第18話 投票タイム

 これで五人の発表が全て終わった。あとはそれぞれが読みたかった本に投票して、チャンプ本を決める流れである。


「……さて、これで全員の発表が終わったわけだが、司会の俺から、投票方法について説明させてもらおう。本来は一人一票読みたい本に投票するんだが、今回は特別に一人三票まで投票できることにする」


「一人三票? 一票じゃダメなんですか?」


「票が多く入った方が面白いだろ。一票ずつだと、同率一位が多くなりそうだしな」


 なるほど。みんなの推し本が一致していれば問題ないけど、少人数だと票がばらけた場合に同じ順位の人が出てくる確率高くなりそうだもんな。


「あの~。先輩、ウチの聞き間違いかもですけど、一番読みたい『本』に投票するんですか?」


「ああそうだぞ。勘違いしないで欲しいのは、発表が上手かった奴じゃなくて、自分が読みたいと思った本に投票するってことだな」


「ふーん……あんまし違いがわからないですけど……」


 鳴瀬さんはビブリオバトルやるの初めてだったもんな。疑問に思うのも仕方ない。


「実はかなり違うんだ。ビブリオバトルはあくまで読みたいと思った本を決めるバトルだからね。発表が上手い人を決めるわけじゃないんだよ」


「高野の言うとおりで、今渡したメモ用紙に、読みたいと思った本のタイトルの選択肢に丸を付けてこの箱に入れてくれ」


 言いながら鶴松先輩の渡した小さなメモには、みんなが発表した本のタイトルが書いてあった。発表を聞きながらメモを作っていたなんて、器用な人だ。


「先輩、三つの票を例えば三冊の本に一冊ずつとかでもOKなんすか?」


「ああ、構わないぞ。逆に一冊に三票入れるのもアリだ。あと、一応言っとくけど、誰がどの本に投票したとかはわからないし、興味も無いから気にしなくて良いぞ」


「ふうん。じゃあ私が『坊ちゃん』に三票入れてもいいってわけね?」


「それはダメだ。あくまで他の人の本に投票するのがルールな。まぁ、こっちとしては確認する手段無いからお前らの良心を信用するしかないわけだが」


 ビブリオバトルの紳士的ルールとして自分の本には投票しないってのがある。みんな自分の選んだ本をオススメしてるのはわかりきってることだし、ゲームとして成立させるためのルールといったところか。


 さて、どの本に投票するかだけど……。


 普通は一人一票だけ投票するが、今回は三票投票できる。同じ本に三ポイント投票しても良いし、一ポイントずつ三冊に割り振ってもいい。う~ん……どうしよう?



 ここで、みんなの発表を振り返ってみる。



 まず、鳴瀬さんの発表した『霊界へ行こう!』。

 

 鳴瀬さんのオカルト知識が披露される凄い発表ではあったけど、肝心の本の良さがあまりわからなかった。霊界を題材にしたオカルト本なのはわかったけど、読みたいかと言われるとノーだ。

 マニアックな記述が多そう、とは思ったけど、それだけで読みたくはならない。まぁ鳴瀬さんみたいなよっぽどのオカルトマニアなら話は別だろうけど、僕はあいにくそこまでのマニアではない。

 とりわけ印象が強かったのは作者の名前。怪異物書とかいう、オカルト本書くために作ったようなペンネーム、僕は今まで聞いたことが無かった。


 …………ないな。



 続いて発表したのは僕……だけど、それは飛ばして次は白石先輩が薦める『坊ちゃん』か。


 言わずと知れた名作小説で、今更紹介するのもおかしいくらいの小説だけど、白石先輩の言葉で『坊ちゃん』の魅力を再発見させられ、発表が終わる頃には、図書室で借りて読んでみよっかな……という気にさえなっていた。みんなはどう思っているのかわからないが、少なくとも僕の中ではかなりポイントが高い。

 ただ、白石先輩が『坊ちゃん』をあえて紹介しようと思った理由が、結局は先輩の趣味ってだけだったのがちょっと気になるけど。



 次は鶴松先輩の紹介した『コーヒーブレイクのすすめ』か。


 先輩の発表では、プライベートで毎週喫茶店で一人デートしてることが明らかになったが、それは置いておいて、面白そうな内容の本だと感じた。

 コーヒー嫌いの作者がコーヒーを克服するため、ありとあらゆる実験で、どうすればコーヒーをより美味しく飲めるのかを探る実用書で、先輩の発表では実験内容の一部しか紹介されなかったけど、他にどんな実験をしているのか非常に気になる。僕個人としては、別にコーヒーは苦手じゃないし、むしろ好きだ。コーヒー嫌いな人は、コーヒーの何が嫌なのか。それを知るためにも読んでみたいなぁって思う。図書室に置いてれば良いのにな。


