第14話 となりの席の幽子さん

 さて、鳴瀬さんの発表が終わったから、次は僕の番か。前の発表のインパクトが強くて、これから発表をするのが心苦しい。何やっても、印象薄くなりそうな気がする。


 僕の発表の時はタイムキーパーを鶴松先輩がやることになっていたから、ハンドベルを先輩に渡してから起立する。


 用意しておいた本を手に持って、話し始めた。



「それじゃ僕の番ということで発表を始めさせていただきます。今日、僕が紹介したいのはこの本『となりの席の幽子さん』です」


 僕が紹介する『となりの席の幽子さん』はいわゆるライトノベル。ホラー要素を交えた学園ものといった感じで、ページ数もそれほど多くない。

 しかし、鳴瀬さん以外の人たちからは「うわ……またオカルトかよ」という表情が見て取れた。でも安心して欲しい。この本、ただのオカルト小説ではないのだ。



「はじめにこの本は小説なので、簡単な概略を説明しますね。


 主人公はいわゆる普通の少年で、この春から新しく高校に通うことになった新入生です。


 さて高校生活初めのクラス、自分の隣はどんな人か気になるものですよね? 当然、彼――一応、名前はアユムっていうんですけど――も、気になって思い切って話しかけてみることにしました。


 ところが、隣の席の女の子は呼びかけにも一切応じてはくれません。妙なやつが隣になってしまったと残念がるアユムですが、それもそのはず……彼の隣の席にいた女の子……彼女はアユムにしか見えていない幽霊だったのです。


 そんなことは知らないアユムがしつこく彼女に話しかけるものだから、ある日の放課後ついに彼女は自分が幽霊であることを打ち明けます。


 ショックを受けると思っていましたが、彼女の想いと裏腹に、むしろアユムは幽霊である事実を受け入れ、さらに生前の名前を覚えていない女の子に幽子という名前をつけてくれました。


 そこから二人のちょっと不思議な学園生活が始まるんですが、これがまた笑いあり、友情あり、恋愛要素ありの面白いエピソードが短編連作のような形式で続いていて、読んでいて飽きることがありません」



 短編連作の小説の長所は一つ一つのエピソードが長編小説に比べると短いので、電車の待ち時間とか、ちょっとした時間でも一エピソード読める手軽さだ。

 僕も休み時間にちょこちょこ読み進めていたんだけど、四日とたたずに読み終えてしまった。読むのがあまり早くない僕でもこれだけ早く読めたんだから、読むのが速い人なら一日あれば読み切れてしまうお手軽さも、僕がこの本を好きな理由の一つだ。



「ストーリーのあらすじをざっと説明したところで、僕がこの本を薦める理由を説明しますね。まず、ライトノベルということで挿し絵もあるのでキャラクターのイメージが掴みやすいし、何より文体が軽くて読みやすいです。僕は主に休み時間やバスの行き帰りに読んでいたんですけど、四日くらいで読めましたし。


 手軽に読めるって、簡単なようで実は凄いことだと僕は思う。特に僕たちみたいな高校生の場合、文芸部はともかくとしても、ウチの高校だって部活に宿題に忙しいじゃないですか。そんな中でも空き時間だけできっちりストーリーを追える手軽さって、僕は大事だと思うし、普段、読書をしない人にとっては、この本が他の小説を手に取るきっかけにだってなるかもしれない。


 それにこの本は手軽に読めるわりに、ストーリーがしっかり作り込まれてて、僕がさっき話したのは本当に序盤の概要だけですから、散りばめられていた伏線が見事に繋がる後半のエピソードは、ぜひ自分で読んでもらいたいです」



 ここで鶴松先輩がハンドベルを鳴らす。あと一分か。


 一呼吸整えてメガネの位置を指で直す。



「そういえば、まだ僕がこの本を手に取ったきっかけを話してませんでしたね。


 きっかけは鳴瀬さんとほとんど同じで、本屋でたまたま見かけてタイトルに惹かれて買っただけです。でも僕は気がつけばいつも『となりの席の幽子さん』を鞄に入れていました。


