第56話 先輩たちの話


 鳴瀬さんに強引に連れて行かれた僕と久方は、校舎の裏手の辺りまで来てようやく解放された。無理矢理引きずられるような形だったから、連れ出した鳴瀬さん含め、僕らはどっと疲れて近くにあったベンチに腰を下ろして息をつく。

 久方は汗ばんだ額をぬぐうと、肩を上下させながらつぶやいた。


「はぁ、はぁっ……あんな強引に俺たちを連れ出してどういうつもりだよ委員長?」


「正直、僕もオタキングに同意だよ。先輩たちが大事な話してる途中だったのに……君のことだから、約束があったって言うのもはったりでしょ?」


 どうやら僕の発言は的を得ていたらしい。鳴瀬さんはそれが正解だという表情で小さくはにかんでみせる。


「……やるじゃない二人とも。ウチのこと、少しはわかってきたみたいね」


「はぐらかさないで教えてよ。鳴瀬さんは悪戯でこんなことするような人じゃないってくらい、僕らにはわかる。なぁオタキング?」


「ああ、そうだな。俺も委員長の魂胆が知りたい」


「ふぅ……。ま、隠すようなことじゃないかもだけど、一応、ウチなりに気を使ったつもりなのよ。ウチたちがいない方が、当人たちも話がしやすいでしょうし」


「それって先輩たちのこと? 鳴瀬さんは何か知ってるんでしょ?」


「まあ少しはね。先輩たちが自分から話さないから、ウチも黙っていたんだけど……」


 鳴瀬さんは少し渋る表情を見せた後、ぽつぽつと語り出した。



   ◇ ◇ ◇



 バカ二人を引き連れて走り去っていく鳴瀬の背を見つめながら、雨宮がぽつりとつぶやいた。


「君の後輩はいつもああなのか?」


「まああいつらは大体あんな感じだ」


 鶴松自身、一年教室の様子をいつも見ているわけじゃないが、なんとなくあいつら三人はいつもあんな感じなんじゃないかと思ってる。大体、鳴瀬が突飛なこと言い出して、久方もそれに賛同し、なし崩し的に高野も巻き込まれる形だ。まだ夏休みにもなっていないというのに、あの三人は二年生の間でもちょくちょく話題にあがる。噂では教師の反撃を恐れることなく、デコに輪ゴムを射出したとか。品行方正とはいいがたい方面での話題が多く広まっていることもあって、生徒会の雨宮の耳にも入っていることだろう。


 彼の身になってみると、なるほど……文芸部は自分を含め問題児の集まりに見えても仕方がない。

 すると、聞こえるようにため息をついた白石が、雨宮と鶴松と交互に見つめて、呆れ交じりに言った。


「あなたたち二人が、昔話しやすくなるようにしてあげたんでしょ。麻衣ちゃんは優しい子だもん。それくらい気づきなさいよ」


「僕は気づいていたさ。意図を察していないのは鶴松くらいだろう」


「変な言いがかりはよせ雨宮。で、クソメガネ。お前、鳴瀬に何か教えたのか?」


「ううん。私はなにも。でもあの子賢いから、色々察しちゃったのかもしれないね」


「……彼女は何者なんだ?」


「本人は忍者の末裔って言ってたぜ」


「そんな冗談……いや……まさかな」


 雨宮はふと、この地に伝わる民話を思い出した。江戸の時代、私服を肥やす豪商や役人を成敗し、下々の者たちから尊敬を集めたという忍者、鳴瀬十三。その末裔が彼女なのかもしれないが……詮索しても無意味か。


「いい加減仲直りしたら? 雨宮くんも元・文芸部員なんだしさ」


 ぽつり、とつぶやいた白石の一言が、波紋のように鶴松と雨宮の心中に脈打った。


 仲直り……か。今となっては随分昔のことみたいに思えるけど、ちょうど半年くらい前まで、二人は生徒会の間でも有名なコンビだった。お互いになんとなく相手の考えてることは察せるし、だからこそあと一歩をお互いに歩み寄れずにいたところがあった。


 これまでは。


 鶴松はそっぽを向いて視線を移すと、照れ隠しのようにぽりぽりと頬をかきながら、ぎりぎり聞こえるくらいの声でぼそっとつぶやく。


「そのうち戻るからよ」


 不意につぶやいた言葉を聞いて、雨宮は目を見開いて驚く。


「その言葉本当か!?」


「だーっ、暑苦しいなお前はいつもいつも!」


「言質とったからな鶴松! いつ、戻ってくるんだ!?」


「そのうちだよ! そのうち! うっせえなぁもう!」


 二人のそんなやり取りが妙に懐かしく感じられて、白石は自然と笑みがこぼれた。

 その瞬間を見逃さなかった鶴松が目を三角みたいにして言った。


「あ、クソメガネ! 何笑ってやがる!」


「いや……ただ、なんか懐かしいなって思って」


 白石は感慨にふけりながらも、一つの決意を胸につぶやいた。


「文芸部部長として宣言するわ。来週のビブリオバトル、雨宮くんも絶対来なさいよね」


「白石さん……僕は執行部の活動があって、正直そんな暇ないんだけど」


「知らないわ、そんなの。なんとかできるでしょ、あなた達二人なら」


「お前、勝手に俺を勘定に入れるなよ」


「ふん。元々自分で蒔いた種でしょ。いずれ執行部に戻るなら、リハビリしとかないとね」


「お前、鳴瀬みたいになって来たんじゃねぇか?」


 見上げる空の青がいつもよりずっと高く感じられる。すぅっと息を深く吸い込むと、肺に入って来た空気が、しんと体中に伝わっていく。気分は快晴模様だ。



   ◇ ◇ ◇



「「え~っ!? 雨宮先輩が元・文芸部!?」」


 鳴瀬さんから聞いた事実に僕と久方は頓狂な声を上げて驚いていた。そんな僕らとは対照的に鳴瀬さんはいたって普通の感じで第二の事実を告げた。


「そうよ。それに鶴松先輩だって去年までは生徒会執行部所属だったみたいだし。あの二人、案外仲良しだったのかもしれないわね」


「「え~っ!? 鶴松先輩が元・執行部!?」」


「……その反応、ギャグなの? いちいちうるさいわよ、二人とも」


「顔色一つ変えない委員長の方がおかしいって! なぁ高野くん?」


「オタキングの言う通りだよ。鳴瀬さんはどっからそんな情報聞いてきたの?」


 すると、彼女は聞こえるような大きさのため息をつくと、呆れ交じりに僕らを見つめる。


「学校じゃ結構有名な話よ。鶴松先輩も雨宮先輩も有名人だしね。この際はっきり言っておくけど、ウチがおかしいんじゃなくて、おかしいのはあんた達だから。高野くんも久方くんも校内事情に疎すぎ。友達少ないもんね」


 ずけずけと僕らのハートにクリティカルヒットする言葉を投げかけてくる。でも、鳴瀬さんの言っていることはその通り過ぎて何も言えない。雨宮先輩は生徒会の副会長だから有名なのはわかるけど、鶴松先輩が結構有名人だったなんて思いもしなかったし。人心掌握術に長けた最低な先輩だとだけ思っていた。


「ま、先輩たちの話はいいじゃない。ウチ達には他にやることがあるものね」

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