第24話 鳴瀬ブランド

 それから週末の決戦に向け、久方と鳴瀬さんの指導の下、様々な強化訓練が行われた。例えば、三日前の訓練はこんな感じだ。


 放課後、教室に集まった僕たちは鳴瀬さんが作った手製の割り箸でっぽうを渡された。


「えっと……これは?」


「見ての通り、割り箸でっぽうよ」


「いや、それはわかるが……委員長、まさかこれで的当てでもする気か?」


「その通りよ。……はい。教卓の上に置いたこの空き缶を、二人は教室の一番後ろから狙ってね」


 要するに的あての練習か。しかし、ただの割り箸でっぽうで教室の端から端まで輪ゴムが飛んでいくだろうか? 


「あ、その顔。高野くん、当てられるわけないって思ってるでしょ?」


「う、うん。的が遠くてゴムが届かないと思ったんだけど」


「ふふん。そこはウチが改造しておいたから大丈夫。ウチ、中学の時、技術の成績はいつも5だったからね」


 エアガンならいざ知らず、いくら技術の成績5でも、簡素なつくりの割り箸でっぽうで教室の端の空き缶を撃つなんて威力的に無理があるよなぁ。ちなみに僕の中学の頃の技術の成績は2だった。


「まあ撃ってみればわかるよ」


 鳴瀬さんがそう言うので、仕方なく輪ゴムをセットし、教卓の上の空き缶に狙いを定める。

 引き金を引くと、輪ゴムはまっすぐな軌道を描きながら勢いよく飛んでいく。射出された輪ゴムは空き缶を吹き飛ばし、さらにその後ろの黒板に当たって床に落ちた。


 え……えええ…………。


 やけに鳴瀬さんが自信満々だったから結構飛ぶんだろうな、とは思っていたけど、まさかこの距離から空き缶を吹き飛ばしてしまう威力があるとは。

 これ……ひょっとするとエアガン並の威力あるんじゃないか。

 恐るべし……技術5。


「すごーい! 一発で命中よ! やるじゃない高野くん!」


「なかなかの射撃センスだな」


「あのー……これってひょっとして危険なんじゃ……」


「大丈夫、ただ割り箸でっぽうよ。ま、ウチがちょっとだけ工夫したけどね」


 絶対ちょっとじゃない!!


 この割り箸でっぽう……見てくれは普通だけど、鳴瀬さんの魔改造によって通常のものより遙かに高い威力を備えているぞ。もし、人に当たったら、結構痛いかもしれない。


「痛って! な、何すんだよ高野くん!」


「試し撃ち」


「ひ、人の尻で勝手に試し撃ちするなよもう! デコピン並みに痛かったわ!」


 なるほどこの銃、デコピン並みの威力があることはわかった。

 鳴瀬さんは空き缶を拾うと、銃撃戦が始まりそうな僕と久方の方を見て、何やら思いついたようにぽんと手を叩く。


「じゃあ良い機会だから、模擬戦でもやってみる?」


「「模擬戦?」」


「うん。武器はさっき渡したその割り箸でっぽう。お互い持ちゴムは三発。エリアはこの階のみ。ただし隠れるなりしてもOKよ」


 輪ゴムを持ち弾みたいに言わないでください。だがしかし……これは良い練習になりそうだ。実は僕もこれで結構、週末のサバゲーを楽しみにしていた。最初は嫌々だったが二人と一緒に色々練習するにつれ、ちょっとずつ実践で試してみたいと思うようになったんだ。


 割り箸でっぽうをまじまじと見つめる僕らを見て、ふと鳴瀬さんはポニーテールの先をいじりながら、ぽつりとつぶやいた。


「そういえばさ、二人はテスト勉強とかしてた?」



 テスト勉強?

