第13話 Let's ビブリオバトル!
部室に戻ってくると、早速配置についた。机をくっつけ合わせて、それぞれの席につく。そして鶴松先輩の一声でバトルが始まるところ……だったのだけれど。
「おいお前……なんでしれっといるんだ?」
「え……私? なんで?」
きょとんとしている白石先輩。先輩は一人で本を読んでいると思っていたのだけど……。
「お前、ビブリオバトル否定派だろ! 今更なんだ。邪魔でもしようってか?」
すると、白石先輩は実に単純な返答をする。
「いやいや私、あんたと心底相容れないだけで、べつにビブリオバトルを嫌ってるわけじゃないわ。せっかく一年生たちが来てくれたんだもん。私だけ仲間はずれは寂しいじゃない。ほら、この通り。本も準備してるのよ」
そう言って、机の下から一冊の文庫本を取り出してみせた。カバーが外してあるのでタイトルはわからないけど、表紙が擦り切れていて、だいぶ読み込んだ本であろうことが窺える。僕たちが図書室へ行っている間に、白石先輩もちゃっかり準備していたらしい。
「まぁ一人増えたくらいでそんなに変わらないし。いいんじゃないですか、鶴松先輩」
僕が言うと、鶴松先輩は苦々しげにつぶやいた。
「……わぁったよ。じゃあ、今日のビブリオバトルは俺、高野、久方、鳴瀬、クソメ……白石の五人で行うことにする」
今、クソメガネって言おうとしたよな絶対! ったく、もう……白石先輩が聞き流してくれたからよかったものを、余計な面倒はごめんである。
「今回は久方も鳴瀬もそこのバカも初めてだからな。一応俺が仕切ることにするけど、本来は話し合ったり、じゃんけんとかで進行役とタイムキーパーを決めるんだ。というわけでタイムキーパーは高野、頼む」
「わかりました」
タイムキーパーの役割は五分経過を告げること。それだけの単純な役目だけど、時間は長くても短くてもゲームに影響するから、地味だけど大事な役目なのだ。
時計とハンドベルを机の上に置いて、準備OKである。
「進行とタイムキーパーが決まったから、あとは順番決めだな。色々決め方があるけど……そうだな今回はじゃんけんで勝ったやつの席から時計回りってコトで」
それからじゃんけんをして、発表の順番が決まった。
鳴瀬さん、僕、白石先輩、鶴松先輩、久方の順だ。
「それじゃ、順番も決まったことだし始めるか。鳴瀬、トップバッターだが大丈夫か?」
「はい。初心者なりにやってみます。とりあえず、発表は五分きっかりを意識すれば良いんですよね?」
「そうだ。ポイントとしては、お前がどうしてその本を薦めるのか、俺たちに納得させられるような発表を心がけることだな」
「まあ初めてだし、勝ち負けより楽しんでやっていこうよ。ね?」
「高野の言うとおりだな。楽しそうにやるのが一番かもしれん。あ、それと、初めてってことで今回は一分前になったら一回鐘を鳴らすから。五分間の目安にしてくれ。それじゃ用意はいいか、鳴瀬?」
「OKです」
「んじゃあ、ビブリオバトルスタート!」
先輩の声と同時に僕は手元のハンドベルを鳴らし、部室にチーンという鐘の音が響いた。
時計が計測を始め、いよいよ鳴瀬さんが発表を始めた。
彼女が皆に取り出して見せたのは新書サイズの本。
表紙には『霊界へ行こう!』とある。
あちゃ~。偶然とは言え鳴瀬さんと本のジャンルが被ってしまった。まあとにかく、今は大人しく彼女の発表を聞こう。
「それじゃ発表を始めるわね。ウチがおすすめするのはこの本『霊界へ行こう!』よ。
突然だけど、あなたたちは霊界の存在って信じる? それとも信じない?」
いきなり何を言い出すのかと思えば、霊界の存在を信じるか、信じないか?
鳴瀬さんは一体どんな発表をするつもりなのかがまったく読めない。
鳴瀬さんは皆の顔を見回してから一呼吸置いて話を続ける。
「……大多数の人は信じないって言うでしょうね。それもそう。人間は自分の目で確認しない限り、多くの事象を本当の意味で信用したりはしない。そういう傾向にあるのが本能として自然なのよ。
でもね……だからこそ、この本を読む価値がある。ウチはそう思う。
この本の中で、作者の怪異物書さんは実際に起こった事例を元に霊界の存在を示しているわ。それに加えて――」
うわー……作者の名前、怪しすぎだろ。自分で狙っているとしか思えないレベルだ。
そんなことを脳内ツッコミしながら、僕は大人しく鳴瀬さんの発表を聞いていた。
発表タイム中のツッコミはマナー違反のタブーだからだ。たとえ、どんなに彼女の発表がツッコミどころ満載だったとしても、議論は発表が終わってから。ある意味スルースキルが試されると言える。
「――もはや周知の事実だと思うけど、第二世界論においてあたしたちの住む世界とは別のもう一つの世界の存在が議論されているわ。あたしたちは一体どこから来て、どこへ行くのか? 太古の昔からその疑問は散々議論されてきたけれど、未だ推測の域を出ない。でも霊界という存在は一つの答えの可能性を示しているとウチは思うわ。あくまで可能性の一つに過ぎないけれどね」
鳴瀬さんの軽妙な語り口にすっかり聞きいってしまっていたが、ここで僕はタイムキーパーとして一分前の鐘を鳴らした。
すると鳴瀬さんは呼吸を正してから、急に僕をびし、と指さした。
「…………たとえばそう……今、高野くんの後ろに立っているおじさんが本当に現世の人なのか、はたまた霊界のような別世界の人なのか、あたしたちには見分けがつかない。つまるところ、霊界の存在する可能性を排除して、完璧な否定をすることなんてできない。それはつまり逆説的に、幽霊達の世界が存在するってことに繋がるの!」
僕はとっさに後ろを確認したが、おじさんなんていない。鳴瀬さんは一体何を言っているんだ? まさか、皆には見えていて、僕にだけおじさんが見えていないのか?