 う~ん……こりゃ、『コーヒーブレイクのすすめ』もかなりポイント高いぞ……。



 最後はオタキングこと、久方の発表した『妹萌えの旦那(面倒なので以下略)』だ。


 強烈なタイトルに驚いたが、彼が紹介した内容は実にピュアなラブストーリー。正直言ってヤツが恋愛小説を紹介するとは思っていなかっただけに、非常に読んでみたい気になった。

 それにラノベ好きの僕としては、同じくいつもラノベをよく読んでるであろう久方がオススメするラノベがどんなもんか気になる気持ちもある。

 表紙のイラストが好みだったのも相まって、『妹旦(さらに略)』はわりとポイント高い。



 投票できるのは三ポイントぶん。


 正直、残念だけど鳴瀬さんの発表した『霊界へ行こう!』は投票するほど魅力を感じなかったので考慮に入れないとして、他の三つの本に一票ずつ入れようか?


 う~ん……でも、それは自分の中でなんだか納得いかない。


 あくまで一番読みたいと思った本に投票するのがビブリオバトルの本筋なんだから、そこを曲げてある種、中立的な投票をするのはどうなんだろうか。


 三つの中から絞るとすると、僕の中では『坊ちゃん』か『コーヒーブレイクのすすめ』かなぁ。


 久方紹介の『妹旦』は読みたいなとは思ったけど、どうしても他の二冊の方が面白そう……というか、読んでみたいという気持ちが強い。なまじ普段からライトノベルを読み込んでるだけあって、普段自分が読みたい本に興味があるのかもしれないな。


 二つまでは絞り込めたけど……ここからが問題だ。

 素直にどちらの本も読んでみたいだけに、一冊に絞るのが難しい。



「――い。おーい、高野!」


「は、はい?」


 名前を呼ばれてはっと顔を上げる。考えるのに夢中で鶴松先輩の呼びかけにも気づかなかったらしい。僕がどっちつかずに考えている間に他のみんなはもうすでに投票を終えたらしく、まだ投票本を決めていないのは僕だけだった。


「高野まだか? あと、お前の投票だけなんだけど」


 鶴松先輩が手製の投票箱を僕の机の上に置く。


 にしてもみんな決断早くないか? いや、僕が遅いだけか?


「……あんま悩んでもしゃあねぇし。あと三十秒な」


 まぁ確かにそうか。あれこれ考えてても、どっちも読みたいことに変わりないし。今回は鶴松先輩の提案で三票投票できることだし。


 よし、決めた。


 僕は三枚のメモのうち二枚に『コーヒーブレイクのすすめ』、一枚に『坊ちゃん』と記入して投票箱の中に入れた。



「よし。これで全員投票終わったな」


「ふふん。私の『坊ちゃん』が一番ね、きっと」


「白石先輩、それはありえません。まず間違いなく、みんなウチの『霊界へ行こう!』に投票してますって。実はみんなオカルト大好きですし」


「え? いつ? いつみんなオカルト好きって言ったの委員長? ま、皆の紹介した本も面白そうだったが、やはり俺の『妹萌えの旦那(勇者)をどうにかしたい件』が一番だな」


「よく噛まずにそんな早口で言えるね……。でもそうだね。思っていたよりずっと読んでみたい本ばっかりでかなり投票迷ったよ」


「高野くん、ずっと真剣な顔で悩んでたもんね。高野くんの『となりの席の幽子さん』もかなり面白そうだったけどなぁ」


 口々に発表した本の感想を言い合う僕らを見て、司会の鶴松先輩はため息まじりにつぶやいた。


「はぁ……お前らなぁ。言っとくけど自分の本に投票するのは無しだかんな?」


「わかってるわよ! ま、アンタの本も中々面白そうだったけど、『坊ちゃん』には負けてるわね」


「んだとクソメガネ」


「まあまあ。みんな自分の紹介した本に自信があるってことですよ」


「……んじゃあ、開けるからな。恨みっこなしだぞ」



 そもそもビブリオバトルは恨みっこするゲームじゃない……という言葉は頭の中にとどめて。



 鶴松先輩は投票箱をひっくり返して、票を集計していく。

 白石先輩も、鳴瀬さんも、久方も、ビブリオバトルは初めてなのに、気づけば僕や鶴松先輩よりのめりこんでいて、今も、固唾をのんで集計結果を見守っている。


 やがて、先輩の集計作業が終わって、今回のビブリオバトルのチャンプ本が決定した。

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