第19話 チャンプ本

 鶴松先輩による厳正なる審査の結果、見事チャンプ本に輝いたのは――『コーヒーブレイクのすすめ』だった。


 自分の薦めた本が一番になれなかったのが悔しいのが半分、自分が投票した本がチャンプ本に選ばれて嬉しいのが半分といった気持ちだ。


「ふん。まぁ妥当といったところか」


 鶴松先輩はクールぶってるが、その口元は嬉しそうに笑っている。

 そうなのだ。不思議なものだけど、自分が発表した本が皆の投票で選ばれてチャンプ本になるのは、別に本の作者じゃないのに、自分のことのように嬉しいんだ。ビブリオバトルをやってみればきっとわかると思う。


 白石先輩は『坊ちゃん』が選ばれなかったことが悔しいだけでなく、鶴松先輩のクールぶった態度も悔しさを加速させているらしく、ぷりぷりした口調で興奮気味だ。


「何よ余裕な顔しちゃって!」


「まぁでも実際、先輩の本は面白そうだったですもんね。今度貸してくださいよ」


「お、高野! お前もコーヒーに目覚めたか!」


「いや、まだ読んでないですよ」


 鶴松先輩と冗談を言っている間、久方は元気なさげに手元の文庫本を見つめていた。


「そっか、俺の本はダメだったか……」


「そんなことないよ。ウチは、久方くんの本に投票したもん」


「うん。私も。純愛物語ってところに惹かれちゃった」


「先輩……委員長……うぅ、ありがとう!」


 ……久方の気持ちはわかるんだけど。水を差すように鶴松先輩がつぶやく。


「あーお楽しみのとこ悪いが……鳴瀬。自分がどの本に投票したかは言わないのがマナーだ」


「えー! なんでですか!? まさか0票の本があるわけないし、投票してくれた人がわかったら面白いじゃないですか。ねぇ高野くんもそう思うでしょ?」


 これに関しては僕も鶴松先輩の意見に賛成だった。


「まぁ一理あるかもしれないけど。ビブリオバトルはあくまで最も読みたい本を決めるゲームだから、どの本に何票入ったとかそういうのは詮索しないんだよ」


「えー……でもウチ、自分が何票入ったのか知りたいですよ! 本人が希望してるなら別に良いんじゃないですか?」


「それなら私もみんながどれくらい投票してくれたのか知りたいわ! ゲスノッポ! あんたは票数えたんだから知ってるんでしょ? 教えなさいよ!」


「そうですよ! 鶴松先輩だけ知ってるってずるいです!」


 女子二人は意地でも自分の本の得票数を知りたいらしい。

 別にチャンプ本だけ決まれば良いと思うんだけどなぁ……。久方はどう思っているんだろう?


「ねぇオタキングも自分の本の得票数知りたい?」


 彼はしばし黙考した後、口を開く。


「……そうだな。俺の発表に賛同してくれた同志の数……教えてもらえるのなら是非とも知りたいな」


 ……なんかちょっとズレてる気がするけど、とにかく彼も得票数を知りたいらしい。

 鶴松先輩は自分を見つめる三人の視線に、頭を抱えてため息をつく。


「はぁ……お前らなぁ……。いいか? 本来はチャンプ本決めて終わりなんだからな? そのへんわかって言ってんだろうな?」


 三人ともコクコクと頷く。その目には一点の曇りも無い。


「……わかったよ。今回は本人希望ってことで公開するけど、本来はやらないからなこんなこと。高野もいいか?」


 僕が頷くと、鶴松先輩は手元のメモ用紙を皆に見せる。



「誰が投票したかまではわからんが……


『コーヒーブレイクのすすめ』……5票


『坊ちゃん』……4票


『となりの席の幽子さん』……3票


『妹萌えの旦那(勇者)をどうにかしたい件』……3票


『霊界へ行こう!』……0票


 ……というわけだ。どうだ、これで満足か?」



「おっ! 俺の紹介した本が高野くんと並ぶとはな。はっはっは」


「久方の本、素直に面白そうだったからな」


「ふんふんふ~。皆に『坊ちゃん』の魅力が伝わって嬉しいわ~」


「はっ。たまたまだろ」


 ふむふむ……意外と僅差でチャンプ本が決まっていたみたいだ。票数的には二位が『坊ちゃん』で、『幽子さん』と『妹旦』が同票で3位。三票も票を入れてくれた人がいたってわかって、なんだか嬉しいな。

