第四章 極秘ミッション
第21話 高野悟の受難
朝、教室へやって来た僕の姿を見つけた久方は藪から棒に言い出した。
「ところで高野くん、来週末のサバゲーの件なんだが……君も一緒に行かないか?」
「いやいやいやいや……え!? いきなり、『ところで……』とか切り出されてもわけわかんないよ! 大体、なんだよ来週末のサバゲーって!」
ついつい朝っぱらからテンションの高いツッコミをしてしまった。隣の村上さんは哀れな目をこちらに向けている。違う。違うんだ村上さん。悪いのは朝っぱらからわけわかんないこと言い出したオタキングの方なんだ。だから、僕をそんな怪訝な目で見るのはよしてくれませんか。
「ほらこの間、君は特訓中の俺に声をかけただろ。その時に話したじゃないか」
そういえば……オタキングを文芸部に勧誘したとき、こいつグラウンドの外周を陸上部のごとく走り込みしてたっけな。確か、来週末に仲間内でサバゲーをやるとか言っていたけれど……それがなぜ、僕も参加することになっているのか。ホントにオタキングの頭の中はどうなっているのだろう? いっそ、こいつの脳内から萌えに関する情報だけをすべてまっさら消去してやりたい。そうすれば久方もきっと真人間になれると思う。きっと。
「あ、それと一つ言い忘れたことがある」
「もう……今度は何さ?」
「おはようっす」
「ここで挨拶!? 僕はまったくもう、君という人間が理解不能だよ!
おっと……ごめん。オタキングはサブカルの世界より出でし萌え豚だったね」
「朝っぱらからその罵倒はひどいんじゃないか、高野くん。とても親友にする仕打ちとは思えんな」
そんなとき、二人の間に割り込むように机の下からにゅっと顔が出てきた。
こんな妙な登場をしそうなのは僕の知っている中ではただ一人だけだ。
僕らのクラスの学級委員、鳴瀬さんはのっけから美麗な容姿にそぐわぬ事を言い出した。
「なになに? 二人して朝から猥談ですかな? お盛んですこと」
「い、委員長!? いつの間に!? というか俺らは別に猥談などしていないぞ、断じて!」
突然現れた鳴瀬さんに、久方は動揺を隠せない様子である。かくいう僕も、最近彼女を見ていると妖怪か何かみたいに思ってしまう。前回のビブリオバトルで鳴瀬さんが異様なまでのオカルトマニアであることが発覚したわけで、そのあたりも関係しているのかもしれない。
「冗談はさておき、話は聞かせてもらったわ。久方くんは、高野くんの心の内に眠る熱い戦士の志を目覚めさせたいのよね?」
……そんな志、そもそも眠っていません。
「ん? む、若干ズレてる気がしないでもないが、まぁそういうことだな。俺だけじゃ、ちょっと戦力に不安が残るし、高野くんも今回の助っ人きっかけに、あわよくばサバゲーにはまってくれればと思っている」
「あの……僕は遠慮したいんだけど」
我らが委員長は久方の話を聞いて、不敵な笑いをこぼす。たぶん僕の言葉は耳に入っていない。
「ふふふふ……面白そうじゃないの。ウチも協力させてもらうわ!」
「委員長も協力してくれるのか! 今回のサバゲーは楽しくなりそうだぜ!」
「あの……二人とも、聞いてる?」
「さぁて……そうと決まれば、特訓よ!」
「おぅ!」
「……もうダメだこの人たち」
かくして――僕の意見は全てないがしろにする方向で(二人の間で)話はまとまり、来週末のサバイバルゲームに向けた特訓が始まることになったのであった。
そして来たる、二時間目の数学の授業――さっそく特訓の幕が開く。
授業前のわずかな時間の間に我らが委員長は分刻みのタイムスケジュールを僕らに渡してきた。それを確認して僕は確信した。この女もまた……正気ではない、と。
狂気の沙汰としか思えない、メモの内容はこうだ――。
まずチャイムが鳴ると、担任かつ数学教師でもある藤野先生が出席簿を持ってやって来る。
それと同時に僕と久方の極秘ミッションも始まる。
五十分間の授業時間のうち、まず開始十五分は大人しく授業を受ける。ここで重要なのはいかに気配を消すか。あたかも真面目に授業を受けているフリをして、教室の風景に溶け込むことが肝要なのだとか。鳴瀬さんはいつもこのように気配を消し、授業中、ノートに落書きしたり、クラスメートの観察したりして遊んでるらしいのだが、入学後に先生に勘づかれたことはただの一回も無いという。
…………ちゃんと勉強しろよ、学級委員。