 ……ああ、今週の小テストか。今は勉強してないけど……ま、一夜漬けでなんとかなるだろう。

 久方は……知らないけど、まぁ前回ひどい点数だったから、今回はそれなりに頑張るんじゃ内だろうか。……たぶん。


「わかってるだろ委員長。決戦の日はもうそこまで迫っているんだ」


「高野くんは?」


「今は他にやるべきことがある。そうでしょオタキング」


「ああ。高野くんもわかってきたようだな」


「ふっ。よせよ、照れくさい」


「……ま、大丈夫ならいいんだけど。ちょっとは勉強しとくのよ? 補習なんてなったら大変だもの」


「けっ。たまには委員長っぽいこと言って点数稼ごうとしても無駄だからな!」


「なんでウチが久方くんの点数なんて稼がないといけないわけ!? もー知らないからね!」


 鳴瀬さんはぷんすか怒って教室を出て行った。アドバイスはありがたいが、正直、今の僕と久方にとっては無粋以外の何物でもない。


 でも怒ってる鳴瀬さん、ちょっと可愛かったな……。


 いや、今は目の前の相手に集中しよう。模擬戦とはいえ、本番前の貴重な実戦なんだ。


「配置につくか」


「ああ」


 僕らは相棒(割り箸でっぽう)を手に、それぞれ自分の初期位置へ向かった。




 僕と久方、二人がそれぞれの持ち場についたところで模擬戦が始まった。


 さて、やるからにはあんなおたくに負けたくはない。エリアはこの階だけとはいえ、隠れられそうな場所は柱や掃除ロッカーの陰などたくさんありそうだ。久方のやつもバカ正直に廊下を突っ切って突撃してきたりしないだろうし、ここは相手の様子をみながら、隙を見て狙撃するスタイルで行くのが無難だろう。


 ああ、そうそう。鳴瀬ブランドの割り箸でっぽうだけど、所詮は割り箸でっぽうなので、窓ガラスに当たって壊れたり、学校の器具を破損させることはない。先ほど恐れ多くも鳴瀬さんが、久方のヴィータを撃ったが、なんの問題も無かったのでそこは安心である。


 人に当たってもせいぜい「痛って!」ってなるくらいで、ケガの心配も無い。まぁ、先生に当てたりしたら、職員室でしっかり怒られちゃいそうだけどね。



 僕はまず、手近にあった掃除ロッカーの陰に身を潜めた。


 久方が近づいてくる様子は今の所なさそうだ……と思ったのもつかの間、ロッカーの脇すれすれを輪ゴムが飛んでいった。


「ふっふっふ。高野くん、いい加減こそこそするのはやめたまえよ。君の場所はとうに知れている」


 バレた……! どうやって!? 久方の方から僕は見えないはずなのに!


 そんな僕の心の声を聞いたかのように、久方の声が廊下に響く。


「簡単なこと。君の慎重な性格を考えれば、セオリー通り、物陰に隠れて機を窺うはずだ。そう……例えば、スタート地点近くの掃除ロッカーの陰とかで」


 く……! 初めから僕の行動は奴の想像の範疇だったってことか!

 どうしよう……この位置から久方に輪ゴムを浴びせるには自分の身をさらす必要がある。しかし、そうなれば奴の方が一瞬早く僕を見つけ、先に撃たれてしまうだろう。だけど、隠れていてもいずれは…………何か手はないのか?


 階段をのぼる音……?

 ん…………あれ藤野先生じゃないか。


 階段から上がってくる藤野先生は、ふんふん鼻歌を歌いながら、ちょうど僕と久方の中間の一に顔を出そうとしてるところだった。掃除ロッカーの陰に隠れている僕には気づいていないし、こちらを狙撃しようとしている久方にも気づいていない。

 そして……おそらく久方も階段を上がってくる藤野先生に気づいていない!


「ふっふっふ。ことゲームと名のつくものにおいて、俺は君に負けるわけにはいかないんだよ高野くん! くらえ! そこにいるのはわかっている!」



 久方が狙いを定め、引き金を引いた!