『霊界へ行こう!』は…………うわぁ。


 鳴瀬さんは投票結果を見て、一人肩をふるわせている。


「…………」


「え、えっと鳴瀬さん、その……」


「いいの高野くん! ウチに慰めは要らないわ!」


 しかし、強がりを言ってるだけで、本当はすごく悔しそうだ。僕もまさか一票も入っていないとは思わなかった。


「……まぁそう肩を落とさないで麻衣ちゃん。『坊ちゃん』の方が人気だったとはいえ、あなたが紹介した本も面白そうだったもの」


 白石先輩……ぜんぜんフォローになってないです。


「ま……こういう事態が起こりうるから、票数は公開したくなかったんだけどな」


 誰も投票してくれなかったってわかるとむなしいもんね。知らなかった方が良かったこともあるってことか。でも投票しなかったからといって、その本がつまらないかというと、決してそうではない。

 あくまでもっと読みたくなるような本が他にあったってだけだ。

 だから鳴瀬さんも元気を出して欲しいと思うんだけど……。

 

「む~悔しい! 今度は絶対絶対負けないからね! 見てなさいよ! 必ず皆をオカルトの渦に巻き込んでやるんだから!」


「おー、その意気だぞ鳴瀬。んじゃま、今回のビブリオバトルはこれにて終了!」


 みんな初めてのビブリオバトルだったけど、想像以上に盛り上がったし、良いゲームだったと思う。かくいう僕も楽しんでいた。あの時のことを考えず、ただ純粋に。


 それはきっと皆も純粋に、好きな本を紹介するのを楽しんでいたからだと思うし、それぞれの本に対する思いや考えに共感できたり、新しい発見があったからだと思う。


「いいじゃん……ビブリオバトル。ウチまたやってみたいな」


 おもむろにつぶやいたのは鳴瀬さんだ。


「ああ。俺も面白かった。もっと色んな本を読んでみたいなって気になったよ。それだけでも参加した価値はあるな」


「そうね。私も皆の発表を聞いて、まだまだ自分の知らないジャンルの本がたくさんあるんだなぁって感じた。特にゲスノッポとか、和也くんの紹介した本は、自分ではあまり手に取ること無かっただろうし」


「僕も先輩の発表を聞くまでは『坊ちゃん』なんて全く読む気しなかったですし……不思議なもんですね」


「ふっふっふ。初めてのビブリオバトル……やって正解だっただろ高野?」


「そうですね。実際やる前は、ちゃんと終わるのか不安でしたけど、やって良かったと思います」


「久方に鳴瀬。あと高野も。お前らが入ってきてくれたおかげでこういうビブリオバトルも定期的に出来るようになったんだ。ありがとな。ていうかこれからよろしくな」


「はい、鶴松先輩」


「俺もよろしくっす」


「ウチも次のビブリオバトルは絶対参加しますからね!」


 三人笑顔で返事をすると、一応、文芸部部長の白石先輩は五冊の本が置かれた机に目を落としつぶやいた。


「ふんふん。やってみるまで疑問だったけど、ビブリオバトル、か。文芸部の正式な活動にしてもいいかもしれないわね」



 ――かくして文芸部初のビブリオバトルは、鶴松先輩紹介の『コーヒーブレイクのすすめ』がチャンプ本という結果で幕を閉じたのであった。

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