さて……。十五分の時間を使って気配を消した後、ミッションは次の段階に移る。
僕は挙手をしてトイレへ行く……フリをして学校を出て近くのコンビニで好きなファストフードを買ってくる。そして授業が終わるまでに教室へ戻ってくる。久方は僕が帰ってくるまでの間、なんとか先生を誤魔化して時間をつなぐ。
正直、意味不明だ。
鳴瀬さん曰く、これは敵の目を欺く隠密作戦の訓練らしいのだが……なんという無茶ぶりだろう。僕にはこのミッションが、百戦錬磨のスパイでも困難なミッションに思えた。それこそ忍者くらいじゃないと不可能じゃないか? 日頃、ポテチ食いながらのんきにゲームしてるであろう久方や本を読みながら寝落ちするような僕ではとてもじゃないが無理だ。
ところが、メモを見た久方は僕とは正反対に、少年のような目をして喜んでいた。彼の自信は一体どこから来るのか……それは人類に残された大いなる謎である。
このミッションは問題だらけだが、まず一点挙げるならば、学校から出なきゃいけない。これに尽きる。
そもそもにして高校生が授業をすっぽかしてコンビニにファストフード買いに行くってどういうこと!? 鳴瀬さんは何考えてんのさ、マジで!?
だが、彼女に僕の常識は通じないということはこの数日でわかったことである。
学校を出るには忍者でも無い限り、正門を通らないと行けない。授業中だから先生達は各教室で授業しているだろうけど、校長先生は別だ。
あの辺は校長の散歩コースになっていて、今日みたいに天気が良い日はたぶん鼻歌口ずさみながら散歩してる。つまり校長の目をやり過ごして正門をくぐらないといけないわけだ。
そして二つ目の問題。無事に学校を脱出したとして、近くのコンビニまでは走って十分ほどある。
往復すれば二十分はかかるわけで、それだけで時間が授業終了ギリギリになってしまう。
久方は俺の自転車使っても良いよ、とか言っていたが、自転車なんて乗って学校を出たら校長に速攻でバレそうなもんである。
そして最後の問題。僕もこれを心配しているのだが、そもそも僕が戻ってくるまでの間、久方が時間をつくれるなんて思えない。絶対どこかで藤野先生にバレて二人して大目玉食らう未来しか見えない。
つまるところ、鳴瀬さんのメモに書いてあるのは無理難題なミッションで、やるだけ無駄。大人しく授業を受けているのが利口ってもんである。
悪いが僕は二人の悪ふざけに付き合うつもりは無い。ただでさえ、テストが近いんだから少しは勉強しないと赤点取って補習……なんてことになりかねない。
僕は数学が大の苦手なんだ。他にも苦手な科目はあるけど、数学は特別だ。体が拒否反応を起こすといっても過言ではない。こんなふざけた特訓に付き合っている暇あったら、せめて授業くらい真面目に聞いとかないと。
一応、鳴瀬さんを説得しようとしたけど……。
「大丈夫、大丈夫! ウチのとっておきのアイテムがあれば学校脱出なんて余裕よ!」
などと、いけしゃあしゃあとほざいていた。一応、鳴瀬さんの言うところのとっておきアイテムの隠し場所を書いたメモももらったが、僕は行くつもりはない。断じて。
チャイムが鳴ると、鳴瀬さんは僕の方を向いて片目をパチりとウインクする。久方も僕にぐっと親指を突き上げグッドラックである。
こいつら……僕は行かないからな!
やがて出席簿を持って藤野先生がやって来た。
学級委員の鳴瀬さんの号令で生徒が起立、礼をして授業が始まる。
「出席取るぞー。えーと……休みは内村だけか。それじゃ授業を始める。昨日の因数分解の宿題だが……:鳴瀬、前でやってみよ」
いやいや宿題やってなかったからセーフ。にしても鳴瀬さん凄いな。なんであんなにスラスラ解けるんだろ。
その後は何事も無く、授業はいつものように進行し、十五分が経った頃。
鳴瀬さんが僕をちらと見た。僕は全力で首を振った。
揺るぎない意思は鳴瀬さんに伝わったらしく、彼女はちょっぴり残念そうな顔をして肩を落とす。そして久方とアイコンタクトを取って二人ともコクリと頷いた。
はぁ……良かった。こんな馬鹿げた作戦ホントにやるのかと思ったけど、二人ともようやくこの作戦の無謀さに気がついてくれたらしい。最後の最後で正気を保っていてくれて良かった。
考えてみれば当たり前だけど、こんな作戦、実行する方がどうかしている。相手はあの藤野先生だ。バレたら数学の課題めっちゃ出されるに決まってる。そんなのできっこない!
