第17話 絵買い
鶴松先輩の発表が終わると、ビブリオバトルもいよいよ大詰め。後はオタキングこと久方の発表を残すのみである。
「さぁて、最後は俺か……」
久方はゆらりと立ち上がると、尻ポケットから取り出した文庫本を掲げる。
……ていうか、んなとこに本入れとくなよ。
「えーオホン。俺が今回紹介するのはこの本、
『妹萌えの旦那(勇者)をどうにかしたい件』です」
ぶふぉ……! 不覚にも吹いてしまった。
久方のことだから何かしらぶっ飛んだ本を持ってくるだろうと思っていたけど……彼が紹介する本のタイトルは僕の想像の上をいった。
タイトルだけ聞くと、ネット小説でよく見かけ…………いや、中々見かけないなこんな変なタイトルの小説。主人公は妹萌えの勇者で既婚者? わけがわからない。
「……はい。タイトルを聞いて皆さんの顔が引きつったことはわかってます。アニメばっかり見てる俺も若干、これで大丈夫かと思いました。
でもね……よくあるテンプレ設定に食傷気味のそこのあなた!」
久方はいきなり僕をびしっ!! とまるで探偵のごとく指さした。
僕は別にこの小説に対してなんの思いも抱いていないのだけど……。
「そんなあなたにこそ……この小説は読んでみて欲しい! この小説、妹萌えにダブルヒロイン、俺TUEEE勇者もの、若干気持ち悪い長文タイトルなど様々な要素がてんこ盛りなのにも関わらず、その本質は純愛ラブストーリーなのです!」
じゅ、純愛ラブストーリー……だと!?
あんなタイトルから誰が想像できる!?
「ネタバレにならない程度に設定を少しだけお話しします。
主人公のエリスは世界を救う使命を持った勇者です。
彼の許嫁……ナターシャは神を信仰する正教会の巫女であり、勇者の妻となることが決まっていました。二人の結婚は生まれる前から当人の意思に関係なく決まっていたことでした。
さて……ここで登場するのが勇者エリスの妹、コレットです。幼いときからエリスとコレットの兄妹は仲睦まじく暮らしていました。
エリスはコレットを妹として溺愛していましたが、コレットがエリスに向ける気持ちは恋心といっても良い気持ちでした。
やがて……二人の間に許嫁としてナターシャがやって来て、三人の暮らしが始まります。そこから恋の三角関係が…………という展開になるものだと俺も思っていました」
話していて楽しさがにじみ出ているかのように久方は笑う。
「……だけど物語は俺の予期しない方向に舵を切ります。
ある日、コレットが謎の事故によって異世界へ飛ばされてしまったのです。兄であるエリスはコレットのことを追いかけようとしますが、自分には勇者としての使命があるため妹を助けに行くことはできない。
許嫁のナターシャはエリスの気持ちに気づいていました。エリスの元へ嫁いできてから短い期間だけど、兄と妹の間には並々ならぬ絆があり、所詮他人である自分はその間へ入っていくことなどできやしない……と。
ナターシャは教会の禁術によって、エリスに代わり、コレットを救うため異世界へ行きます。
あなたのことを愛している――という置き手紙を残して」
………………。
……うん、読んでみたい。少なくとも僕はそう思った。タイトルを聞いた段階ではあまり興味をそそられなかったけど、いつの間にか、僕は久方の口から語られる物語の設定に聞き入っていた。
「長々と説明したけど、これがプロローグです。ページにして5,6ページくらいですかね。
要するに軽すぎるタイトルのくせに、中身は骨太の純愛小説だということです。
そのギャップに俺は悶絶しました。ギャップ萌えっていう言葉がありますが、今回の場合ギャップ読みですかね。高野くんが紹介していた本と同じで、この本も文章が軽妙で読みやすいのもおすすめポイントっすね。
嫁と妹が異世界に飛ばされた世界を救うために孤独に戦う勇者エリスの葛藤。
愛する人の愛する人を救うため単身、異世界へ向かった許嫁ナターシャの苦悩。
そして……どうして妹のコレットは異世界へ飛ばされてしまったのか……?
ネタバレを極力せずに出せる情報はこれくらいですかね。気になったらぜひ読んでみてください。普段小説を読まない俺が丸一日ゲームをしないで読んだ本、といえばその面白さが少しはわかっていただけると思う。なぁ高野くん」
「ん? う、うん……」
まぁ授業中にヴィータを没収されるやつ、現実にはそういないだろうし……彼がゲーム以上に小説を優先するということは、それだけ物語に夢中になっていたということなのだろうな。
そこで終了一分前を知らせるベルを鳴らす。
「こんなこと、ここで言うことじゃないかもしれんが……俺は恋愛ものってあんまり好きじゃないんだ。
読み終わった後に現実の自分と向き合うと虚しくなるだけだしな。
だけどこの本は俺に何か大切なことを教えてくれたような……そんな本なんだ。
ちょっと大げさな言い方に聞こえるかも知れないけど、実際、この本を読んだ後、押し入れにしまっていた『どきメモ』を引っ張り出してプレイしてしまったぜ。
それにこの本は俺が持ってきたものじゃない。委員長と一緒に、さっき図書室で借りてきたんだ。それは学校の図書室に置くだけの価値が、この本にはあるって、司書の先生が認めたって事だろ。なんか俺、作者じゃないのに自分が認められた気がして嬉しくてさ。いいもんだよな……好きな本が図書室に置いてあるって」
ちょうど五分が経過して、久方の発表は終わった。
質問タイムで真っ先に手を挙げたのは白石先輩だった。
「和也くん、発表お疲れ様。変わったタイトルだけどとっても面白そうに感じたわ」
「ありがとうっす」
「愛する人と離ればなれになるって辛いもんね……私、気持ちわかる」
な……白石先輩は誰かと遠距離恋愛中なのか?