 高校に入ったばっかりで、まだあまり話す友達もいなくて、退屈だった休み時間は自然とこの本を開いていた。ふとしたときにストーリーの続きが気になって、そっとページを開いてしまう…………そんな、魅力がこの本にはあると思います。


 確かに、マニアな人に言わせれば取り立てて凄いストーリーじゃないかもしれないし、もちろん国語の教科書に載るようなご大層な小説ではないと思います。


 でも、いつも鞄に入れておいて、気が向いたときにちょっと読んでも楽しめる。

 そんな『となりの席の幽子さん』が僕は大好きですし、だからこそ自信を持って皆さんにお勧めできるんです。皆さんも昼休みにでも一度、読んでみてください。

いつもよりちょっとだけ素敵な昼休みになると思いますよ」



 言い切ったところで、ちょうど鐘が鳴って発表終了だ。


 終了一分前の鐘を聞いてからちょっとだけ早口で話して発表時間を調節したけど、ほとんど時間ぴったりに終わって作戦成功である。


 その後の質疑応答で、まず手を挙げたのは鳴瀬さんだ。


「幽子さんは幽霊なんでしょ? てことは……どんな恨みがあったのかしら?」


 いきなり物語の核心に触れそうな質問ときたか……!


「それはぜひ、本を読んでみてください。ていうか、僕がここで言っちゃ盛大なネタバレになっちゃうでしょ」


「まぁそれもそうね」と鳴瀬さんは納得してくれたらしい。


「んじゃ次は俺。高野、お前はこの本どういう人にこそ読んで欲しいと思う?」


 どんな人に読んで欲しいか……。鶴松先輩の質問は答えるのがちょっと難しい。


 そこまで考えてこの本を読んでいたわけではなかったけど、改めて考えてみると、やはり年代の近い中高生……僕らのような年代の人だと物語により感情移入できるんじゃないだろうかと思う。それと一応ライトノベルなので、日頃、純文学っぽい小説ばかり読んでいる人が読むと、文体や展開の軽さのギャップに戸惑ってしまうかもしれない。


「う~ん……どんな人にっていうのは難しいですけど、この中だと久方が一番、とっつきやすいと思いますね。でも普段固い本ばかり読んでそうな白石先輩にもぜひ読んでもらいたいですね」


「ふむ、そうか。参考になった」


 続いておもむろに手を挙げたのは久方だった。彼は妙に鼻息を荒くしていた。


「高野くん。君によれば、その本は俺がとっつきやすいような本だ。君は先ほどそう言ったな?」


「言ったけど……」


 久方の鼻息が一層荒くなった。


「ぬ、ぬふぅ! な、ななな、ならば! その本のヒロイン……幽子さんといったか? 君は幽子さんのどこに最も萌えを感じたのか? 僭越ながら教えていただきたい! もちろん人によって萌えは千差万別。それは俺も十分承知している。

 だが! だからこそ友人として、君が幽子さんの何に萌えたのか聞かせてくれ!」


 な……萌えポイント……だと!?


 こいつ……何言っているんだ? 僕がいつ幽子さんの萌えポイントについて話した!?


 それに、どうして一人でこんなに盛り上がっているんだ。鳴瀬さんが白い目で見ているのがわからないのか!?


 確かに小説に出てくる幽子さんは、主人公アユムの目を通して稀に見る美少女と記述されているけれど……。



 僕は悩んだ。久方の難題に関して、時間が迫る中、必死で考えた。

 そして導き出した答えは――。



「あえて言うのなら、好意を抱きつつもそれを悟られまいと振る舞うクーデレな性格かな。人によっては安直という意見もあるかも知れないけど、古式ゆかしい幽霊みたいに、白い着物姿で頭に三角巾をしている点もナイスだね。背後霊だからずっと背中におぶさっているという設定も萌えたね」



 そこで終了の鐘が鳴って、僕の番は終わった。


 自分としてはそこそこ良い感じに本のアピールができたと思うけど、みんなはどう感じただろうか。 とりあえず約一名は親指をグッと立てて、仲間を見つけたように嬉し泣きしていた。


 白石先輩は目をぱちくりとさせてきょとんとしていたけど。

 先輩は小説読んでるとき、萌えとか意識しないだろうしね……。

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