 勢いよく放たれた輪ゴムはまっすぐ進んで……階段を上りきった藤野先生のおでこに直撃した。


「痛っ! なんだ急に!? …………ん、久方。なんだその手に持っているのは?」


「いや先生その。これには深いわけがありまして……」


「お前! いたずらで先生を射撃するとは良い度胸だ! 職員室へ来い! 説教してやる!」


「ちょ、ま! わざとじゃないです~!」



 必死の懇願虚しく、久方は鬼の形相をした藤野先生に連れて行かれた。鳴瀬ブランドの輪ゴムの威力は大人でもやっぱりちょっと痛いらしい。藤野先生はさぞお怒りのことだろう。



 あー…………見つからなくて良かった。





 そして――迎えた決戦の前日。


 帰りのホームルームで連絡事項を聞きながら、僕と久方は闘志を高ぶらせていた。


 いよいよ、明日なんだ。これまでの辛く苦しい訓練の成果をぶつける時。



 久方はメイドカフェ招待券の為に。


 僕は意地とプライドのために。


 明日、戦いに行く。



 自分でもこんなにサバゲーの試合を楽しみにすることになるなんてびっくりだ。

 二人から訓練の誘いを受けるまでは全然乗り気じゃなかったのに。


 放課後は訓練は行わず、お互いに明日の試合へ向けて体を休めることにしようということになっていた。胸のあたりがぞくぞくと震える。これが武者震いってヤツか。今日、ちゃんと眠れるかな。はは………。


「連絡はこれくらいだな。……っと、一つ言い忘れてたな」


 さてと、もうホームルームも終わりだな。今日はよけいな寄り道しないでさっさと家に帰って寝ることにしよう。


 ところが先生の口から出た言葉によって、僕と久方は困惑の渦へ引きずりこまれていく。



「――高野に久方。お前ら二人、明日補習だから。ちゃんと学校来いよ。さて、連絡は以上だ。んじゃ、鳴瀬号令頼むわ」



 久方は真っ青な顔で立ち上がると、しどろもどろになって言う。


「ちょ、待ってよ先生! 補習って何のこと!?」


「先生! 意味わかんないです! 明日休みじゃないですか! なんで僕らだけ学校行かなきゃいけないんですか!」


「補習は補習だ。昨日の小テスト、お前ら二人だけ平均点を大幅に下回ったからな。教師として、俺は補習が必要だという判断にいたったわけだ。恨むなら己の頭を恨むんだな」



 補習だとぉーっ!?



 確かに鳴瀬さんが勉強大丈夫?とか心配してたし、昨日の小テストはほとんど鉛筆転がしてたけど、まさか補習だなんて!


 久方はあきらめずに先生にくってかかる。


「先生どうか俺たちにご慈悲を! レポートでも反省文でもなんでもやるから! どうか明日だけは勘弁してくれよ!」


 僕の気持ちをも代弁した久方の言葉に先生もちょっと考える素振りを見せた。


「何か大事な用でもあるのか? 法事かなんかだったら仕方ないが……」


 言ってやれ、久方! 僕らが明日の試合のためにどれだけ懸けてきたのかを先生に伝えてやるんだ!

 帰り支度をしていたクラスのみんなも、固唾を飲んで久方の発言を見守っている。


 久方……いや、オタキングはすぅっと息を吸い込んでから、教室中によく通る声音で思いの丈を吐露した。



「俺のメイドカフェ招待券がかかっているんだぁぁぁっっ!」



 その瞬間、本当の意味で教室が沈黙した。

 オタキングの発言に、みなキョトンとした表情で彼を見つめ……やがて、先生が苦笑いを浮かべ、



「補修決定、だな」


「そんなバカなぁぁぁぁっ!!!」



 かくして僕らの訓練の日々は水の泡と消えた。


 後日聞いた話だが、久方はあの後、ふつーにメイドカフェに行ってみたらしい。とくに問題なく満喫してきたそうだ。僕はなんだかなぁ……という気持ちで頭がいっぱいになっていた。


 ちなみに小テストの結果は100点満点中、12点だった。少なくとも久方には勝っていたからいっか。鳴瀬さんはひどく呆れた顔をしていたけど。


 ははは………………はぁ。

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