……待て待て、冷静になるんだ。そんなことはありえない。いやしかし…………。
と、ていうか後半、鳴瀬さんが話していることがちっとも理解できない。
なに、第二世界論って? そんなの聞いたことないし、知ってるのが当たり前の常識みたいな感覚で話されても困るよ!
そんな僕の思いはお構いなしに、鳴瀬さんは発表の締めにかかる。
「皆一度くらい体験したことがあるはずよ。理屈で説明できない不可思議な現象は私たちの日常に当たり前に転がっているのよ。今、この瞬間にだってほら。目に見えない、別の世界の誰かがあたしたちのビブリオバトルを観戦して楽しんでいるかもしれない。
この本『霊界へ行こう!』はね、そんな霊界という世界を説得力のある形でウチに示してくれた。皆も感じたことのない新しい世界への扉を開いてみて。扉はこの本のページを開いた先にある」
言い切ったところでちょうど五分の鐘がチン、チーン! と鳴った。一応言っとくと、二回鳴らしただけだから。決して卑猥な想像なんてしないように。
「……と、鐘が鳴ったところで発表タイム終了だ。三分間の質疑応答に入る。鳴瀬の発表について何か質問・意見があるやつは挙手してくれ」
鶴松先輩が声をかけるも、手を上げる人はいなかった。
鳴瀬さん……あんたの発表内容、高度すぎです。もうわけわかんない用語がたくさん出てきたし、僕は彼女の発表内容の半分も理解できていないんじゃないだろうか。これでも自分としてはしっかり発表を聞いていたつもりだが、いかんせん内容が高度すぎて、あらためて鳴瀬さんの高い知識量が明らかになった。
ていうか……鳴瀬さん、霊界詳しすぎでしょ。僕はそっち方面はそんなに詳しいわけではないけれど、その手の論文とか書けそうなレベルに感じた。
鳴瀬さんの得た知識がこの本からなら、相当凄い本なのかもしれない。
いややっぱり異常なオカルトマニアなだけなのか?
でもまさか、あの鳴瀬さんがねぇ…………。
そんな時、ふと、手を挙げたのは久方だった。
「あの、一ついいですか?」
「ああ。質問は積極的にしてくれて構わないぞ久方」
「それなら遠慮なく。気になったんだけど、委員長はなぜその本を手に取ったんだ?」
「え?」
久方の問いに鳴瀬さんは首をかしげる。
なるほど良い質問だと僕は思った。
鳴瀬さんは発表で、本の良いところはたくさんアピールしてくれていた。それこそ、大分マニアックな意見も織り交ぜて。だけど、そもそもどうして「霊界へ行こう!」を読みたいと思ったのか、その動機はわからず終いだった。
うちの高校の図書室は決して大きな図書室とはいえない。それでもそこそこの蔵書はあるし、たくさんの本の中からなぜ鳴瀬さんはこの本を選んだのか? オカルト本にしたって、この本以外にもいくつか種類はあるし、久方の質問を聞いて、僕も、鳴瀬さんが本を読もうと思ったきっかけが気になった。
「う~ん……きっかけって言われてもなぁ…………」
つぶやいてから、煮え切らない顔でつづける。
「逆に聞くけど、こんなタイトルの本あったら手に取っちゃうでしょ?」
……一同、きょとん。
「お、俺は少なくとも手に取らないかも」
「えぇっ!? それは久方くんがおかしいって! 『霊界へ行こう!』だよ? はっきし言ってタイトル勝ちじゃん! オカルト好きなら絶対手伸びるって! 高野くんならわかってくれるよね?」
「え、僕?」
正直、ここで僕に振って欲しくなかったが、幸いにして時間がちょうど三分くらいらしく。
チン、チン、チーン! と三回鐘を鳴らして、鳴瀬さんの番は終わった。
鐘の音を聞いた鳴瀬さんは納得いかない表情で席に着く。
あそこで僕にどう答えろって言うんだ? 怪しげな話とか、ホラー小説とか結構好みだけど、僕の場合好きなだけで、鳴瀬さんみたいに独自の理論持ってたり、そこまでのレベルじゃない。同じ感覚を求められても、僕では鳴瀬さんのオカルト話にはついて行けない。
そこに関しては、僕も久方と同じ意見だ。
棚にあってもたぶん『霊界へ行こう!』は積極的に手に取りたいと思える本じゃないかも。
だけど、ビブリオバトルで鳴瀬さんが紹介してくれなかったら、本の存在すら知らなかったし、そういう意味では鳴瀬さんの発表を聞いてよかった。
……あと、今後なるべく彼女にオカルトな話題は振らないようにしようと、心にひっそりと誓った。
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