「お前、彼氏いない歴=年齢じゃねーか。嘘ぶっこむんじゃねーよ」
「だ・か・ら! 想像できるわ、ってことよ!」
なんだそうか……びっくりした。白石先輩が急に大人びて見えたから驚いた。
「ところで和也くんはどうしてこの本を手に取ったのかしら? ちょっと特徴的なタイトルで、私は手が出ないかも。だから余計に気になっちゃって。良かったら聞かせてくれる?」
ふむ……普段『坊ちゃん』とか読んでる白石先輩からしたら聞き慣れないタイトルかも知れない。あくまで僕の考えだけど、この手のタイトルって好き嫌いがはっきり分かれると思う。僕は特別嫌いなわけじゃないけど、サブカルが嫌いな人は手に取らない人多そうだもんなぁ。タイトルはアレだけど、読んでみると普通にすっごく面白い小説だってたくさんあるんだけどな。
みんなの視線が集まる中、久方はきっぱりと言った。
「絵買いです」
ぶふぉ! 久方のことだからてっきり妹好きとか、タイトルの属性に惹かれて手に取ったのだと思ったが、まさかの絵買い? こいつ……さすがはオタキングなだけあるな。
「絵買い……? それって何かのテクニック?」
どうやら白石先輩は絵買いという言葉すら初めて聞いたらしい。口には出さないけど、鳴瀬さんもきょとんとした顔をしており、久方の発言の意味がわかっていないみたいだ。
「委員長も知らないみたいだから説明すると……テクニックっていう程じゃないっすけど、好みのラノベをいち早く見つける手段の一つではありますかね。ライトノベルには本の初めのページにカラーの絵があることが多くて、その絵を基準に文字を飛ばして挿し絵だけチラチラ見て、内容を判断するのが絵買いっす」
「なるほど。ウチが小説の冒頭を斜め読みするのと同じね」
「そういうことっす」
「絵買いはしたことないけど、私も気持ちわかるなぁ。本屋さんで何気なく手に取ってパラパラページをめくっていたら、思いのほかすっごく面白くってすぐにレジへ持って行っちゃうことあるもん」
「わかります! 無名のイラストレーターなのに、心の琴線に触れるような……まさにドストライクの絵柄の表紙とか見ると、俺、それだけで買っちゃいますもん!」
なんか……微妙に二人の言ってることが噛み合ってない気がするんだけど、当人達は納得しているようだからいいのかな。
僕は絵買いはあんまりしないけど、久方が言うようにイラストでびびっと来て本を手に取ることはある。結果、絵が好みなだけで、話が面白くない本を買っちゃうこともあるんだけど、そういうのは話の種にもなる。イラストも好きで、話も好みって時もあるし、意外と絵買いもバカに出来ないのだ。
本を手に取るきっかけは人それぞれでいいんじゃないかって僕は思ってる。
書店のフェアで見つけようが、古本屋で見つけようが、図書館で見つけようが、インターネットで見つけようが、知人に教えてもらおうが、楽しめればそれでいい。そういう意味ではこのビブリオバトルも新たな本の発見に役立っている。みんなが発表してくれた本、今まで聞いたことも無かったからね。
白石先輩の質問で思いのほか盛り上がって、質問タイムも、もうじき三分になるところだ。
久方が紹介してくれた『妹萌えの旦那(勇者)をどうにかしたい件』だけど、初めの印象はどこへやら、素直に読んでみようかなって思える自分がいた。
設定が面白そうだと思ったのはもちろんだけど、あの久方がおすすめする恋愛ものを読んでみたいなっていう気持ちもある。
それに……表紙のイラストは僕も好みだったし。
久方が人前で発表する機会ってほとんど無いからわからなかったけど、今日の発表を見るに意外と発表とか得意なヤツなんだなって思った。
まぁ自分の好きな分野の話を人に教えることって、言葉にするよりすごく楽しいことなのかもしれない。今日のビブリオバトル、嫌々恥ずかしそうに発表する人いなかったしね。
その時、不意に一冊の本の表紙が僕の脳裏をよぎった。
――またか。忘れたくてもふと思い出してしまう。あの本の続きはもう読めなくなってしまった。わかりきってることなのに、心のどこかで期待してしまう自分がいた。
そんな自分をかき消すように、僕は発表終了のベルを鳴らした。
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