その時、久方がおもむろに手を挙げた。
「先生。高野くん、おなかが痛いみたいなんですけど。保健室へ連れていっていいですか?」
「保険委員は内村……は休みだったか」
「いいですよ、俺連れて行きますんで」
「え!? ちょ、僕べつに!」
「なんだ高野、お前顔色悪いぞ。無理しないで保健室で休んでこい。じゃ久方頼んだぞ」
「え、先生! 僕は大丈夫ですよ!」
「ほら高野くん、行くよ!」
「やめてぇ! 僕は行きたくないいっ!」
「高野……そんなに先生の授業を受けたかったなんて。お前みたいな生徒を持って俺は幸せ者だな。さ。今は体の方が大事だ。さっさと保健室へ行ってこい」
「せ、先生ェ~!」
そのまま僕は久方に強引に教室から連れ出された。
鳴瀬さんがこっちを見てにやにやと楽しげに笑っていた。
奴らは正気を失ってなどいなかった。
鳴瀬さんも久方も……二人共、もともと僕なんかが考える常識から逸脱したイカれた奴らだったのだと改めて確信した。
当然……というべきかな。久方は僕を保健室に連れて行くつもりなど毛頭無い。
ハナから教室の外に僕を連れ出すのが目的だったのだ。僕が腹痛だとかいうのも、もちろん全部こいつの口からデマカセだ。いや、ちょっと待って……今後を考えるとちょっと胃がキリキリしてきたぞ……。
「オタキング! 早く教室に戻るぞ!」
「慌てるな高野くん。君が駄々こねるのは委員長も予想済みだ。これも委員長の指示なのだ」
まさか……鳴瀬さんは保健委員の内村さんが風邪で休みなのを見越して今回の作戦を立てたって言うのか。保健室へ連れ出す名目で僕らを教室から脱出させ、ミッションへ移行させるのが彼女の狙いか!
「これよりプランBに入る」
「プラン……B?」
「君だけ行かせやしないさ。俺も一緒に行く。さ、早く行こう! 俺達には時間が無い!」
「カッコよく言ってるつもりだけど、全然カッコよくないからなそのセリフ!」
「しかし、高野くん。君は先生命令で保健室へ行けと言われたのだ。今更教室には戻れまい」
「うるせー! 策士め!」
だがしかし、おたく野郎の言う通りでもあった。鳴瀬さんと久方の鬼謀によって、僕は腹痛を押してまで数学の授業を受けたがる、近年稀に見る模範的学生となっていた。先ほどの反応からすると、藤野先生や他の皆の目にはそう映っている。だとすれば、教室へは戻れない。
恐るべきは鳴瀬麻衣……まさかクラスメート達の集団心理までをも利用するなんて……。
本当に保健室へ行ったところで仮病がバレるだけだし、ともかく僕は少なくとも十五分ほどは時間をつぶす必要が出てきた。
久方はこの状況に興奮が抑えられない様子で、その満面の笑顔から、やる気がひしひしと伝わってくる。なんでそんなに燃えているんだこいつは……。とはいえここで棒立ちしてても仕方ないのもまた事実……。
「……いいか。十分だけだからな! 十分過ぎたら、僕は有無を言わせず帰るからな!」
「フッ……それだけあれば十分さ。さ、行くぞ高野くん!」
「とりあえずちょっと静かにしてよ! 一応、今授業中だからな!」
かくして僕は鳴瀬さんの企てによって、久方と共に極秘ミッションプランBに参加することになってしまったのだけど……。あれ? ちょっと、おなか痛くなってきたような気が。
~~ 一方その頃、二年生の教室では ~~
「はぁ……今日も平和ねぇ」
白石なぎさは窓の外を見てぼんやりとつぶやく。
今年は三人も一年生が入ってきてくれてホント嬉しいな。鶴松の提案だったから不安だったが、やってみると案外悪くない。むしろ、楽しい。なぎさは今からもう、次回のビブリオバトルを楽しみにしていた。
「次のビブリオバトル……何の本にしよっかなぁ。ふふふっ」
一年生の三人……いや二人が今頃、とんでもない事になっているのだと、知る由もなく、次のビブリオバトルのことを考えていたのであった。
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