるだけだし、鶴松先輩は……何やってるかよくわからないし。そんな部活の呼び込みなんて、言ってみれば、サービス終了間近のオンラインゲームに友達を無理矢理呼び込むようなもんだ。乗ってくれる人はまずいないだろうし、いたとしても良心につけ込むようでちょっとした罪悪感がある。


 あああああああああああ! いったい僕はどうすればいいんだ!


 後悔先に立たず。こーいう事態になってようやく、僕はあのとき先輩達の偽装工作に乗らなきゃよかったと強く後悔した。



 そんなとき、後ろ手に肩をツンツンとつつかれた。


 振り向くと、我がクラスの委員長が不思議な顔をして立っていた。

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